2.甘美な死闘
私達竜人族は、生まれた時からそれぞれ何かしらの固有能力を持っている。
一番有名なのは竜王リヴェリア様の持つ『黄金の目』だと思う。一説には未来視だとも言われる非常に特殊な力で、どんなに先の事でも見事に予見してしまうのだとか。
もしも私がそんな力を持っていたら何をするだろう?だなんて馬鹿な事は考えない。
だって、先の事が分かってしまうだなんて、きっとつまらない。未来の事が分かってしまったら、今以上に引き篭りの生活をすると思うから。
「ロアったら何ニヤニヤしてるの?その顔、気持ち悪いから止めて……」
「き、気持ち悪いって……」
私とミトは依頼人との待ち合わせ場所の喫茶店に入って、依頼人との約束の時間が来るのを待っていた。しかし、約束の時間を過ぎても依頼人はまだ来ない。
そろそろ、お店のお姉さんの視線が痛い。
注文の一つもしたいところだけど、残り少ない所持金を使ってしまうのは勇気がいるのだ。この場は何としても水だけで凌ぐ必要がある。
せめて依頼の内容と報酬を確認してからでないと怖くて使えないよね。
「ほら、また……」
私は自堕落な生活も案外悪くないと思っている。けど、こうして人の大勢いる街の片隅で流れて行く人の波を眺めているのも好き。
歩き方一つから伝わって来るその人の感情や、弾む様な音の響きが、これから起こる楽しい気持ちを連想させてくれるから。たまにそうじゃない人もいるけれど、私は絶対に声をかけたりはしない。
何故なら、私の固有能力はーーー
「やあ。お待たせしちゃったみたいで悪かったね。お姉さん、こちらのお嬢さん達にもいつものを頼むよ」
おっと、これは意外だよ?
ミトが仕事の話を持って来る時は大抵おかしな人が多いのに、何処にでもいる少年の様な外見は妙な安心感がある。
少しキザっぽい喋り方をする少年だけど、私の勘ではまとな依頼が提示されると見た!さり気なく私達の分まで注文してくれるだなんて素敵過ぎる。
(うわあ……何その顔……)
ドヤ顔して来るミトが鬱陶しいけど、一先ず当面の食費は心配しなくても良さそうな予感がするのは同意だ。
「えっと、初めまして。私が魔法使いのミト。それからこっちが……」
「特異能力“ギフト” を持ってるロアちゃんでしょ?やっと逢えて良かったよ」
「「え?」」
前言撤回!この少年は危険!
的中率約五割くらいの私の勘が警鐘を鳴らしてる!
「ミト、帰ろう。私の事初対面で“ちゃん” 付けで呼ぶ人は信用出来ないもん!」
「いやいやいや!そっちなわけ⁈⁈ もっと重要な事言ってたでしょ⁈ 」
「え?」
「ええっ?」
(あ……)
またやってしまった。どうにも初対面の人に歳下の様に扱われるとそっちに気が取られてしまう悪い癖が出てしまった。
「と、とにかく!私の事を“ちゃん” 付けで呼ぶ人は信用しちゃいけないって……あれ?誰も言って無いや。……言って無いけど、何だか嫌な感じがするからイヤ!」
「あははは!話に聞いていた通りだね。いきなりちゃん付けで呼んだのは悪かったよ。ごめんね」
おや?意外と素直だ……。
ははぁん……これはもしかして、喫茶店のお姉さんが特大パフェを三つ持って来たタイミングに合わせてもう一度座れば、上手く誤魔化せるのでは?
私はお姉さんがナイスなタイミングでやって来たのを見計らって、もう一度席に着いた。あくまでも謝罪を受け入れたのだという体を装う事を忘れてはいけない。
(ごくり……)
目の前にそびえ立つ巨大なクリームの塊から漂う甘い匂いが私を誘惑して来る。だが、ここでいきなり手を付けては絶対に駄目だ。
ここは慎重に……慎重に……。
「そんなに警戒しなくても良いのに。支払いは僕持ちだから食べて良いよ?」
やったあああああああ!
いただきます!いただきますよ!!!
