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あなたの夢を見て眠る  作者: 明鯉尾
1部 人編
7/27

7.帰郷

1部の半分まで来ました



「今日はトンボのところか?」


「…っはい」



もぐもぐとサラダを飲み込んでから答える。

エレファスはいつも朝食の時間は一緒に過ごしてくれる。たぶん、私の予定を聞くためなんだろう。忙しそうなのにありがたい。


そう思いつつも、私は悩んでいたことを打ち明けようかどうしようか悩んでいた。

何でも言えって最初言われたけれど。どうしようか。



「……どうした?」


「あっその…」



私が何か悩んでいることに気づいたのだろう。手を止めて尋ねられてしまわれると、言うしか無かった。



「……………そろそろ、家に帰りたいんです」


「…ああ」



エレファスの表情が曇る。

たぶん私に悪いと思っている。彼はそういう優しい人だから。だけど悩んでいたのはそこじゃなくて。



「あの考えたんですけど…もしできたら、なんですが」



王宮(ここ)に来てからずっと考えていたことがある。最初は早く帰りたいと思っていたし、今でもりゅうに会いたいと思う。

でも、新しく思うこともある。森の中では会えなかったような人たち、トンボとか、エレファスとかを見て、私も考えた。



「なんだ?」



不思議そうにこちらを見つめ返す彼に言ってみることした。もしかしたらだめと言われるかもしれないけれど、彼はきっと聞いてくれる。



「週に何回かでいいんです。定期的にこちらに通わせてもらえませんか」


「…」



そう、思ったのだ。

森の中は安全だし、りゅうもいるし楽しい。


でもたぶん、それだけじゃダメなんだと思う。


ここに来て、私は自分が知らないことがたくさんあることを知った。

王政だって知らなかったし、ドラゴンとかこの世界ができた話だってそう。あんなにりゅうの傍にいたくせに。

だからもっと知りたい。知らないといけないと思う。

………きっと。

りゅうが私をここに向かわせたのは、そういうことなんだ。

人間だから、と言われてあの時はよく分からなかったけれど、今なら少しはわかる気がする。

もっと私は色んなことを知るべきなんだ。


エレファスは暫く無言だった。

だめだろうかと不安になりながら次の言葉をじっと待つ。

ふっと彼が息を吐いた。



「分かった。確かにお前はずっと森の中にいたらしいから、教育の場を与えられるべきだろう。

トンボの研究室の補助生として特別生徒扱いにする。あいつに色々教えて貰え」


「はい!」


「あとは転移陣の使用許可だな…こちらは少し時間がかかるかもしれないが、王に話は通しておく」


「あ、ありがとうございます!」



そっか。転移陣のことをすっかり忘れていた。

でもあれを使わないとここまで来るのにすごく時間がかかりそうだから、お願いするしかない。

椅子に座ったままぺこりと頭を下げる。



「トンボに話はしておくが、お前の方からも伝えておいてくれ」


「はい」



よかったという気持ちと森に帰れるんだという気持ちで顔が緩んだ。

そんな私の顔を見て、エレファスも一瞬笑った気がした。



***



「ということで、森に帰りたいんだけど」



いつも通りトンボの研究室に向かい、椅子に座って本を読んでいた彼に言った。

トンボは今日も床で寝ていたらしい。よく分からない寝癖のついた髪型をしている。


反対される(逃がす)かと言われるかと思っていたけれど、返ってきたのは予想とは違う言葉だった。



「んーまあ…一通り検査も聞き取りもやったし……定期的に来るんだよな?」



念を押すように聞かれてぶんぶんと首を縦に振る。

目がすごく怖かった。



「う、うん!まだどれくらいの頻度で来るのかとかは王子と決めてないけど…」


「そうか。定期的に来るなら複雑な検査も可能だな…ここで出来ないと思っていたやつも取り寄せられるか……?」



ぶつぶつと何かを唱えているけれど、反対されなかったことにひとまず安心した。

正直、エレファスに言うよりトンボの方が反対されそうだと思っていた。獲物を逃がすかという目つきで見られることも少なくないから。


トンボの気が変わらないうちに、いつから森に帰ってもいいか聞いておこう。



「ねえ、あの、それで…定期的に来るとしたらいつから帰ってもいい?」



独り言を唱えていたトンボがああと顔を上げる。



「そうだな…さっきも言ったが、初日に今できる検査は一通り終えたし、思いつく限りの聞き取りも今日で終わるだろうし、お前が定期的にこちらに来ると言うなら別にいつでもいいぞ」


「え?」



いつでもいい?

