修羅場に巻き込まれて取り敢えず目に止まったモブにダンスを申し込んだら大変なことになった
「エリアーゼとは婚約破棄する!」
突然広く叫ばれた声に、賑やかな夜会が一気に静まりかえった。
ハニーブロンズピンクの髪色をした、若い青年が一人の子女の腕を掴み、向かいに佇むブルネット色の女性を睨み付けていた。
ちなみに青年に掴まれているのが私ラティエ・ショコルドル。俗に言う前世の記憶を持っている18歳の子爵令嬢である。
なんでこんなことになってしまったのだろう、と思わず半目になる。取り敢えず私の身の内を聞いてほしい。
ここカルティロナ王国は、前世の記憶では私がやってた学園乙女ゲームの世界観だったからだ。ストーリーは主人公がその世界にまだない、新しいお菓子を作り上げ、お菓子のレベルに伴い攻略者達の好感度もあがっていくゲームなのだ。だからやけに食の文化が進んでる世界に、当時15歳だった私は、ストーリー後半に進めば出てくるデザートを食べていたときに記憶を取り戻し、そして気が付いたのだった。
そう、進んでいる。私が15歳の時にこのお菓子が出てる時点でストーリーが進んでおり、つまり私の年代の頃には学園に攻略者が居ない状態なのだ。歓喜をあっという間にボキッと折られ絶望した私は、悲しみが2、3日引き摺り部屋から出れなかった。
というわけで、早々に学園生活によるストーリー場面を拝むことは無かったけれど、ならば夜会に居るのではないかとミーハー心全開で夜会に参加してみたけれども……。
「リュシアンにエリアーゼじゃないか」
「これは殿下、お久し振りです」
すらりとした人物は王族の正装を身に付け、白銀色の髪は後ろに撫で付けられ白金色の瞳は切れ長で人を惹き付ける目元だ。ちなみにゲームの攻略者の一人は王太子殿下であるのだが、とてつもなく美しい王太子殿下こと我が国の王太子は……。
「そう。二人での夜会は久しぶりになるのではないかな。なにしろエリアーゼは学園を卒業してるし、私の側近でもあるからね」
女性であるから。
王太子殿下だけでなく、他の攻略対象者はゲームの進行時期と照らし合わせても年齢、容姿が違っていたりするのでこれは本当にゲームの世界なのかと疑ったけれど、事実なのだ。主要人物がまるっと違うけれど。
エリアーゼ様はリュシアン様と私を見比べた後、一つため息を付くとリュシアンと呼び掛けた。
「な、なんだよ」
「こんな馬鹿げた事をして」
「馬鹿げた事とはなんだ!僕は本気なんだぞ。そもそも悪いのはエリアーゼじゃないか」
「確かにここ最近は忙しくて…いいえ言い訳は止めましょう。忙しさにかまけて貴方との事が疎かになってしまいましたわね……。すみませんでした」
エリアーゼ様の謝罪に「急にエリアーゼが」とか「そもそも」と言いかけては口を閉ざし、しどろもどろする彼に、これは腕を離してもらうチャンスではないかと腕を引こうとした時に、反射のようにぎゅっと強く握られギョッとした。
え、ちょっと!!
