プロローグ
ここは天界にある竜人族の里。
私はよく祖父の膝の上に座って、人間や妖精種の暮らす地上の話を聞くのが好きな子供だった。
今日も暖炉の前で居眠りをしている祖父を起こしてしまわない様に気をつけながら、慎重に膝の上によじ登ってちょこんと座った。
祖父が起きるのを待っている間も、今日はどんな話が聞けるのかとワクワクしていたのを覚えている。
『この世界には面白い事が沢山ある。お前も機会があれば、是非一度世界を見て回ると良い』
「本当?沢山楽しい事ある?悪い人いない?」
『楽しいかと聞かれても儂には分からんよ。それに、悪い人もおる』
「分からない?どうして?」
『楽しいかどうかは自分の目で探すものじゃからじゃよ。ロアだけの楽しいを見つけると良い。じゃが……今はあまり下界へ降りるのは勧められんがのぅ……。せめて、ロアが大きくなって、魔物と戦えるようになってからでないと……』
「じゃあ、おっきくなったら私も下界に降りてみたい!それまでに強くなる!」
『あははは。そうじゃな。ロアが大きくなったらな』
ーーーという会話を祖父としたのが、今から約百五十年程前の話だ。
私は祖父との約束を守らず、竜人族の暮らす天界を飛び出して、勝手に人間や妖精族の暮らす下界に降りて来てしまった。
その事を今更ながらに後悔しているのは、私が竜人族として生を受けた事に関係している。
竜人族の寿命は長い。
短命でも二千年。長ければ万年に届く者もいるという。
だけど今の私は思うのだ。“そんなに長生きして何が面白い?”
楽しい事なんていうのは最初だけで、下界に降りて最初に知り合った人間達の殆どは、とっくに寿命を迎えて死んでしまったし、最近また知り合ったと思っていた人も、私が怠惰な生活を送っている内に、いつの間にか老人になってしまっていた。
種族の違いは仕方ない。
こればかりはどうしようも無い事だと今では私も理解している。
でも、最初の頃は一つ一つの別れが辛くて、よく泣いていたのを覚えている。
“もう人間の友達は作らない”
“寿命の短い種族とは深く関わらない”
そう決めた私は、引き籠り生活を始めてから多くの時間を一人で過ごす事にした。
新しい出逢いや発見は楽しい。目まぐるしく変わっていく世界を見てまわるのもだ。けれど、別れが待っていると分かっているのなら、初めから関わらない方が良い。
辛い思いをするだけだ。
そして、今の私は二百歳を迎えた。
人間で言えば十五を数えたくらいだろうか。その時点でどうやったって無理があるのが分かってもらえると思う。
それから、私は自分の幼い容姿が嫌いだ。
見た目なんて子供の頃から殆ど変わっていないし、未だに買い物に行くと私よりずっと歳下の店主から“お嬢ちゃん” だなんて呼ばれてしまう。
……まあ、可愛いと言われる事自体悪い気はしないのだけど、なんだが自分がとても無機質な物みたいで嫌だ。
その事を同じ竜人族の幼馴染に言ったら『贅沢言うな』って言われたけれど、嫌な物は嫌なのだ。
大体それの何処が贅沢なのか私は甚だ疑問に感じるばかりだったけど、下界で数少ない友人を失いたく無かった私は、グッと言葉を飲み込んだ。私、偉い。
私も皆と同じ様に歳をとりたいのに、いつまでも子供の見た目のままだなんて虚しいだけだ。どうせ皆んな私を置いて先に死んでしまう。
今なら祖父の懸念も、竜人族の多くが下界に降りない理由も分かる気がする。
因みに、普段の私は大抵の場合、自分の部屋に篭って日がな一日ごろ寝している。
竜人族の里に帰ろうかと考えた事もあったけど、下界はそれなりに暮らしやすい。
第一に、地上に魔物が殆どいないのが良い。というか、引き篭もっている内に綺麗さっぱりいなくなっていた。世界にはまだ私の知らない不思議なことがあるらしい。
第二に、ご飯が美味しい。人間族の作るご飯は凄く美味しい。どうやったらあんな料理を思い付くんだろう?
第三に、……特に無いかな。
兎にも角にも、幼い見た目のせいで人間関係はややこしくなったりするけれども、自堕落な生活をする分には都合が良いというか、生活費を稼ぐ為に口煩く働けと言われないだけマシだと思う様になった。それもどうなのかと思うけど、慣れてしまえばこれはこれで悪くない。
要するに、私の生きる事への執着心は、完全に麻痺してしまっているのだ。
出逢いと別れを繰り返していくのは辛い。
下界に憧れていた頃の私の夢は、そんな辛さの事なんて欠片も想像出来ていなかった。
だけど、そんな私にも転機が訪れた。
少し長い話になるけれど、良かったら聞いて行って欲しいと思う。
私の大切な想い出。
出逢いと冒険の日々を。
物語の舞台は前作『最強の冒険者と呼ばれた俺が最高の冒険者を目指した訳』と同じですが、本作単体でも話が分かる様になっています。というか全然別物を目指しています。
前作を読まれている方であれば、おや?と思う名前や人物が出て来るかもしれません。
書きたい物語を書きたい様に書く。そんな作者ですが、宜しければどうぞ最後までお付き合い下さいませ。
それでは、新しい物語を始めましょう。宜しくお願い致します。
注)前作とは作風が少し異なります。