嘘じゃないかと聞き返せば、だから、と言ってトンボがため息をつく。



「別に明日帰ってもいいぞ。今日中に粗方の聞き取りも終わるだろうしな」


「じゃあ、」


「まあ今日中に転移陣の許可が取れればの話だが。許可が取れて次いつ来るのかさえ分かれば僕はいつでもいい」



もしかしたら思っていたよりも全然早く─明日とかに帰れるのかも、と嬉しくなったけれど、トンボの言い方では転移陣の許可をとるのがむずかしそうで、やっぱりだめなのかと落ち込んだ。

そもそも転移陣ってなんだろう。確か、古代の人たちの技術だとはエレファスから聞いたけど。



「その、転移陣ってどういうものなの?」



エレファスは分からないと言っていたけれど、物知りなトンボなら何か知ってるんじゃないかと思って聞いてみた。エレファスも、トンボは自分よりも賢いって言っていた気がする。


ふん、とトンボは鼻を鳴らすと言った。



「分からない」


「えっ」



すごく堂々とそう言われてびっくりする。

驚いてぽかんと口を開けた私に、トンボは流れるように話しだした。



「分からないと言ったんだ。

転移陣が古代文明の遺産ということは分かる。こちらの言葉に反応して動くということも分かっている。

しかしそれが正規の方法なのか、そもそも何のために誰がどうやって作ったのかは分かっていない。どこにも資料さえも残っていない。転移陣の研究は盛んに行われているから、論文の数も多いが、確信に至っているものはない。全て推察止まりだ」


「そう、なの?」



勢いに飲まれつつも辛うじてそう返せば、トンボはこくりと頷く。子どもらしい仕草とは反対に、表情はいらいらとしていた。



「ああそうだ…全く!古代文明というのは本当に厄介だ!どうして資料を残さない!!後世のもの達が苦労するとは思わなかったのか!だったら初めから遺産も残さなければよかったのに!存在すらしなければ、こうやって興味を引かれることも無かった!!!」


「……えーと」



ぷりぷりと急に怒りだすのでどうしたらいいのかわからなくなった私は、とりあえず椅子の上の紙を押しのけて、自分の席を作ることにした。





「あ、王子」



扉が急に開いたと思ったら、部屋にやって来たのはエレファスだった。

そろそろ帰りの時間だろうか。

今日もよくそんなに思いつくなあという勢いで質問責めにされた私は、疲れて椅子でだらんとしていた。反対にトンボはいきいきと楽しそうに何かを紙に書いていた。

エレファスは私たちの様子をさっと見ると、トンボに向き合う。



「この様子だとまだ調査は終わっていないということでいいか?」


「もちろん。まだしたいことは山ほどある。

…それに、ドラゴンのこともそうだが、彼女自身のことについてもな」



わたし自身?

