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EX2 チョコのお願い

「えっ……犬を飼いたい?」


「うん。わんわん、可愛いから。街で見かけて、いいなーって」


 営業中、お客さんが引いてきた頃合い。

 藪から棒にそんなことを言い出したチョコに、俺は後ろ頭をかいた。


「俺は構わないけど、ちゃんと世話できるのか? 餌やりはもちろん、散歩したりたまに洗ったりとか」


「任せて。チョコはできる子だから」


 ううむ、イマイチできる子の使い方が間違っているような……まあ、それはさておき。


「チョコがそう言うなら、今度の休日、ちょっと知り合いにあたってみようかな……?」


「おお〜!」


 見れば、チョコが目を輝かせている。

 実は知り合いの商人が少し前に、いくらか子犬が産まれたと言っていたのだ。

 飼いきれずに引き取り手を探している様子でもあったので、もしかしたらと思った次第だ。


 ……それから、普段以上に店で張り切っていたチョコが待ちに待っていた休日。

 あらかじめ事情を話しておいた知り合いの商人の家に、俺とチョコで早速向かって行った。


「すみません、ラルドです。子犬の件で来ました」


 ノックをして名乗ると、中から恰幅のいい、顔馴染みの商人が現れた。


「おお、来たかね。ラルド君と……話にあった、お手伝いの子だね」


「チョコって言います」


 紹介するとチョコはぺこりとお辞儀をした。


「噂には聞いていたけれど、なかなか可愛らしい子じゃないか。ラルド君の店が最近繁盛している理由が、何となく分かったよ」


 ははは、と冗談めいた笑みを浮かべる商人。

 俺もチョコを褒められて嬉しくなって、ついついこう続けてしまった。


「実はチョコ以外にも、可愛いお手伝いさんがあと三人いるんですよ」


「ほう、看板娘がそんなにねぇ……」


 と、商人と話し込みかけたところ。


「ラルド、早く、早く……」


 チョコが頬を膨らませて、手を握ってきていた。

 その様子に、商人は温かな笑みを浮かべていた。


「さて、チョコ君を待たせすぎるのも悪い。早く子犬たちに会わせてあげよう」


 商人の言葉に、チョコがこくこくと頷いた。

 そして商人に通された先の一室には、籠に入った五匹の子犬たちがいた。

 胴長の体に、柔らかそうな茶色の毛に覆われており、まるでぬいぐるみのようだった。


「か、可愛いわんわん……!」


 普段の眠たげな様子はどこへ行ったのか、チョコはとてて、と元気に子犬の方へ駆けていった。

 それから恐る恐るといったように子犬を撫でると「ふあぁ……!」とまた歓声をあげていた。

 チョコは一匹の子犬を抱き上げると、その子犬は尻尾を振って「きゅうん!」と鳴いた。


「ラルド、この子! このわんわんがいい!」


「へぇ……確かに可愛いな」


 チョコからひょいっと子犬を渡してもらい、優しく抱いてみる。

 つぶらな黒い瞳がこちらを見上げてきて、体も柔らかくて暖かく、パタパタと振れる尻尾も愛嬌がある。

 そのまましばらく夢中で撫でていると、商人はくぐもった笑い声を出した。


「お手伝いさんよりも、君の方が子犬を気に入ったようだね」


「思っていた以上に可愛くて。引き取ったら、常日頃から撫でてしまいそうですよ」


「ああ、もし引き取ったら存分に愛でてくれたまえ。……もし引き取ったら、だがね」


「……?」


 商人は何故か、面白いものを見る目になっていた。

 そして商人の視線を辿ると……俺の背後にいたチョコに行き着いた。

 見ればチョコは、何故かまた頬を膨らませてこちらを見上げている。


「……チョコ?」


 チョコはむくれていて、明らかにご機嫌斜めだった。

 もしやずっと子犬を自分が抱きかかえているのが気に食わなかったとか?

 確かに今日はチョコが飼いたいと言う子犬をもらいに来た日だったので、肝心の子犬をずっと俺が抱えていてはよくないか。


「ごめんな、チョコがこの子を気に入ったのに」


 子犬をチョコに渡そうとすると、チョコはじーっと子犬を眺めてから、一言。


「ラルド、もしこのわんわんが家に来たら、ずーっとこの子ばっかり構うの?」


「んっ? ああ、さっきの話か。そりゃ可愛いから、ずっと撫でたくなるような……」


 すると、チョコはぷいっとそっぽを向いてしまった。


「……チョコ、やっぱり今回はいいかなーって」


「ちょっ!?」


 せっかく来たのに、それでいいのか。

 と言うか、さっきまで瞳を輝かせていたのにこれは一体。

 困惑していると、商人は俺の肩を持って言った。


「今回は構わないとも。君の店のお手伝いさんの可愛らしい一面も見られたことだし。……まあ、ラルド君。君は子犬を愛でるより、拗ねてしまった可愛らしいお手伝いさんを愛でることだね」


 そう言われて、ようやくむすっとした表情のチョコの気持ちが分かった気がして、俺は子犬を降ろしてチョコを撫でた。


「たとえ家に子犬が来たって、チョコたちを蔑ろにはしないから。安心してくれって」


 するとチョコは分かりやすく頬を緩ませ、機嫌を直してくれた。

 ……その後、結局チョコは子犬を引き取らなかったものの。

 定期的に商人の家に遊びに行き、子犬たちと戯れるようになっていた。


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