4.少年を追いかけて
「誰?領主?さっきの少年が?」
どうせ悪戯に違い無い。
領主が誰かは知らないし、マクスヴェルトなんて名前にも覚えが無い。
でも、ミトの驚き方が普通でない所をみるとどうやら有名な人物らしい。
「歴代最高の魔法使い。賢者マクスヴェルトと呼ばれていたわ。少し前に行方知れずになっていたと聞いてたけど、戻って来てたのね……」
分かんない。全っ然分かんない。
魔法使いなのはともかく、賢者って言われてもねえ。
ミトが嘘をつくわけ無いと分かっていても、あの何処からみても普通にしか見えない少年が賢者というのは無理があると思う。
「そこまで知ってるなら、どうして最初に気付かなかったの?」
「賢者マクスヴェルトは姿変えの魔法が使えるわ。誰も本当の姿なんて知らないし、年齢も私達よりずっと上の筈よ」
「え?そ、そうなの?」
「あー……私とした事が折角のチャンスを不意にするなんて。ねえ、やっぱりさっきの依頼受けない?世界とか冒険者とかお金とか別にどうでも良いからさ。そうすれば私も魔法教えて貰えるかもしれないし」
出たよ。出ましたよ。
ミトは魔法が絡むと直ぐに他の事が見えなくなる。
特大パフェに夢中になってしまった私が言うのは確かにおかしいかもしれない。だけど、そんなの可愛く思えるくらいにミトの頭の中は魔法の事しか考えられなくなっているだろう。
目付きが怖い。
“まだ見た事の無い楽しいが見られるかもしれない” だなんて、やっぱり私の持つ固有能力の事を知っているみたい。
固有能力『ギフト』
基本的な効果は、私が出逢った対象の持つ能力の一部を貰い受ける代わりに、少しだけ相手を強化する。その力は私自身が使えるだけでなく、他の人にも貸し与える事が出来るという物だ。
他にも使い方はあるけれど、それが多分間違いだった。
この力は私にとって素晴らしい物になる筈だった。
私はこの力を楽しい気持ちを多くの人達と共有する為に使いたかった。だけど、その考えは大きな過ちだったのだ。
私は楽しいと感じていた頃の気持ちを忘れてしまった。
「無理。さっきの少年がたとえ本物だとしても、私は今ギフト使えないもん」
「は?何でよ⁈ 」
「知らないよ。気付いたら使えなくなってたの!」
持って生まれた固有能力が喪失するなんて聞いた事が無い。
使えなくなったのは多分、私が引き篭もっているからだと思う。
「あ、あのう……そろそろ閉店なのでお会計をお願いします」
喫茶店のお姉さんが私達のいるテーブルにやって来た。
伝票を持ってるみたいだけど、少年が置いて行ったお金があるから大丈夫。
「だい……じょう……ぶ、って、あれ⁉︎ ミト!お金は⁈ 」
「え?あ、あれ?さっきまでここに置いてあったのに……」
「嘘でしょ?特大パフェ三つ分だなんて、そんなの払ったら無一文になっちゃうよ!」
「あの、お客様?まさか……あれだけ長時間何も注文せずに居座っておいて、最後に特大パフェ頼んで逃げようだなんて……考えてませんよね?」
うわあ、滅茶苦茶気にされてた!
笑顔が怖すぎる!ていうか、後ろになんか光ってる物が見えてるよお姉さん!
