#3
鴻上(仮) 喫茶店内
「死んだ娘さんからの・・・電話?」
「そうです・・・耳を疑いましたが、間違いありませんでした」
「と言う事は、その電話が例の『電話ボックス』だったんですね?」
「そういう事になりますね・・・」
鹿島さんは紅茶を啜り、間を置いて話を再会した。
「信じられないと思いながらも私は電話に応えました・・・・・」
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鹿島(仮) 公園 深夜
「真美!?真美なのか!!」
受話器からの声に思わずに声を荒げてしまう。
『どうしたのパパ?なんだか声が怖いよ?』
娘の怯えた声に私は我に返った。
「あぁ・・・いや、ちょっと驚いただけさ、びっくりさせて済まない。ところで電話してくるなんて、一体どうしたんだ?」
『今ね、学校の公衆電話からかけてるの・・・クラス委員の仕事で遅くなっちゃって、今から帰るって連絡しておこうと思って・・・』
「・・・・え? 学校?」
真美の言葉に私は思考が追い付かなかったが数秒の停止を挟み、これは何かの幻なのだと悟った。
過去と向き合えない脆弱な私が見る儚い夢ならば、娘の幻に相槌を打とう。
耐えきれない現実を僅かな間だけでも忘れられるのなら、それで構わない。
「あぁ、そうか・・・居残りしてのクラス委員は大変だったな」
『それで今から帰ると門限の時間を過ぎちゃうの・・・どうしたら良いかな?』
「とりあえず、ママの携帯に電話してみると良いよ・・・迎えに来てくれる筈だから」
『でも、もう電話代のお金無いの・・・これ切ったら電話できないよ』
「学校に先生は残っていない?先生に頼んで電話を使わせてもらうと良いよ、パパはまだお仕事が残っているからそろそろ電話を切らなくちゃいけない」
これ以上、話していると私は2度とこの受話器を手放せなくなる。
惜別の思いで握りしめた拳に血を滲ませながら、平然を装ってそう告げる。。
「今日はパパも早く帰れそうだからね、家に帰って真美と遊ぶのが楽しみだ、だから先に帰って待っててくれ、いいね?」
『分かった、先生に頼んで電話を借りてみる・・・先に帰っているからお仕事頑張ってね』
「あぁ、ありがとう・・・・」
その言葉を最後に、電話は切れてビジートーンだけが鳴り響く。
その受話器を手放せないまま私はその場に崩れた。
「真美・・・・許してくれ・・・・お前に見え透いた嘘を吐いたパパを・・・・・許してくれ」
咽び泣く私の持つ受話器からは、もう何も聞こえなくなっていた。
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鹿島(仮) 公園 未明
「・・・・ちゃん、~~~・・・・おい、兄・・・」
誰かが私を揺さぶっている。
徐々に覚醒する意識と共に目の前に人が居る事に気づいた。
「あぁ・・・やっと起きたか」
それは見ず知らずの初老の男性だった、服装からして散歩中だったのだろうか?
「兄ちゃん、朝っぱらからこんな所で眠りこけちゃ危ないよ?ただでさえこの辺りはヤンチャ坊主が多いってのに・・・」
「・・・・・・・?」
体を起こし、辺りを見回すとそこは公園のベンチの上だった。
「昨日が金曜だったからってハメ外し過ぎたんだろうが、それでも限度ってモンがあるだろ?」
男性はポーチからペットボトルを取り出した。
「これやるから、飲んでさっさと帰りな、家族にあんまり要らん心配かけるなよ、若いんだから」
男性はペットボトルを手渡すとそのまま行ってしまった。
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鹿島(仮) 住宅街 朝
「・・・・・・心配かける相手なんか、もう居ないんだよ」
私はそう漏らしながら水のボトルに口をつけ、日付を超えての帰路についた。
あの後私は泣き疲れて眠り、そのまま公園で朝を迎えたのだろう。
固いベンチの上で寝たせいか体中が痛い。
ふと、帰路につく中で妙な違和感を覚えた。
別に何か景色が変わった訳じゃない、しかし見慣れた自宅周辺の景色はどこか違って見えた。
昨夜の奇妙な体験のおかげだろうか?
「・・・・・まさかな」
全て気のせいだろうと一笑に付し、自宅のカギを開けた。
「・・・・・・ただいま」
靴を脱いでリビングへと向かおうとした時、リビングへのドアに影が映り、扉が開いた。
「あなた!昨夜はどこをほっつき歩いていたの!!」
「・・・・・・愛華?」
居なくなった筈の妻が、かつての思い出の時と同じ姿で私の帰りを迎えたのだ。
「・・・なんで・・・・なんで?」
「何ブツブツ言ってるの?昨日は仕事が早く終わったからまっすぐ帰るって言ってたじゃない、どうせ上司と飲み明かしてたんでしょ?真美は昨日、あなたが早く帰ってくるってず~~っと待ってたのよ?」
「え!?パパ帰ってきたの!?」
リビングの奥から声が響き、足音がこちらへと近づいてきた。
「パパー!!」
昨夜言葉を交わした愛娘が、愛華の横をすり抜け私の足元へと抱き着いてきた。
「真美・・・・一体どうして・・・・」
居なくなった筈の妻、死んだはずの娘が今、実体として目の前にいた。
「パパ?どうして泣いてるの?」
「ちょっと!あなた、何も泣く事無いじゃない!!」
私は全身から力が抜けるのを感じながらその場に崩れた。
「お前たちが・・・居るなんて。これは、夢・・・なのか?」
力の入らない足を震わせながら立ち上がり、2人の両肩へと触れた。
「泣きながら何言ってるのよ!?っていうかいい歳して泣かないでよ・・・言い過ぎたのなら謝るから」
「パパ、どこか痛いの?」
気遣いの言葉をかけてくれる妻と娘をその両手で強く、強く抱きしめた。
「ちがう・・・違うんだ・・・ただ嬉しいんだ・・・とても・・・・」
その絞り切った声を最後に、後は嗚咽だけが私の口から出て行くだけだった。