学園一の美少女と前の席の少女が付き合うことになる話
ノンケの女の子がぐいぐい迫られる系の百合が好みです。
同じクラスの北条院茅世は絶世の美少女である。
それゆえに毎日毎日、男子生徒に呼び出されて愛の告白を受けていた。
「2年7組、山田太郎丸です! 一目みた瞬間から好きでした。どうか俺と付き合ってください!」
「ごめんなさい、お断りします」
「うわあああああ、そんなぁああああ!」
もはや聞き慣れた断末魔があたりに響きわたる。
その瞬間、告白の様子を気が気でない表情で盗み聞きしていた他の男子生徒達は一斉にガッツポーズをした。
「これで27人目か……」
休み時間や放課後を問わずに茅世が告白を受けている校舎裏は、2階の教室の私の席からよく見える場所だった。
そのためフラれた男子生徒の数をカウントするのが私の日課になってしまっている。
「あのっ、北条院さん! 次は俺の話を聞いてください」
「もう休み時間が終わってしまうので、また今度にしてもらえる?」
「では次の休み時間にお待ちしてます!」
「前もって言っておくけど、付き合ってほしいという話ならお断りしておくから」
「そ、そんな……告白も出来ずにフラれるなんて……!」
これで28人目だ。
高校に入学してから1ヶ月間、毎日のように告白され続けているためか、茅世の告白お断りスキルは格段に上昇している。
膝から崩れ落ちてうなだれる男子生徒を置いて、茅世はその場を離れていった。
しばらくして教室のドアがガラリと開いた。教室中の注目が現れた人物に集まる。
白い肌に映える艶やかな黒髪はふんわりと絹糸のように繊細で、華奢な体躯は精巧なビスクドールのようだ。
長いまつげにふちどられた漆黒の瞳は星をちりばめた夜空のように美しくきらめいていて、ほうっと息をついた形のよい唇はほんのりと桃色に染まっている。
茅世が憂いをおびた表情で教室の入り口に佇む様は、見る者の視線を一枚の名画のように強く惹き付けた。
クラス中の視線を感じとった茅世は、誰とも目を合わせないように顔を伏せて、そそくさと窓際の1番後ろにある自分の席に戻ってきた。
彼女が告白される風景を眺めるのが日課である私こと、百合川真咲の席はその1つ前にある。
「おかえりなさい。さっきの連続お断りは実に鮮やかだったよね」
振り返って話しかけると、茅世はうんざりした様子で眉根を寄せた。
「からかわないでよ……もういや、疲れた」
そう言って机に突っ伏す姿は外見が美少女過ぎるという事以外は普通の女子高生となんら変わりはないように思う。
茅世の姿を初めて見た時はあまりの可憐さに強く目を奪われたし、彼女が後ろの席だと分かった時にはもの凄く緊張した。
しかし美人は三日で慣れるということわざは本当のようで、朝から挨拶したりプリントを回したりするうちに、告白から帰って来た茅世に軽口を叩けるくらいの美少女耐性が私には出来ていた。
「北条院さん、それは贅沢な悩みなんだよ。北条院さんがほとんどの男子の心を独り占めにしているせいで、我が校の女子は高校生活になんの希望もトキメキも持てなくなってるんだから」
「私は悪くないわ」
「北条院さんが悪くなくても、美しさは罪ってやつなんだよ」
「なにそれ、勝手に周りが私の事を好きになってくるだけなのに。理不尽よ」
「良いなー、私もイケメンから告白されたいなー。彼氏ほしいよー」
「……そんなに彼氏なんて欲しいものなの?」
「だって、もう高校生になったんだよ!? よりどりみどりの北条院さんには恋人居ない歴=年齢の私の気持ちなんて分かんないんだよぉ」
「私も恋人が出来たことは無いけど」
「作る気無いだけじゃん。北条院さんが付き合ってって言ったら誰も断らないでしょ」
「なら私と付き合って」
「いやいや、私に言っても意味ないよー」
「……断るじゃない」
茅世は納得いかないという風に顔をしかめた。
昼休みになって私と茅世は、お昼ご飯を食べるために学園のはずれにある温室へやって来た。
本来なら一般生徒は立ち入り禁止の場所なのだが、常に注目されるため落ち着いて昼食を食べられる所がないという茅世の切実な訴えが教師に受け入れられ、特別に昼休みの間だけ使用させてもらえる事になったのだ。
私はどこでお弁当を食べても特に目立たない平凡な顔立ちをしているが、茅世に便乗して毎日ベンチで並んで昼食を取らせてもらっている。