「少年。食べて良いと言ったのは君のほうだから!私!これ、食べるから!」
「え……うん、どうぞ」
今の私にはもう目の前の特大パフェの事しか考えられない!ミト、後は任せたからね!
万年金欠であるが故に手が届かなかった。
店の前を通り掛かる度に、美味しそうに食べる赤毛のお姉さんを窓越しに眺めていた辛い日々に終止符を打つ刻が来た!!!
私は先が小さなフォークの形状になっている専用の長いスプーンを鋭利なナイフに見立てて、白くて甘い香りのする生クリームという名の城壁に突き立てた。
何という斬れ味だろう。
私が手にしたスプーンは、聳え立つ生クリームの城壁をまるで砂の城を崩すかの如く削いでいく。城壁を守護する色取り取りの果実達も、私の華麗なスプーン捌きの前になす術も無い。
許してくれとは言わない。
これは命をかけた戦いなのだ。
口の中に広がる甘美で瑞々しい食感は、私を更なる高みへと誘った。
高鳴る胸の鼓動と震える手。自分がかつてない程に興奮しているのが分かる。
だが、ここで慌ててはいけない。敵は二重三重の罠を張り巡らせて、私を惑わせるに違いないのだから。
しかし、彼等に抗う力は残されておらず、その後の戦いはあまりに一方的だった。
“これならば一気にストロベリークイーンへと辿り着ける” そう思っていた。
削り残した城壁を執拗に攻める私のスプーンが次の標的を見定めて彷徨う片隅に彼等は身を寄せ合い蹲っていた。
私の視界に入ったそれは、尊くも混ざり合い互いを支え合っているかの様に見えた。
最期の時が近い事を悟った彼等は、スプーンで抉り取られて散っていく同胞達を見送っては、悲痛な表情を浮かべて生クリームの中へと身を隠しているではないか。
そうだ、彼等はまだ諦めてなどいなかった。最期の瞬間まで仲間を庇おうとする姿勢は気高くて、儚くも美しくあろうとする生き様は、私の荒んだ心の氷を溶かして行った。
……ああ、これでが血で血を洗う戦いで無かったらどれ程良かった事だろう。
もしかしたら彼等と争わずに済む方法が他にあったのではないだろうか。
私は不覚にも、敵である彼等の心情に自らの気持ちを重ねてしまったのだった。
だが、これは戦いだ。千載一遇のチャンスを不意にする程、私は甘い人間では無い。時には非情にならなければ生き残れない。
彼等は私を恨むだろうか。しかし、一度始めてしまった戦いを今更止める訳にはいかない。
そうだ。これまでに散って行った彼等の同胞の命を無駄にしない為にも、私は最後まで戦い続けなければならないのだ。
私はせめて彼等を共に逝かせてやろうと、汗の滲む手を握り直してスプーンを滑らせた。
(くっ……!)
彼等の願いが天に届いたとでも言うのだろうか。一方的だった戦局は、四つめの罠を掻い潜った頃から五分の戦いへと巻き返され、最後の罠を目前にして私の腹は八分目を越えようとしていた。
限界が近い。私は汗で濡れて滲んで行く視界を必死になって拭いながらも、遂に最後の門番を倒した。
残るはストロベリークイーンただ一人。
私は満足感に浸る間も無く、ストロベリークイーンの喉元に専用スプーンを突き付けて言った。
安心するが良い。
お前達の命は私の血肉となって生き続ける。
散って行った果実と生クリーム達の魂は今、私の中で眠っている。
戦いに不向きな普通のスプーンであったなら、ストロベリークイーンにも生きる道筋は残されていたかもしれない。
私は覚悟を決めた様に静かに佇むストロベリークイーンに専用スプーンを突き立て、長く苦しかった戦いの幕を下ろした。
(こ、これは……⁉︎ )
何という事だ……。
喉元を通り過ぎて行くクイーンの酸味が、戦い疲れた私の体を労っているかの様に全身を駆け抜けて行った。
スプーンの動きを止めた私の頬を、一筋の涙が零れ落ちた。
(ご馳走様でした……)