「それだけじゃない。最近の君の態度や言動にはうんざりだ。婚約者の僕を蔑ろにして、ちっとも顔を見せてくれない。先日の夜会だって婚約者の僕を連れずに君は男を連れていたじゃないか」
「それは貴方もじゃなくて」
そこで漸く、エリアーゼ様が私をちらりと見たので、あ、漸く認知してもらえたと思える程間抜けじゃないので、冷や汗がびっしょり流れた。いやさすがに年頃の令嬢のあるまじき行為なので内心ってことにしといてください。
馬鹿ー、この馬鹿ー!せっかく王太子殿下とエリアーゼ様はひっろーーいお心で、私を居ないものとしてお咎めなしに扱って頂けていたのに、この馬鹿は余計な事を。
「彼女を君と一緒にしないでくれ。それにもう僕は堪えられないんだ。君が、君が……
僕のお菓子を食べてくれないのが!!」
ハニーブロンズピンクの髪を振り乱し涙を流す彼に、その拍子に手を離されたので、涙を流す美青年から距離を空けるように数歩下がった。いや決して成人した男性が泣く姿に、ドン引きしたとかじゃなくてですね……はい。
そう、この世界は変にゲームの世界と混同していたのだ。なんとヒロインがこの男性、リュシアンになっていて尚且つ私と同い年だったのだから。そもそも彼と出会ったのは学園であって、一目でこの世界のヒロインだと気が付いた。何故同じ年代でいたのかは謎だし、入園時点で婚約していたので、遠目でヒロインいるわね~って眺めていただけだったのだが、彼と急展開になったのはほんとつい最近なのである。
泣き出す婚約者におろおろしだすエリアーゼ様だったけど、漸くハッとして流れる動作で自身の婚約者の涙を拭った。さすがヒロイン、拭ってもらう姿も絵になる。ちなみに王太子殿下は終始ニヤニヤしていらっしゃり、このやり取りを楽しんでおられる。自身の婚約者の止まらぬ涙を拭いながら、エリアーゼ様がポツリと「私もですわ」と溢された。
「私も、リュシアン様にお会いしたかったです。それに貴方の作るお菓子を決して疎んでいた訳ではありません。リュシアン様が学園を卒業された後に私と結婚という手筈でしたよね」
子供に言い聞かせるような優しい声の婚約者にうんと頷くリュシアンだが「でも…」と言葉を濁す。
「最近の君は僕がどんなに凄いお菓子を作ったって全く振り向いてくれなかったじゃないか」
「それは私も心苦しかったです。ですがこれは流石に私も譲れません。いいですかリュシー、私は
ダイエットしているのです。分かりますかダイエットですリュシー」
そこで漸く私はエリアーゼ様の言葉にピンときた。そうだここ最近の彼は、フルーツを使うのではなく栗やさつま芋などで作るのにはまっていたと。
卒業も済まし後は結婚式をあげるだけの状態なのにそこで問題が浮上した。ウエディングドレス問題だ。ウエディングドレスの作成は一年前から作業に取りかかるから初期の段階で採寸をとって、そこから……と考えて、常に婚約者からお菓子を受け取りながらも一年前と同じ体型を維持しようとしているのに、最後の最後に栗やさつま芋のお菓子(超高カロリー)を毎度テロの如く、しかも頻度が多くなっているのだから好意云々を置いといて時期を考慮してほしい空気よめ馬鹿だよね。
確か私が彼に会った時に婚約者が冷たい、あんなにも喜んで食べてくれていた僕のお菓子を全く食べてくれなくなった、と泣いている姿にエンディング間近のヒロインがバッドエンディングを迎える事にショックを受け、今まで干渉しようとしなかったヒロインにハッピーエンドになってほしくて、まだこの世界では使われていない栗とさつま芋を勧めてみたことにより、ヒロインと関わってしまったのだが、それが栗と芋で止とどめになってしまったのではないだろうか。ちなみに落ち込む度にやればできる!と鼓舞していたので、前回の夜会でそれを一瞬だけしてたのをばっちり見られてたみたい。淑女にあるまじき行為を。とても恥ずかしい。
ダイエットと呟くリュシアンヒロインとそうですとほほ笑むエリアーゼ様を横に、茶番劇を見学していた王太子殿下が動いた。
「2人の結婚式、楽しみにしているよ」
その一言により、先程の流れがなかったことにされ、内心ほっとしていた私に王太子殿下は振り向き私の指先に振れ恭しく持ち上げた。
「やあラティエ嬢。世話をかけたね。よければ私からファーストダンスの相手を紹介させてくれないかな」
そう私ラティエ・ショコルドルは絶賛婚活中であり他人の痴話喧嘩を焼いてる場合じゃないのだ。そして王太子殿下のこれは詫びにファーストダンスエスコートの斡旋だ。
王太子殿下の言うそれは子爵の爵位より遥か上の爵位をもつ者、または王族近親者でも可能だと言うことだ。そもそも自身より爵位が上の人にファーストダンスを誘うこと自体難しいし、人気の貴公子ほどライバルは多く、近付くだけでも骨が折れるのに、王太子殿下のエスコートの元、その機会を取り持ってくれるのは絶好のチャンスなのだ。王族近親者であればあるほど見目麗しい男性ではあるけれどと、私はゆっくりと辺りを見回しある一点に止まった。
嘘、どうして。そう出かかる言葉を飲み込み私はその一点をただただ凝視する。
このゲームは世界観は同じなのに、全ての登場人物に誰一人として知識と乖離があったのだ。それなのに今、私の凝視する先に彼がいた。
も………モブーーーーーーー!!!!!