「は、払います!払いますから!」
私とミトは少年がお金を置いて立ち上がるのを見ていた。もう他にはお客さんもいないし、盗まれたという事は無さそうだ。
結局、何処を探してもお金は見つからず、私達は泣けなしの全財産を失う事になった。
「最悪……依頼を引き受けてもいないのに無一文になるなんて……」
「おのれ少年!絶対にパフェの代金払わせてやるんだから!」
私達、というか、主に私の怒りは収まる筈が無く、メモを頼りに領主マクスヴェルトを名乗る少年を探す事にした。
特大パフェ二つを平らげたのは私だし、依頼も断った。その料金を払うのは百歩、いや一万歩譲ってアリだとしよう。でも、少年が自分で食べた分くらい払わせないと納得がいかない。
言っておくけど、私は本来心の広い人間だ。大抵の事は笑って許す自信がある。けっして貧乏根性で言っているのでは無い事をはっきりさせておく。
「ロア、本当に今から探すの?もう今日は遅いし、明日にしない?」
「駄目!私達今無一文なんだよ⁈ それに今週はリアーナさん達が出掛けてて誰もいないから、ご飯だって食べられないじゃん!もう、ミトの作る不味いご飯を食べるのは嫌!」
「ちょ……!私の料理の腕は関係無いでしょ⁉︎ 大体ロアだって料理出来ないじゃない!」
そう、私達は二百年という長い時を生きていながら、料理というものが全く出来ない。
リアーナさんからは畑にある野菜を好きに使って良いと言われているけれど、帰って来るまで生の野菜をかじる生活だけは絶対に嫌だ。
せめて特大パフェ一個分のお金を取り返さないと!
「だーかーら!今からでも探すの!それとも、ミトの持ってる魔法書を換金して来ようか?当面の食費にはなると思うよ?」
ミトは持っていた魔法書を抱きしめて私から距離をとった。
「だ、駄目よ!それだけは絶対に駄目!これは私の宝物だって知ってるでしょう⁈ 」
涙目になるくらい本気で嫌がってる。
あまりミトをいじめるのは可哀想だ。ていうか、そういう仕草まで私より可愛いとかやっぱりズルいよね。不公平だと思う。
「ほら……だったら今からでも探すしかないじゃん。幸い、場所は分かってるんだし。今すぐ行けば途中で追い付けるかも」
それに、少年の言っていた事も気になる。
もしも、もしも本当に楽しい事が待っているのだとしたら、もう少し詳しく話を聞いてみても良いかもしれないと思う。
世界を救うだなんて事、私達には出来無いけれどわざわざ私達の事を調べていたのは確かだ。だったら、もっとちゃんとした理由があるのかもしれない。
「うう……分かったわよ」
少年が残したメモにはご丁寧に簡単な地図が書かれていた。
本物の領主ならさぞかし立派な館に住んでいるだろうと思っていたのに、着いてみるとそこは何も無い空き地だった。
「だ、騙された?」
「ちょっと待って。これ結界が張ってあるんだわ。凄く巧妙な結界だけど、このくらいなら私にも解除出来ると思う」
「結界?」
ミトは結界が張られていると言うけれど、空き地には簡単に足を踏み入れる事が出来た。
本当に結界が張られているのなら、見えない壁がある筈だ。
とは言っても、ミトと違って私は魔法の事なんてさっぱり分からない。ここは大人しくミトに任せてみる事にした。
ーーー二時間後。
辺りはすっかり陽が落ちて暗くなった。
周囲には民家も街灯も無いので、今はミトの使う魔法の明かりしかない。
「ねえ、まだあ?」
ミトは自前の魔法書を一生懸命にめくりながら複雑な魔法陣を描いている。
最初は明日にしようだなんて言ってたクセに、今では私の方が怒りが覚めてしまっていた。
地上から魔物が消えても魔法が使える人材は何処でも引く手数多だ。その気になれば今よりももっと贅沢な暮らしだって出来る。それでもミトが私と一緒に居てくれるのは本当に申し訳ないというか……。
「この魔法、本当に凄い」
「え、まさかミトでも無理だったの?」
ミトは魔法オタクなだけあって知識に関しては並々ならない物がある。そんなミトに解除出来なかった魔法は一緒にいた二百五十年あまりで一度も見た事が無い。
「それこそまさかでしょ。解けたわよ」
複雑に形を変える魔法陣が光ると、それまで何も無かった空き地に立派な館が出現した。
「うわあ……すっご……」
「あの少年が賢者マクスヴェルトだっていうのは間違い無いようね。もっとも、私にも解除出来る様にされてた気がするけど……」
館には明かりが灯っていたが、どうにも人の住んでいる気配がしない。
あれだけ厳重な結界を張っていたくらいだ。もしかしたら留守なのかもしれないと思っていると、館の門が不気味な音を立てて勝手に開いた。