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閑話 【武器職人】との出会いその2

「お願いラルドさん! あたし、どうしても武器が必要なのっ!」


「武器が必要って、君ねぇ……」


 がばっ! と頭を下げたあたしに、ラルド兄さんは困って後ろ頭をかいていた。

 ……それもそのはずで、後で聞けばこの時の彼はスキルを使った経験がほとんどなかったのだとか。

 けれどあたしは必死だった。

 武器がなければ依頼に出られないし、よく見るアーティファクトを買うには微妙にお金が足りない。

 だったら安価でも頑丈なブロンズソードを、そこそこの値段で作ってもらうしかない。

 いろんな意味で焦っていた当時のあたしは、もうそうとしか考えられなかったのだ。

 ……恥ずかしいことに、他の武器屋を探そうとか、そんなことを考える余裕すらなかった。


「いや、俺には難しい。他を当たってくれ」


 ラルド兄さんはその一点張りで、何度もあたしを追い返した。

 今だから言えるけど、少しも心を許してくれなかった当時の彼の態度には少しイラッとくることもあった。


 ──せっかく【武器職人】スキルを持っているんだから、一本くらい作ってくれたっていいじゃんっ!


 そう思いつつ頬を膨らませても、この時のラルド兄さんは、ちっともあたしの言うことを聞いてくれなかった。

 ……それで確か、追い返されてちょうど十回目の時だった。

 あたしは未だに武器もない新米冒険者としてガラの悪い先輩冒険者に、目をつけられてしまったのだ。


「おいミア。お前、ギルドに入ってしばらく経つのに武器すらないんだってな?」


「だったら俺たちのパーティーに入らないか? もしよけりゃぁアーティファクトだって貸してやるが……まあ、お前金欠だしな。使用料はお前自身の体で払って貰えれば良いぜ、ハハッ!!」


 ……ラルド兄さんの家近くの路地裏で、あたしは拳を握りしめていた。

 あたしも少しは鍛えていたし、たとえ相手が大の男でも武器さえあれば負けやしない。

 こんな奴らに舐められて、いいように言われることもなかったのにと、とっても悔しかった。


「おい、聞いてんのかコラッ! 先輩の話は聞くもんだぜ!」


「嫌っ……!」


 不意に腕を掴まれて、そのまま路地裏の奥に連れて行かれそうになる。

 心を強く保っても、力の差はどうにもならない。


 ──こんなの嫌! 誰か……助けてっ!


 そう思って目を瞑った時、ふと男二人の動きが止まった。


「おいこら、人の家の近くで騒がしいぞ。こっちは昼寝中だったのに」


 そいつらはあたしから視線を外していて、振り向けば、路地に入ってきたラルド兄さんの方を向いていた。

 当時のラルド兄さんの目つきは、やっぱり今よりも尖っていて……。

 それが冒険者としての夢を断たれて絶望し、長い間ぐらぐらと苛立っていたからなのだと、あたしは後で知ることとなる。

 ラルド兄さんは目つきをより鋭くして、声を低めた。


「お前ら、冒険者か。……せっかく冒険者として活躍できているお前らが、一体何をやっているんだ? 女を襲うのに二人がかりなんざ、『危険を冒す』って冒険者の肩書きが廃るぞ」


「テメェ。図に乗ってんじゃねぇぞ、兄ちゃんよォ!」


 男の一人が、ラルド兄さんに向かって殴りかかった。


「危ない……っ!?」


 あたしが止める間もなかった。

 そして正直、ラルド兄さんは拳一発で地に沈んでしまうと思っていた。

 何せ現役の戦闘系スキル持ちの冒険者と、当時はロクに仕事もしていなかった【武器職人】の喧嘩だ。

 一方的に外れスキルの【武器職人】側が破れると、そう思っていた……けれど。


「コイツうるさいな、近所迷惑だ」


 次の瞬間、殴りかかっていたはずの男が倒され、続けて腹に拳を食らってのたうち回っていた。

 ……路地裏の薄暗さを利用して足払いを仕掛けて転がしたのだと、のちにラルド兄さんは語っていた。

 ともかく彼は面倒臭そうに、足元で腹を抱えて呻く男を見つめていた。


「テメェ、よくも俺の相方をっ!」


 あたしを離した二人目の男は、剣状のアーティファクトを構えて怒鳴った。

 しかしラルド兄さんもまた、いつの間にか一本の剣……ブロンズソードを構えていた。


「前に試しで作った物だけど、強度を試すにはちょうどいいか」


「野郎! 細切れだぜ!」


「そんなノロい剣筋でか?」


 ラルド兄さんはすれ違いざま、男のアーティファクトをブロンズソードで弾き飛ばしてしまった。

 火花が散ったと思った時には、アーティファクトが地に転がっていた。

 圧倒的な早業、目で追いきれないほどの速度。

 あんなの、あり得ないし信じられないとまで感じた。


 ──この人、本当に【武器職人】? 