ゲーム場にいたモブのスチルがそのまま飛び出して来たようにそのモブが会場にいるのだ。やっぱりこの世界はゲームの世界と同じだったのよ!主要人物達の名前は同じなのに容姿、年齢はたまた性別が違うキャラまでいるのだ。懐かしいモブの姿に内心感極まっていた私であった。
だからそう、ついつい同郷に会ったような嬉しさが私にはあったのだ。だから私は王太子殿下に、
「よければ、あちらの方とファーストダンスをお願いいたします」
とお願いしてしまった。
私の言う方へ目を向けた王太子殿下は数度見た後、私へと振り返る。
「それはユイット伯爵?それともギュンターリッド公爵?」
「いいえ、モ……お名前は存じませんが赤みがかったオレンジのブラウンを持った髪色の方です」
今度こそ私の言葉に驚いた王太子殿下は、彼と私と数度見比べる。
「彼で間違いないかい?」
「はい。彼で間違いありません」
この時王太子殿下の尋ねた言葉の意味を理解していなかった私は、遠くにいるモブを見つめたまま頷いた。王太子殿下が、ばっと彼を見た後声を張り上げた。
「カイン!カイン・レルトリッド・ロラン!」
王太子殿下の響き渡る声に、賑やかさを取り戻した会場がもう一度静まりかえった。そのあまりの静けさに私は事の発端である王太子殿下を不敬ながらも凝視してしまった。あの殿下、エスコートって本人の目の前までエスコートしてくれるのではなくって?まさか呼ぶんですか、それに先程の茶番劇よりも、周りの視線がびしばし突き刺さってくるのは気のせいですか?あああそうこうしてるうちに、カインと呼ばれたモブが不思議そうな顔でこっちに向かってくるじゃない。
そしてとうとう私達の目の前に来たモブは、やはりスチルそのままの姿で懐かしい。隣が女性だとはいえ攻略者である王太子殿下は、とんでもない美形で眩しすぎて落ち着かないのにモブのこの安心感。目にも心にも優しいモブ。さすがよ!やはり美形は鑑賞に限る。そんな風に考えていたらーー。
「僕に何か用?」
モブが喋ったーー!!凄いわボイスを付けてもらえたのね!モブが動いて喋ってる、大出世じゃない!
