EX1 マロンとラルドの休暇
「ご主人さま、またお仕事ですか……?」
「んっ、マロンか」
夜中に作業場に籠っていると、マロンがやって来た。
それから渋面で、ため息をついた。
「ご主人さま。ここ最近、夜中まで仕事を続けていますが、しっかりと休まないと体を壊しますよ? 心も休まりませんし、少し顔色も悪いです」
「何だか最近、寝つきが悪くて。それでせっかく起きているならできる仕事をって思ってな」
すると、マロンはますます困り顔になった。
「仕事熱心なのはよいことですが、限度があります。こんな深夜まで連日働いていては、いつ倒れるか分かったものではありません。……前に温泉街へ行った時のように、少し強引にお店から離した方がよいのでしょうか……? もし必要なら、サフィアさんたちの力も借りて……」
マロンは小声で、中々に恐ろしいことを呟いていた。
「わ、分かった、分かった。ひとまず仕事はやめるよ。それで明日から……」
「いえ、明日もお休みです」
「……えっ?」
「オーダーメイドの依頼も特に入っていなかった筈ですし、ご主人さまは明日もしっかりと休んでください。お店の方は、わたしたち精霊にお任せを」
マロンはそう言って、ぐいぐいと詰め寄って来た。
……普段は柔和な雰囲気のマロンだが、こういう時は妙な圧力がある。
「ご主人さま……いいですね?」
「あっはい……」
……こんな調子でマロンに押し切られ、俺は翌日、全休となってしまった。
それから一日、自室に引きこもって過ごすか……と思っていたのだが。
「……マロン、ずっと部屋にいる気かい?」
ベッドから見ると、部屋の隅には椅子に腰掛けるマロンの姿があった。
マロンはにこりとして言った。
「はい。チョコやプラムと話して、今日は私がご主人さまのお世話をするということになったのです。お食事やお茶など、好きな時にお申し付けくださいね?」
いや、そこまでしなくてもと言いかけると、マロンは続けた。
「それに二人からも、ご主人さまを一人で部屋にこもらせると、その場でスキルを起動して仕事を始めかねないと言われていますから。しっかりと見張らせていただきますね」
──ぎ、ぎくぅっ!?
思わず、毛布の中に隠していた依頼書を握りしめた。
……まさかこちらの行動を先読みしているとは、流石に精霊たち、やるな……。
「ご主人さま。さらに顔色が悪くなりましたが、まさかお仕事をするつもりだったなんて……考えていませんよね?」
こちらに微笑みかけるマロン、しかし目が怖い。なんか妙なスイッチが入っている気がする。
「い、いやー。この期に及んでそんな往生際の悪いことは……」
棒読みで言うと、マロンは素早く立ち上がってこちらに来てから「それっ!」と毛布を持ち上げた。
「……」
見つかった。
言い訳をするより先、マロンは速攻で俺の手から依頼書を回収して、一言。
「没収です」
語尾にハートマークでも付いていそうな声音だったが、やはり目が怖い。
やっぱり間違いなく妙なスイッチが入っている。
「他には枕の下にも隠してあるかもしれませんね……どうでしょう?」
──ぎ、ぎくうぅっ!?
確かに枕の下にも、いつでも確認できるようにと一部の依頼書を置いてある。
昨日マロンの目を盗んで部屋に運び込むのは苦労したが、まさかこんな形で裏目に出るとは!
そして素早く跳ね除けられる枕、最早、上から押さえつける暇さえなかった。
「……ご主人さま?」
「……はい」
「膝枕です」
「えっ?」
今、なんて?
「だから、膝枕です。どうあっても仕事から離れられない……いいえ、取り憑かれているご主人さまを仕事から引き剥がすには、わたしの膝枕で横になってもらうのが確実かと。そうすれば、もう依頼書も仕込めませんから」
ベッドに腰掛けて膝を軽く叩いたマロンに、俺は恐る恐る横になった。
……というのも、少し気恥ずかしかったからだ。
マロンは俺の頭に軽く手を当て、言った。
「まったく……わたしたち精霊は、常日頃からご主人さまを気遣っているつもりです。頑張りすぎて倒れてしまわないようにと、そう思っているのですよ? ……ですからご主人さまも、自分の体をたまには労ってください」
マロンの困りきった表情を見て、反省しようという思いが浮かんできた。
……ここまで心配されては、俺も少し仕事から離れて過ごす必要があるか。
そうなれば、今日はこのままゆったりしようか……そう思い、マロンの膝の上で目を閉じたところ。
「ラルド兄さんー! 今日は一日お休みって精霊たちから聞いたから、少し遊びに来たよー……って」
部屋のドアを開けてひょこりと顔を覗かせたミアが、こちらを見て固まっていた。
「マ、マロン!? 膝枕ってあたしもやったことないのにっ!」
何を慌てているのか「先を越されたー!」とか言っているミア。
そんなミアの様子に、マロンは「これも私の務めですから」と微笑んで返していた。
……その後、ミアとマロンに交互に膝枕され、気恥ずかしさが倍になったのは言うまでもない。




