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8.話し声

 

 次に目が覚めた時、私はぼんやりとした意識のまま知らない部屋の天井を眺めていた。

 完全に意識を失う前、あの化け物が持っていた剣は魔核や周囲に漂っていた瘴気を全て消し去った。あんな化け物が存在していて良い筈が無い。思い出しただけで寒気がする。


(話し声?)


 周囲に人の話している気配を感じるけれど、まだ私の体は動かなかった。



「ありがとう。まさか実在しない筈の“魔剣ダーインスレイヴ” を召喚してしまうとはね。でも、おかげで助かったよ。君が魔剣を発動させた時は本当に焦ったけど」


「別に本気では無かった。アレは興味深い魔剣だが、放っておいては危険だと思っただけだ。それに、今回の件はリアーナの頼みでもあったからな」


(リアーナさんって、あのリアーナさん?どういう事?)


「僕も相談を受けた時は半信半疑だったんだけど、彼女の固有能力は想像以上に厄介な代物だよ。クレアに似た部分もあるけど、こっちは制御が効かない分、たちが悪いんだ」


(クレア?また知らない名前だ)


「この娘は昔からこうなのだ。感情の高まりが一定以上になると別の人格が表に出て来る。固有能力が自我を持つなど信じ難い話だが、見てもらった通り事実だ。幼い頃の出来事なので本人は何も覚えていないと思うが……。さて、今回はどうかな。私にも検討がつかないのだ」


「……ふん。とにかく俺の仕事はここまでだ。後はお前達でどうにかしろ」


「分かった。後は僕がどうにかしてみるよ」


「……無茶はするなよ?」


「えへへ、分かってるよ」



 一体誰なのだろう?


 一人は少年。もう一人はあの化け物。

 最後の一人は女の人みたいだけれど、聞き覚えが無い。


 駄目だ……。

 また意識が遠く……。




 ーーーーーーーーーーーーーーー




「ロア、ロアったら起きなさい」


(誰?)


 私は春の陽だまりの様な温かな毛布を頭までかぶって穏やかな眠りを堪能していた。

 長い間怠惰な生活をしていた中で、こんなに気持ちの良い眠りは久しく無かった。


「うぅ……もうちょっとだけ寝かせて……」


「何馬鹿な事言ってるのよ!」


 怒ったミトが毛布を剥ぎ取ってしまった。

 私は猫の様に体を丸めてシーツを掴むと、器用に体を転がしてシーツに包まった。


(ん?ミト?)


 混乱していた記憶のパズルがピタリとハマった音を聞いた私は、シーツに包まったまま跳ね起きた。


 目の前に立っているのはいつもと変わらない姿のミトだ。


「良かった……ミトが生きてた……本当に、本当に良かったよぉ……」


 あの意味不明で絶望的な状況でミトが無事だったのは奇跡だ。

 私はミトの豊かな胸に顔を埋めてわんわんと泣き声を上げた。


「泣かないの。私は無事よ。さ、マクスヴェルト様がロアと私に話があるって」


(マクスヴェルト?)


 確か少年の本名がそんな名前だった気がする。


「起きた所を早速で悪いんだけど、君の能力について話しておきたい事があるんだ」


 声のする方に顔を向けると、何ともにこやかな表情をした少年が優雅に椅子に座って私の方を見ていた。


「あーーーッ!少年!ちょっと!何ふざけた事してくれたのよ!私がどれだけ怖い思いをしたか分かってるんでしょうね⁈ それに怪我だって沢山して!……って、あれ?痛くない」


「悪かったって。怪我なら僕が魔法で癒しておいたよ」


「あ、ありがとう……じゃなくて!あんたが食べた分のパフェの代金ちゃんと払ってよね!」


「……何というか、気付いてはいたけれど、随分と感情の起伏が激しい子だね」


「え、ええ。昔はこんな事はあまり無かったんですが……」


「ミト!そんな奴に敬語なんか使わなくても良いってば!」


 何を企んでいるのか知らないけれど、ミトを人質にした挙句に、いきなりダンジョンに放り込んで、その上あんな化け物をけしかけてくるだなんて。そんな事をする奴に下手に出てやる必要なんか無いと思う。

 だいたい、あんな化け物がいるだなんておかしい!


 だけど、ミトの方は既に何かを知っている様で、私がいくら言っても少年に対する喋り方を変えなかった。


「ほら、ロアもこっちに来て座りなさいよ」


「何で……」


「ロア?」


「だって!私達の事勝手にあれこれ調べて、しかも!家の中の事まで知ってたんだよ⁈ 何でそんな奴の言う事なんか……!」


「本当に君は喜怒哀楽が激しいね。……レイヴンとは正反対だ」


(レイヴン?)


 少年は立ち上がって右手を軽く持ち上げた。


「今から答えを見せてあげるよ」


 ーーーパチン!


 少年が指を鳴らすと、何かの魔法が発動した。


(は?……え?)


 少年があっという間にリアーナさんの姿に変わったのを見て、私は顎が外れそうなくらい驚いていた。

 過去に類を見ない不細工な顔を晒してしまったであろう事よりも、お母さんのように思っていた優しいリアーナさんの正体が魔法で姿を変えた少年だったという事実の方が何倍、いや、何億倍もショックだ。


「気持ちは分かるわ。私も最初に見た時は腰が抜けちゃいそうなくらい驚いたもの。でもね、ロア。さすがにその顔はないと思うわ……」


 私の顔なんてどうだって良い。

 あのリアーナさんが実はムカつく少年だったなんてあんまりだ。


「そんなに驚くとは……。リアーナは君達に一週間程留守にすると言ったと思うけど、実際にはその更に一週間前から僕と入れ替わっていたんだよ。安心して欲しい。本物のリアーナは今頃、中央で料理の勉強をしているから」


 私にはもう何がなんだか分からない。

 急にそんな事を言われても頭が混乱するばかりで何も考えられない。


「ロア、大丈夫。私も一緒にいるから」


 ミトの手は柔らかくて温かい。

 私は、ささくれ立った気持ちが少しずつ落ち着いて行くのを感じながらミトの手を握り返した。


「あ、あれ……私、なんで……」


「ロア……」


 今頃になって体が震えて来た。

 自然と涙が溢れて来て止まらない。


「……本当にごめんね。どうしても君の力を目覚めさせたかったんだけど、刺激が強過ぎたみたいだ」


「あの、マクスヴェルト様……今は、少し……」


「分かった。ミトはロアの精神安定剤なんだね。少し時間を開けてから話すとしようか。お詫びと言ってはなんだけど、今日は僕がご馳走するよ。用意が出来たら呼びに来るから、その辺に置いてある魔法書は好きに読んでて良いよ。ロア。本当にごめんね」


 少年はそう言うと部屋から出て行った。



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