EX3 プラムとアウトドア
「マスター! 妾は明日、釣りへ出かけたいぞっ!」
閉店後、店の中を掃除していたところ。
やって来たプラムが、元気よくそんなことを言い出した。
「釣りって……また何で?」
何となく理由は察せるが、しかしそう聞かずにはいられなかった。
「ふふん、この前店に来た冒険者に教わったのだ。静かな川面を見つめながら精神を落ち着け、ウキが沈んだ瞬間、一気に勝負を仕掛ける。己が身一つで大自然と向き合う釣りには大いなるロマンがある……と!」
「……あー、やっぱりか」
どうやら、またお客さんの冒険者に影響を受けたらしい。
前に行った遺跡探索と言い、プラムは活発な性格ゆえに冒険者と気が合うのか、話し込んでは大体何かしらの影響を受けてくる。
それで今度は、釣りに興味が向いたという顛末らしかった。
「マスター、明日は店も定休日! これはぜひ、ぜひ行くしかないと思うっ!」
プラムはこちらに寄りながら、期待を滲ませた瞳でじっと見つめてきた。
……ちらっとプラムの後ろを見れば、マロンやチョコもうんうん、と頷いていた。
ううむ、プラム以外の精霊二人も興味があるなら、構わないか。
「なら、この街の近くにある川に行こうか。子供の頃、俺もそこで釣りをしていたから。結構釣れるぞ」
「おおっ! それならマスター、明日は頼むぞ!」
プラムは輝くような笑みを浮かべている。
それから俺は店の奥にある物置きを開き、久しぶりに釣り具を探すのだった。
……そうして翌日、人数分の釣り具を揃え、俺たちは川へ移動していた。
「よく晴れてよかったですね」
「冷たい〜!」
マロンやチョコが、素足を川の水に付けてはしゃいでいる最中。
錘を噛んで釣り糸に付け、ウキ下の長さなどの調整も済ませていると、横からプラムが覗き込んで来ていた。
「マスター、念入りに何をしているのだ? まだかまだか?」
うずうずしているプラムに、俺は言った。
「もう少し待ってくれ、ウキから釣り針までの長さを調整しているんだ。川の深さによって魚のいる位置も変わるから、この作業を適当にすると釣れる魚も釣れなくなる」
以前この辺りで釣りをしていた際の記憶を辿り、釣り具の調整などを終える。
それから竿と餌をプラムに渡そうと……したのだが。
「……うにゃっ!? む、虫!? 虫ではないか、マスターッ!」
餌入れの中で動いているそれを見て、プラムは半ば悲鳴に近い声を上げていた。
「そりゃやっぱり、生きている餌の方がよく釣れるからな。ほら、自分で付けろって」
「じ、自分で!? マスターは年頃の乙女に何と過酷なことを強いるのか!」
「精霊にも年頃とかってあるのか……?」
……まあ、あまり詮索するのも野暮なので一旦さておき。
「でも、自分で餌くらいつけないと釣りにならないぞ? 自分の餌は自分で付ける、釣りの基本だ」
「う、ううっ……しかし……っ!」
プラムは震える手つきで虫に手を伸ばすが……その時。
「プラム、釣りしないの?」
水遊びに飽きたのか、いつの間にかチョコがやって来ていた。
「やらないなら、先にチョコがやりたい」
「あっ」
ひょいっとプラムの手から釣り竿を回収したチョコは、餌の虫を子供らしい大胆さで鷲掴みにして、素早く釣り針に引っ掛けてしまった。
その間、チョコは普段通りの眠たげな表情であり、特段プラムのような悲鳴も上げなかった。
「何と、チョコはああも恐れ知らずであったのか……!?」
ぽかんとした様子で、プラムはこともなげに釣りを始めたチョコを見つめている。
……案外、我が家の精霊の中で一番肝が座っているのはチョコかもしれない。
俺たちの様子を遠巻きに見つめて苦笑していたマロンの様子からも、そんなふうに感じた。
「……しかし、これはある意味僥倖では? 妾の釣り餌も、このままチョコに付けてもらえば……」
「こら、プラム。ご主人さまに自分でやりなさいと言われたばかりでしょう」
後ろからマロンに注意されると、プラムはううっと唸った。
それからどうにかプラムを説得し、俺も自分用の釣り具を整えていた……のだが。
「マ、マスター! 噛まれたっ!? 餌の虫に噛まれたぞっ!?」
「ラルド、助けてー……。チョコ、引っ張られちゃうぅ……」
高い声で悲鳴をあげるプラムに、大物がかかったのか、釣り竿を握ったままジリジリと川に引き摺り込まれそうになっているチョコ。
少し目を離した隙に、一体いつの間にこうなったのやら、俺は慌てて二人を交互に見回した。
「ええっと、どっちから助ければ……そうだマロン! 俺は本当にヤバそうなチョコを助けるから、マロンはプラムの方を……んっ?」
「……」
ぷいっと速攻でそっぽを向いたマロンに、俺は言った。
「って、マロンも虫ダメなのかっ!?」
……結局、俺がチョコを助け終わるまでの間、プラムは釣りどころではなく、割と必死そうに餌の虫との格闘を繰り広げていた。




