1.怠惰な少女
ーーーとある朝。
いつもより早く目が覚めた私は、見慣れた天井をぼんやりと眺めて眠りにつく前の曖昧な記憶を探っていた。
「あー……そう言えば今日って何か予定入ってたっけ?そろそろ何か依頼を受けないとお金が尽きちゃうんだよね……。あー!でも、動きたく無ーい!……誰か私の代わりに働いてくれる素敵な人はいないものだろうか……お金だけ稼いで届けてくれる素敵な人がっ!温かい食事を作って、毎日清潔なシーツを交換してくれる奇特な人が!」
「ちょっと、パンツくらい履きなさいよ」
「あっ……」
しわくちゃのシーツに包まって暴れていた私の痴態を不覚にも同居人に見られてしまった。
彼女の名前はミト。
私と同じ竜人族で幼馴染。私より視力が良い癖に、眼鏡なんてかけて秀才を気取っている魔法オタクなだけの本の虫だ。
同い年なのに私より背が高くてスタイルが良いし、胸だって大きい。栗色の少しクセのついた髪なんてちょっと大人っぽくて羨ましい。ていうか、ズルい。
彼女も私と同じく下界に憧れて天界を飛び出して来た口だ。身寄りは無く、私とは姉妹のように育てられた。
ミトと私は大親友と呼んでも差し支え無いくらいに仲が良いと自負している。
「か、勝手に入って来ないでよ。それに、家の中くらい好きな格好で居たって良いじゃない……」
「そ・れ・は!ゴミで溢れたこの部屋を片付けて、ちゃんとドアを閉めてからやってよね!“親しき仲にも礼儀あり” よ」
「むぅ……ゴミじゃないもん」
窓とベッド以外の隙間という隙間には、使い道のよく分からないガラクタがうず高く天井まで積み上げられている。
「だったら少しは片付けなさいよね。いつまでも引きずっていたって仕方ないでしょ?」
「別に引きずってる訳じゃ……」
私もどうにかしたいとは思っている。本当だ。だけれど、これは全部今までに出逢った人達から貰った仕事の対価なのだ。
ガラクタばかりなのは置いておいて。こんなに物で溢れているのは、私があまりお金という物に頓着しない性格だからであって、好き好んで集めた訳じゃない。
ま、まあ確かに、貰った時は『あ、これ何かに使えるかも〜』と喜んだりもしたけれど、どれも大事な物だから捨てられないのだ。
「ロアが無闇やたらと能力を使うから、こんな事になったんだからね。気をつけなさい」
「ちぇ……お爺ちゃんみたいな事言うミトは嫌いだなぁ。ふて寝する」
ミトは私の包まっていたシーツを無理やり引っぺがしてしまった。
反動で倒れて来たガラクタを全裸で支えるのは流石の私でも恥ずかしい。
「何言ってんのよ。今日は久しぶりに仕事がある日でしょう?早く支度しなさいよね。約束に遅れて私まで依頼主に怒られるのは御免よ」
「え⁈ あれって……今日だっけ?」
「嘘でしょ?昨日の夜、寝る前に話したじゃない……。もう忘れたの?ロアの性格はよく知ってるけれど、寝たら忘れちゃうのは流石にどうかと思うわ……」
そうだった……。
何か忘れているような気がしていたのは、久しぶりに仕事の依頼を受けていた約束の日が、今日だったからだ。普段はお互いの事にあまり干渉したりしないけど、仕事はいつも二人一緒に引き受ける事にしている。
私は積み上げられた服の中からお気に入りの服を掘り起こして、窓から射し込む光に当ててみた。スカートが少しシワになってるけど、このくらい大丈夫だよね?
ちゃんと念の為に変な匂いがしないか確認してから袖を通した。
「ね、ねえ、ミト。因みになんだけど……待ち合わせ場所って何処だっけ?」
「……はあ、オーガスタにあるいつもの喫茶店。待っててあげるから寝癖くらい直しなさいよ」
「そんなにガミガミ言わなくたって……」
「ほら!早くする!」
私の髪は竜人族では珍しい黒髪で、ミトみたいな大人っぽい感じの癖っ毛じゃない。
身長はミトの胸くらいでスタイルも子供っぽい。胸はまだ希望を捨てていないとだけ言っておく。
せめて髪型くらいは大人っぽくしたかったけど、ミトの妹だと間違われるくらい童顔の私には絶望的に似合わないので、大人しくツインテールにしている。
そうそう。言い忘れていたけど、私達が暮らしているのはその昔、忘れられた都と呼ばれていたオーガスタという街の外れにある小さな集落だ。
それまではミトと二人であちこち転々としていたんだけど、今は縁あってその集落の一角にある空き家に居候させてもらっている。
単にオーガスタの街に部屋を借りるお金が無いのが原因とも言えるのだけど、集落をまとめているリアーナさんが時々差し入れしてくれる料理が超絶品で、街で暮らすよりも美味しい料理が食べられるのが高ポイントだと強く言っておきたい。
大っきな花まるを沢山あげちゃいたいくらい好き。お母さんみたいな人だ。
「仕事の内容は会ってから話すって言ってたよね?どんな人だった?」
「うーん、結構若い子だったわよ?名前は教えてくれなかったけどね」
「猫探しとかそういうのだったら嫌だなぁ……」
「文句言わないの。仕事があるだけマシよ。ちゃんと生活出来るくらいの生活費を稼がないと。いつまでもリアーナさんの好意に甘えていられないもの」
「そうだけどさぁ……」
私達は二人で便利屋のような事をしているのだけれど、たまに連絡をくれる知人から仕事を紹介してもらうくらいで、あまり自分達から仕事を探しに行ったりはしていない。
あ、いや……嘘付きました。
全然してません。
仕事の内容は依頼主とその時々によって変わる。出来ない仕事は断るけれど、最低限のお金を稼ぐ為にはそうも言っていられない懐事情があるのだ。
さてさて、今日はどんな仕事が待っているのやら。
「待った!」
「な、何?服ならちゃんと着たよ?寝癖も直したし……」
私はスカートのシワがやっぱり駄目だったのかと思って必死に直し始めた。
大人っぽいミトとの差がこういう所への気遣いなのかもしれない。
「パンツ。履き忘れてるわよ」
「何で服着る前に言ってくれないの⁈ 」
「それくらい自分で気付きなさいよ!」
私は決して痴女じゃない。
それだけは強く言っておきたい。本当に。