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『電話ボックス』   作者: 葉月 悠人
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#2

 鴻上こうがみ(仮) 中央駅前 喫茶店 14時10分

 


 チャットで出会った『匿名希望さん』という人物と約束した土曜日のお昼。

 私は待ち合わせ場所である駅のカフェに赤い服を着て待ち人が来るのを待っていた。


 「失礼、お嬢さん・・・」 


 ふとかけられた声に振り向くと、そこには癖毛くせけの激しい男性が私の座る席の前に居た。

 見た目から推測して、年齢は私より少し上に見て取れた。


 「間違えたらすいませんが・・・『P.Nゴリラ』さんですか?」


 彼の問いに私は肯定する。


 「僕が『モジャ頭』改め、大学生の最上寺さいじょうじです・・・向かいの席、失礼しますね?」


 『モジャ頭』さん、もとい最上寺さんは一礼して向かいの席に座る。


 お互いに飲み物を注文し、緊張もほぐれた所で軽い雑談を始めた。 

 その中で彼の最上寺という名前は仮名だと分かった。




 お互いにハンドルネームで呼び合うのは些か恥ずかしいから、という理由で仮の名前を用いたのだという。  

 彼が仮名を用いるのなら、私も鴻上こうがみと名乗らせてもらおう。


 「鴻上さんですか、よろしく」


 こうして『最上寺』と『鴻上』は合流し、後は『匿名希望』さんが来るのを待つだけだ。

 そんな中、『彼』は現れた。


 『失礼、お2人さん・・・』

 

 掛けられた声に振り向くと、そこには一人のスーツ姿の男性が居た。

 年齢は私達より少し上、大学生である私達よりも先に『社会進出した先輩』という印象だった。


 『お2人が・・・チャットで話していた人ですか?』


 「じゃあ貴方が・・・『匿名希望』さん・・・ですか?」


 「そうです・・・私は『鹿島かしま』」と言います、もちろん、本名ではありませんがね・・・隣の席、失礼しますよ」



 『鹿島』さんは一礼して、最上寺さんの隣の席に座った。



 ーーーーーーーーーー

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 『さて・・・そろそろ本題に行きましょうか』


 鹿島さんが注文した紅茶を半分ほど飲んだ所で本題に入る。

 

 『私の経験談はおおよそ信じられないような話です、しかし信じて貰う他ありません、ご清聴願います』


 鹿島さんは小さく息を吸った。


 『あれは数年前の今くらいの時期でした・・・・』



 -------------------ー

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 --------------------


 数年前・・・・


 鹿島(仮)  自宅



 4月は出会いと別れの季節と言うが、これ程に残酷な別れが訪れると誰が予想できただろう?


 学年が1つ上がり、新しい学校生活に胸を躍らせていた愛娘まなむすめは、通い慣れたはずの通学路にある交差点に消えた。


 娘を失った悲しみから立ち上がれない妻にかけてやれる言葉等、簡単に見つかる筈もなく気が付けば妻は指輪を残して居なくなった。


 娘と妻、愛する家族を立て続けに失った者がどうなるか、それは分かり切っていた。


 現実を受け入れられなかった私は溜まっていた有休を全て消化し、家に籠った。


 最愛の妻だった女性と、幼くして旅立った娘の幻想を、薄暗い家の中に重ねて過ごしていた。


 思い出の中の妻と娘が私に微笑みかけている・・・・・

 

 ----------

 ----------

 

 鹿島(仮) 病室

  


 気が付くと私は病室のベッドに居た。


 体が思うように動かない・・・


 巡回にやってきた看護士が私の覚醒に気づいて主治医を呼んできた。


 主治医の話では私を見つけのは会社の同僚との事だった。


 有給期間を過ぎても出勤してこない私を案じて家を尋ねた所、生きてるか死んでるか分からない状態で居たとの事だった。

 

 診察の結果は極度の栄養失調との事でしばらくは流動食りゅうどうしょくしか食べられないらしい。



 その場に居る筈の無い人が作った料理で腹は膨れない。


 私は家にいる間、何を食べていたのだろうか?


 ----------

 ----------


 退院して、職場復帰する頃には季節は夏真っ盛りになっていた。


 そして、私は閑職かんしょく左遷させんとなっていた。


 幸い食い繋ぐ程度には支払いの良い部署で、嬉しい事に人にも恵まれた。


 彼らのおかげで私は徐々に立ち直っていった。

 

 しかし心にぽっかりと空いた穴が埋まる事は無かった。


 このまま一生、この空白な思いで胸を満たしたまま過ごすのだろうか・・・・・・?


 ~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~


 鹿島(仮) 住宅地   深夜


 ある週末の夜、残業を終えた私は暗い夜道の中、帰途についていた。


 そこで偶然通りかかった公園へと目を向ける、最愛の者達と最後に過ごした場所、幸せだった頃の記憶の終着駅がそこにあった。


 薄暗い街頭に照らされた一角のベンチ、そこで私は幸せだった思い出を重ねながら遅い夕食を食べた。

 

 冷めきったコンビニ弁当を一口、二口食べる度に枯れた筈の涙がボロボロと零れた。

 

いよいよ堪えきれなくなった嗚咽に声を震わせる。もはや食べる事すらままならない程に嗚咽に肩を震わせた。


 ~~~!・・・~~~!・・・~~~!


 ふと・・・どこかで電話の鳴り響く音が聞こえた。


 涙を拭い、あたりを見回すと少し離れた所に電話ボックスがあった。 


 電話ボックスに着信とは奇妙な話もあったものだと私はボックスに入り受話器じゅわきを取った。

 

 「・・・・・・・・もしもし?」


 『もしもしパパ?』


 それは既にこの世に居る筈の無い娘の声だった。





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