5.誘い
門の開いた先は見通しの悪い曲がりくねった通路になっている。
生茂る木々は手入れこそされていたが、その配置は来訪者を惑わせているかの様に乱雑で、館の主人が客人を拒んでいるのが感じられた。
一度出したお金を引っ込めてしまう様な人物だ。きっとこれはその意地の悪い性格を表しているのだろう。
「入って来いって事かな?」
「そうでしょうね。結界を解いたのは試しの意味?それとも……」
私は考え込んだミトの手をとって門を潜った。
とにかく前へ進んでみない事には何が待ち受けているのかも分からない。
こんな広い屋敷にあの少年が一人で住んでいるとは考え難い。しかし、いくら進んでも誰か使用人が出迎えに来る様子は無かった。
それどころか、目の前に見えている屋敷の入り口が近付いて来ない。
「ミ、ミト、もしかしてこれも魔法?」
「ちょっと黙ってて」
「う、うん、分かった。頑張ってね」
私が疑問を呈する前に、ミトは物凄い勢いで魔法書をめくっていた。
なんて頼もしい友人だろう。これならさっきみたいに、庭にかけられた魔法も看破してしまうに違いない。
私は特に何もしなくてもミトに任せていれば大丈夫そうだ。
(ん?)
暇を持て余した私は、乱雑に配置された木々が実は規則性を持って配置されているのではないかと思い始めていた。
気付いたきっかけは、足元の石畳にさり気無く刻まれた文字だ。
(どれどれ……)
後から埋め込まれた様な真新しい石板には“こっち” とか“あっち” という文字と一緒に矢印があった。
「いやいやいや。まさか、そんな古典的な事がある訳……」
半信半疑に思いながら矢印を辿ってみると、これまで通った覚えの無い新しい道に出た。
綺麗に配置された木々と一面に咲き乱れる白い花。
手入れの行き届いた噴水や花壇に混じって石像なんかも置かれている。
先程までの適当な感じは全くしなかった。
「ミト!私、分かっちゃった!って、あれ?ミト?何処行ったの?ミトーーー!!!」
それほど遠く離れていない筈なのにミトからの返事は無かった。
魔法を解く事に集中しているにしても、私の声が全く聞こえていないなんて事は無い筈。
私は、仕方なく来た道を逆に辿ってミトを迎えに行く事にした。
けれど、今度は曲がり角を一つ曲がったところで最初の門の前に出でしまった。
(ええ……)
その後はいくら適当に進んでも白い花の咲き乱れた庭へと出てしまってミトには逢えなかった。
この魔法を解かない事にはどうにもなりそうにない。
覚悟を決めた私は、一人で屋敷へ向かう事にした。
ミトが自力で魔法の解除に成功すれば良いが、館の主人に直接魔法を解く様に頼んだ方が早いと思ったからだ。
だが、今度も門と同じで扉が勝手に開いた。
絶対に何処かで私達の事を見ているに違いない。
恐る恐る屋敷の中へ入った私は、足の踏み場が無いくらいに積み上げられた本の山に目眩を起こしそうになった。
どの本からも魔力を感じる。
多分、これは全て魔法書だ。
本が魔力を持つという事はそれなりに強力な魔法、或いは魔術の記述された希少な本だと聞いた事がある。中には迂闊に触れただけで魔法が発動してしまう物もあるらしいので慎重に進んで行く必要がありそうだ。
「うわ……ミトの部屋より本が沢山ある。これはミトが一緒じゃなくて逆に良かったかも」
本の迷路を進んで行く。
途中にある部屋の扉は全て開け放たれていて、どこも本がぎっしりと押し込められていた。
これが全部魔法書だとして、売ったら一体幾らになるのだろう。魔法使いは高額の報酬が約束されている話は知っていたけど、これは相当なお金持ちだ。少年が提示して来た馬鹿げた金額も納得がいく。
「何だろう。この散らかり方を見ていると不思議と落ち着くんだよね……」
私の部屋に置かれたガラクタとは比べ物にならない価値があるにしても、妙な親近感が湧いて来ていた。
『やあ、やっぱりここまで来たね。待ってたよ』
どこからともなく聞こえ来た声とキザっぽい喋り方はあの少年のものだ。
「何が気が向いたら、よ。パフェの代金を持って行ったのはわざとね?」
胡散臭いと思ってたけど、最初から私達を此処へ誘い込むのが目的だった様だ。
『うんうん、まあそのくらいは気付くよね。それに、あのミトって子もなかなかだねえ。流石は竜人。長い間堕落した生活を送っていても、基本的な能力は高いね。正攻法であの魔法を解除したのは彼女が初めてだよ。あの魔法書のおかげか、彼女自身の力なのかは判断しかねるけれど、庭にかけた魔法の方は無理だろうね。あ、大丈夫だよ。危害を加えたりしないから』
何もかも分かってましたって喋り方が凄くムカつく。
ミトが凄い魔法使いだなんて私が一番よく知っている。賢者か何か知らないけど、親友の事をそんな風に軽く言われるのは好きじゃない。
「出て来なさいよ。あんたが食べたパフェの代金は返してもらうからね」
『成る程。君は感情で力が大きく変動するタイプなんだね。喫茶店で見た時よりも魔力の反応が各段に強くなってる。これなら魔物とでも戦えそうだね。でも、まだその程度じゃあ駄目だ。全然話にならないよ』
冒険者になれとかいう話の事だろう。だけど、私はそんな事よりも少年が去り際に言った言葉が引っかかっている。
パフェの代金と一緒に聞き出してやるつもりだ。
「そんな事どうだって良いのよ。さっさと出で来なさいよ。本ばっかりで歩き難いったらしかたないの」
さっきから自分でもビックリするくらいの魔力が体から溢れて来る。
こんな感覚は百年は無かったと思う。
『ふうん、散らかってるのには“慣れてる” と思ってたんだけど』
(こいつ……)
一体何処まで調べているのやら。家の中の状態まで知っているなんて最低な野郎確定だ。
『悪いけど、今は手が離せないんだ。ちゃんとパフェの代金は君達の分も払うからさ、僕の所まで来てよ。じゃ!』
「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ!」
つくづく腹の立つ少年だ。歳上らしいけど、流石に私の事を舐めすぎだ。
直接文句の一つでも言ってやらないと私の気が済まない。
二階へ上がろうとしたら見えない壁が私の行く手を阻んだ。
こっちは違うと言いたいのだろうか。私は仕方なく階段の脇にある地下室への階段を降りて行った。
「な、何これ⁉︎ 」
何かを突き抜けた様な感覚がした後、私は自分の目を疑った。
階段を降りた先はダンジョンだった。