何のことだろうと首を傾げたのは私だけで、エレファスはその意味が分かったらしい。

苦々しい表情を浮かべて、でも何も言わなかった。



「転移陣の使用許可は取れたのか?」


「ああ」


「そうか。思ったよりも早いな」



そうだ。

トンボが時間がかかりそうなことを言っていたのけれど、すぐに許可が取れたらしい。

エレファスがどうにかしてくれたのだろうか。

じっと見つめても彼は何も言わない。



「それで、いつ帰すんだ?こちらに来る頻度はどうする?」


「……いつでもいいのか?」


「ああ。そいつにも言ったが、定期的に来てくれるならこちらも器具の手配の予定が立てやすい。

聞き取りも粗方は終わっている」


「そうか…」



自分のことなのにどこか他人事のように聞いていた私にエレファスの視線が投げかけられ、びくっと肩を揺らしてしまった。



「ヒノキ、お前はどうしたい?」


「えっと…」



森に帰れるのならすぐにでも帰りたいけど。

そう言っていいんだろうか。



「僕はさっきも言ったけど、許可証がお前の手にあるのならいつでもいいさ」



トンボがまるで私の心を読んだかのようにそう言う。相変わらず目線は本のままで、手も動いているけれど。



「………明日帰りたいです」


「分かった」



エレファスもトンボも止めなかった。


明日。

明日、帰れるんだ。森に。りゅうに、会える。





次の日。

目が覚めた時から私はずっとどきどきしていた。


久しぶりに帰れるうれしさ。でもなんだかそれだけじゃなくて、久しぶりにりゅうと顔を合わせるのはなんだか照れてしまう。


部屋の隅にまとめてある荷物を見て、今日帰るという実感がわく。


朝ごはんのあと部屋に呼びに来てくれるというのでそわそわと待ち構えていると、ドアがノックされた。

ばっとドアを開くと、トリオンとエレファスと、なぜかトンボもいた。


もしかして見送りに来てくれたのかな。

その時は少しは子どもらしいところもあるなあなんて考えていた。


3人で転移陣のある建物に移動し、ぱたんと扉が閉じる。

相変わらず部屋の地面に大きくて複雑な模様が描かれている以外には何も無い部屋だ。

その陣に足が入ってしまう前に、エレファスから小さな四角い紙を手渡された。



「これは…?」



少し黄ばんだ紙だ。古いものなのか皺が幾つもついていた。

ちょっと何かしただけで破れてしまいそうで、怖くなりながらおそるおそる受け取る。



「これは転移陣の許可証だ。そしてこれを持っている者が言葉を唱えることにより、転移陣が作用する」


「ちなみに、それを作るのはかなり手間がかかるぞ。元になった紙があってそれを人の手で写すんだが、ほんの少しでも元の図案とずれると意味を成さないからな。何十、何百枚って写して、ようやく1枚使えるものができるかってくらいだ」


「……」



トンボに脅されて私は紙を持つ手が震えた。

エレファスは顔を顰めて窘めるようにトンボを見たが、全く気にしていないようだった。



「………唱える言葉は『我は赤き地と蒼き穹の欠片。遠き地と繋ぐ道を通らん』だ。

唱えたあとに、森のあの転移陣を思い浮かべるとそこに行ける」



諦めたようにため息をついたあと、私に向けて転移陣を動かし方を教えてくれる。

まだ転移陣には入っていないけれど、もし言葉に反応してしまったら大変だから、その言葉を口に出すのはやめた。代わりに頷いてみせる。



「準備はいいか」


「はい」



転移陣の中に入り、真ん中辺りで止まる。

別に転移陣の中ならどこでもいいらしいけど、なんとなく。

緊張しながらも紙を握りしめないように気をつけながら、私はその言葉を唱えて、森の事を思った。

体が不思議と熱いような気がして、足元の眩しさに目をとじる。





「……ついたぞ」



エレファスの声がして目を開けると、さやと風が私の髪を揺らした。

懐かしい匂い。森のにおいだ。


そこは外だった。

私は転移陣から出ようとして、そこに思っても見なかった人物がいたことに驚く。



「ど、どうしてトンボもいるの!?」



部屋の中にいたのは知っていたけれど、てっきり転移陣の外で見送りに来てくれただけだと思ったのに。

開いた口が塞がらない私にトンボは当然とばかりにふんと鼻を鳴らす。



「研究者の僕が研究対象(ドラゴン)に会えるかもしれない機会を逃すわけないだろう」


「……………………そうなの?」



トンボがいいならいいけれど。

よく分からないからトンボの言うことを信じる。

りゅうのことも質問責めにしたりするのだろうか、と一瞬心配になった。りゅうが嫌だと言ったらその時は止めよう。


そんなことを考えながらも足を進める。

後ろから一緒に来たエレファス達が追ってくる。でもそれを待っていられず、私は一人でずんずんと進んだ。

村を抜けて、森への道を歩く。


どきどきしながら森へ一歩足を踏み入れたその時。



「わっ」



ぶわっと風が吹いた。

視界を髪がさえぎったから手で耳にかける。邪魔だなあ。

そう思ってもう一度前を見ると、目の前にりゅうがいた。



「っりゅう!!」



びっくりして前へ行こうとしていた足を止める。

こんな森の入口ぎりぎりのところにりゅうがいるなんて今まで無かった。

だから分かる。



「もしかして、迎えに来てくれたの?」



数日ぶりだけどとても懐かしく感じるその姿。

黒い鱗が太陽の下できらきらと光っていた。



«……気配がしたからな»



そうだとは言わない。静かにそう答えたりゅうに私は走って抱きついた。



「ただいま、りゅう!!!」



りゅうの頭が私のあたまにこつんと当たる。



«…ああ»



後から追いついたエレファスは、りゅうの足に抱きついている私に意味が分からず困ったと後で聞いた。

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