「もしかして北条院さんって好きな人がいるの?」
茅世にふと思い付いた疑問をぶつけてみる。
「なにいきなり」
「だって、あれだけ告白されてるのに全然OKしないじゃん? 誰か気になる人が居るからなのかなって」
「……別に居ないけど」
「えー、じゃあどんな人がタイプなの?」
「なんなのさっきから」
「昨日、いや3日前かな、生徒会の花道先輩をフってたけど、あれほどのイケメンはそうそう居ないよ。どれだけ理想が高いのかなと思って」
「別に理想が高いとかじゃなくて、よく知りもしない相手から急に好きだと言われてもピンと来ないでしょう」
「なるほど、お友達から始めたいタイプなんだ。……あ、じゃあ、もうお友達の私は北条院さんの恋人候補筆頭だね」
冗談交じりに言うと茅世はピタリと箸を止めた。
「そう言えば、さっき告白されちゃったしなー、いっそのこと本当に付き合っちゃう? 恋人が出来たら北条院さんも告白されなくて困らなくなると思うし、学園一の美少女を彼女にするなんてロマンだよねー」
「……なにそれ、本気で言ってるの?」
「うそうそ、ごめん、怒らないで ー」
私がエヘヘと茅世の方に笑いかけると、茅世はムッとした表情をした。
「駄目よ。そっちが冗談でも私は本気にするから、覚悟しててね」
「え?」
茅世はそれだけ言うと残ったお弁当を黙々と口に運び出した。
「それじゃ、また呼び出しを受けているから先に行くわ」
さっさと後片付けをした茅世は呆気にとられる私を置いて温室を出て行ってしまった。
なんだか気になった私は、いつも茅世が呼び出されている校舎裏に直接行ってみることにした。
「次は3年の白鳥王司か……テニス部のキャプテンで端正な甘いマスクと鍛えられた肉体が女子生徒に人気な学園モテ三銃士の1人……」
「他の三銃士がフラれてから満を持しての登場だ。学園のプリンスからの告白は北条院さんの心に届いてしまうのか?」
「黙っていても彼女が出来るくせに俺達のプリンセスに手を出してくるとは……!」
「くそっ、フラれろ、フラれろっ!」
異様な光景だった。十数人の男子生徒が呪詛の台詞を吐きながら、長い行列を作っている。
私は茅世の姿を探して行列の先頭へ向かった。
「おいっ、割り込みは止めろ! 北条院さんへの告白は事前に予約票に記入してから順番に行うべし、と生徒会から定められているんだぞ!」
「うわ、すっかり学園公認イベントになってんじゃん」
「な、女子!? ついに北条院さんの魅力が性別の垣根を越えてしまったのか!? 」
「違う違う。私は見物に来ただけだから、ちょっと隣貸して」
私は先頭に並んでいる男子生徒と共に物陰から校舎裏の様子を覗き込んだ。
「いままでボクが、この孤独な世界で愛する者もなく1人でさ迷っていたのは、きっと君という宝石に出会うためだったんだ」
端正な顔立ちをしたハンサムな男子生徒が茅世に告白をしているところだった。
「3年3組、白鳥王司。テニス部のキャプテンと生徒会執行部副会長を務め、成績優秀、品行方正。実家は明治時代に公爵の位を持っていた元華族で、現在は世界有数の財閥を経営している。もちろん次の後継者はこのボクさ!」
口上を述べた白鳥王司はどこからか一輪の赤い薔薇を、すっと取り出した。
「ボクなら君を真実のプリンセスにしてあげられる……。結婚を前提にお付き合いしてください。よろしくお願いします」
ひざまづいた白鳥王司は手にした赤い薔薇を茅世にうやうやしく差し出した。
長ったらしくてキザでちょっとうざったい告白だったけど顔が良いから全て許せる。
だらだらと並べ立てられたハイスペックも申し分ない。
告白されたのがもし私だったら喰い気味にOKしてしまう事だろう。
「っ……!?」
高校生とは思えない情熱的な求愛を受けた茅世は顔をひきつらせて明らかに動揺していた。
「あれ? 北条院さん、ちょっとたじろいでない? 」
「ぐぬぬっ、北条院さんが即お断りしないだとぉ!? まさか心を動かされたのか!? ……イケメンで金持ちで自然と溢れる紳士的な振る舞い。たしかにっ、男の俺でもお断りする要素が微塵も見つけられない!!」
これまでの告白風景では見られなかった展開に、私と順番待ちの男子生徒は身を乗り出した。
「……お気持ちはありがたいですけど、お断りします」
まさかイケるのか? と思ったが、茅世はやはり白鳥王司の告白を断った。