内心興奮している私を他所に、王太子殿下がすっとモブの目の前に私の添えた指先を差し出す。
「彼女とファーストダンスを」
「僕と?」
「ええ」
困惑した様子のモブだが、私に手を差しのべてくれる。王太子殿下は私を見てにこりと微笑んだので、私は殿下から手を離しモブの差しのべられた手のひらへと指先を振れた。思ってたよりも暖かな体温は冷えていた私の指先を緩和していく。
「よ、よろしくお願いします」
彼のチョコレート色の瞳を見つめたまま述べれば、今度こそチョコレート色の瞳が大きく見開かれた。
「よろしく。カイン・レルトリッド・ロランだ」
「ラティエ・ショコルドルです」
「付かぬこと伺うけど僕の事見えてるよね」
「勿論です」
え、何モブが急に怖いこと言ってる?どういうこと?思わず彼の足元確認しちゃったじゃない、何よちゃんと足あるじゃない。
私の答えにモブがそっか、そうか~と眉の下がった表情をしながらぶつぶつ何か言っている。
「ラティエ・ショコルドル嬢」
「はい」
「僕と結婚してくれないかな」
「……は?え、「おめでとうカイン。遂に出会えたじゃない!」
嬉しそうにモブの背中をバンバン叩きながら話す王太子殿下に、どういうことか未だに状況が追い付いていない私を他所に、「カイン」と凛とした声が響いた。その声の主にもう一度目を見張った。
白銀色の髪は綺麗に上に結い上げられ、その頭上には美しいティアラが乗せられ、こちらを見つめる白金色の瞳は普段の凛とした目元が緩められ、とても優しい表情である。カインが「王妃陛下」と呟いた。
「漸く出会えたのね。女王として、叔母として心から祝福します。是非とも式に参加させて頂くわ、おめでとう」
リティカ・カルティロナ・ロラン王妃陛下はそれはそれは嬉しそうである。
ロラン……ロラン……。聞き覚えのある響きに思わずモブへ振り向いた。
ロランって主人公の前に現れる事は無かったけど、攻略者側のシナリオの会話で毎回出てくるあのロラン!珍しい食材を探すヒロインの為に、攻略者が各国に幅広い貿易を手掛ける貿易商のロランの手を借り様々な食材を手に入れるあのプチストーリーは、何度もリピートした好きな場面である。そして我が国の王妃様は、大国の有名な公爵家から輿入れし何より珍しいのが、王姓の名前の後に旧姓を名乗ることが許されているのだ。そもそもそんな制度は無いのだが、ロラン家だけは別格なのだと言われている。
ロラン家は貿易だけではなく様々なことでも有名だが、何よりも有名なのが女傑一家なのだ。だが何故か後継者は男児であると厳しく決められているのは不思議だ。それよりもロラン、ロランがまさかモブだったなんて……。私はこの世界を思い出してからずっと恋求めていた物がある。ヒロインがストーリーを進め最終話で漸く手にすることが出来るあの食材を。
歓喜に震える私に、困ったように首を傾けながら私の瞳を覗き込むチョコレート色の瞳がとても美味しそうで見とれてしまった。だから彼の言葉につい頷いてしまったのだ。
「これからよろしくね?」
「はぃぃ……」
やっとゲームと同じスチルの人物を見つけたと思ったらモブスチルで、そのモブが動いて喋ったと思ったら、ただのモブじゃなくとんでもないモブだった話はまた今度。
ラティエ・ショコルドル
カルティロナ王国の子爵令嬢18歳。ゲーム世界観だと気付き学園に夢見たがストーリー後半に登場するお菓子により数秒後に夢から醒める。仕方なく学園生活を謳歌しようと入学したらヒロインの名前、特徴が全部当てはまる男性と同級生だと気付く。可笑しいわよ。婚約している男性でもあるので観賞用として遠目から眺めていたが卒業間近になって涙でぼろぼろのヒロインを目撃し衝撃を受ける。なんやかんやあったがヒロインとはずっ友!よく空気よめ馬鹿とヒロインを罵倒する。野望あり。婚約者募集中。
リュシアン
カルティロナ王国の伯爵子息18歳。ハニーブロンズピンクの髪色で美青年。さすがヒロインお菓子作りの天才。卒業後はエリアーゼの家へ婿養子として入る。お菓子関係で行き詰まったらラティエに突入していく。
エリアーゼ
ヒロインに甘い。毎日高カロリーはやめてほしい。
モブ
カイン・レルトリッド・ロラン。乙女ゲームスチルそのまんまのモブ。チョコレート色の瞳と髪色。彼の生家についてはまた今度。よくラティエにこんな事聞いてないわと恨めしく呟かれる。
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