「なぜ!? 日本中を探してもボクほど好条件の男は居ないというのに!」
白鳥王司は悲痛な面持ちで訴えた。
「実は私……お付き合いしている人が居るんです」
言って茅世は頬を桜色に染めた。
「なっ……!?」
ポトリ、と白鳥王司の手から赤い薔薇が落ちた。
「「「「「な、なんだってー!?」」」」」
野太い悲鳴が響き渡る。
茅世の言葉は聞き耳を立てていた全ての男子生徒達の耳に届いていた。
「えぇ!? 北条院さん、いつの間に」
衝撃の告白に私も驚いてしまった。
「あり得ない! 前の休み時間に告白した男子生徒は見事にフっていただろう? だからボクに順番が回ってきたんだ!」
白鳥王司の憤りも分かる。
茅世に付き合っている人が居たなんて、同じクラスで、前の席に座っていて、毎日一緒にお昼ご飯を食べている私でさえ知らなかった。
恋人居ない歴=年齢同士の友情はどこに行ったのか。
「このボクを差し置いて君をかっさらった不届き者はいったい誰なんだい!?」
そうだそうだ、友達の私にも内緒で茅世の彼氏面してる馬の骨はどこのどいつだ。
「同じクラスの百合川真咲さんです」
「ーーって、私かよ!!」
ついつい大声で突っ込んでしまった。
「真咲! 来てくれたのね!」
私が叫んだ瞬間、茅世はパアッと花がほころぶような笑顔を浮かべた。
こちらに走りよってきて、ぎゅうっと抱きついてくる。
「ごめんなさいっ、二人の関係は秘密にしようって約束したのにっ……、私もう、耐えられなくて……」
「なんの話!?」
白鳥王司が顔をひきつらせながら私の事を指差した。
「君が……北条院さんとお付き合いしている百合川真咲くん?」
「お付き合いしてないですっ」
「男みたいな名前だけど、女子だよね? ……ハッ、だから北条院さんはこんな好条件で非の打ち所が無いボクに告白されても、それを頑なに拒むのか。学園に咲く高嶺の花が心を捧げるのは、傍らに咲く同族の花にのみ……」
「いやいやいやいや、私達はただの友達だからっ」
その場に居た全員の注目が抱き合う私達に集まってきた。
まずい、このままだと私はとんでもない誤解をされてしまう。
しばし考えを巡らせていた白鳥王司は合点がいったという風に含み笑いをした。
「良いだろう! 君が男子ならプリンセスをかけて決闘を申し込むところだが、女性に手を上げるわけにはいかないな。潔く身を引こうじゃないか」
「諦めないでっ、もうちょっと押せば北条院さんの気が変わるかも知れないじゃん!」
白鳥王司は順番待ちをしている男子生徒達に語りかけ始めた。
「諸君、見ただろう。美しい少女達の秘められた純愛を! これまで彼女達が堪え忍んで育んできた儚い乙女心を!」
白鳥王司はバババッとカッコよくポーズを決め、
「紳士ならば、2人の麗しい愛を温かく見届けようではないか!」
最後にバッと羽ばたくように両手を広げた。
しん、とあたりが静まり返った。
「ーーぅおおおお、賛成! 賛成!」
先頭で順番待ちをしていた男子生徒が声を上げた。
「北条院さんの幸せが俺達の幸せだー!」
「野郎に取られるよりかは数億倍まし!」
「幸せになれよー!」
それを皮切りに他の男子生徒も次々と白鳥王司に賛同し、私と茅世に対して祝福の言葉を贈ってきた。
「では、これにて解散! もうすぐ午後の授業が始まるからね」
白鳥王司が再び号令をかけると、男子生徒達はそれぞれの教室に戻っていった。
「お幸せにマドモアゼル!」
最後に残された白鳥王司はパチンッとウインクをしてその場から立ち去った。
「え? え? え? なにこれ、なにこれ!?」
「未来の財閥総裁であるカリスマ副会長の人心掌握術は国をも動かせると言われているらしいわ。私達の事を言い触らしてくれるだけで良かったけど、ここまで都合よく動いてくれるなんて思わなかった」
私に抱き付いたままの茅世が冷静にそんな事を呟いた。
「ちょっと北条院さんっ、なんて事してくれたの!? 女同士なのに学園公認のカップルにされちゃったんだけど!」
「いいじゃない。本当に付き合おうって言い出したのはそっちの方でしょ?」
「冗談だって言ったのにー」
「冗談なんかにさせない。私は本気だもの」
茅世は、私の口元にチュッと自分の唇を押し付けてきた。
「んんっ!?」
「これで私達は恋人居ない歴=年齢から卒業ね」
女神のような美しさで微笑む茅世は勝ち誇ったような顔をしていた。