 スキルはともかく、体の方は明らかに、並みの冒険者以上には鍛えてる。


 それが当時のあたしの心境だった。

 ラルド兄さんは男に向かい、冷たく言い放った。


「そこで寝ている相方を担いで、今すぐ失せろ。二度と俺の家の近くで騒ぐな」


「ひ、ヒィッ……!?」


 冷えた視線とブロンズソードの切っ先を向けられた丸腰の男は、ラルド兄さんの言った通りに相方を抱えてそそくさと逃げていく。

 その背を見送ったラルド兄さんはため息を吐き出し、尻餅をついていたあたしを立ち上がらせてくれた。


「怪我はないな? 間一髪だったけど、冒険者として食っていくならああいう手合いには気をつけるんだな」


「その、あの……!」


 あたしは彼にお礼を言おうとしたが、何と言うか、最初はうまく言葉にできなかった。

 ラルド兄さんが男たちを倒す手際があまりによくて、興奮しているのもあった。

 けれどそれ以上に、心が温かくなっていた。

 家を出て、見知らぬ街で、初めて自分を助けてくれたのがこの人だった。

 少し怖い目をしていたけれど、それでも……あたしは本当に嬉しかった。


「助けてくれて、ありがとうございます。でもラルドさん、どうしてあんなに強いんですか? 本当に【武器職人】?」


「あー。それは……冒険者志望、だったからだ。昔は。でも今は関係ない話だし、適当に聞き流してくれ」


 ラルド兄さんはそう言いつつ、後ろ頭をかいていた。

 彼は困ると、いつも後ろ頭をかく癖がある。

 それはこの辺りから、何となく感じ取れていた。


「じゃあ、俺はこれでな」


 面倒ごとはもうごめんだとでも言いたげなラルド兄さんが踵を返した瞬間、あたしは反射的に、彼の手を取っていた。


「あの、待ってください! お願いします、あたしの武器を作ってください!」


「……」


 また頭を下げたあたしに、ラルド兄さんは盛大なため息をついていた。

 また追い返されるのか、でもあたしを助けてくれたこの人なら、心を込めて頼めばもしかしたら。

 そんな淡い希望を抱いていると、彼は言った。


「全く、君はしつこいな。それに見た感じはただの町娘なのに、よくも冒険者なんて……」


 そう言われて、あたしは嬉しさ半分、怒り半分だった。

 そりゃ、生まれた家のことを悟られないよう、ただの町娘の格好でここまで来て冒険者になったけれど。

 ある種の変装がうまくいっているのは嬉しいです、うん。

 でもだからと言って、そんな小馬鹿にした言い方はないじゃない。


「おっと、頬を膨らませないでくれよ。……分かった、分かったよ。ミア……だっけ? 君の武器を作るから、機嫌を直してくれ」


「……へっ?」


 一瞬、聞き間違いかと思って変な声が出た。

 すると、ラルド兄さんは小さく笑って答えた。


「だから君の武器を、ミアの武器を作るって言ったんだ。そのしつこさには流石に折れたし参ったよ。ちゃんとミアの体に合うよう作るから、ひとまず採寸したい。今から家にきてくれ。それと料金は……俺も腕に自信がある訳じゃないから、格安ってことにしておくよ」


「本当に……!? あ、ありがとうございます、ラルドさんっ!」


 まるで夢のようだった。

 これで念願の武器を手に入れられる。

 そう感じて胸の前で両手を組んでいると、ラルド兄さんが「あ、それと」と付け足した。


「俺は敬語、あんまり慣れてないから。ミアも敬語はいらないし、呼び捨てで構わないぞ」


 そうぶっきらぼうに言ったラルド兄さんは、精霊たちに囲まれている現在……というか、店を出した時からでさえ信じられないほど、当時はツンケンとした態度だった。

 けれどあたしはそう言われたのが信頼されているようで嬉しくて、頼もしい彼についこう返した。


「うーん、だったら兄さん。ラルド兄さんって呼び方で!」


「兄さんって……まあ、いいや。じゃ、仕事を始めるか」


 こうしてこの後、あたしはラルド兄さんに何度も武器を、ブロンズソードを作ってもらうことになる。

 それからラルド兄さんもあたしとの会話で気が紛れていったのか、日を、月を、年を追うごとに性格も丸くなっていった。

 ……というか近所の知り合い曰く、スキルを授かる前の柔らかなものに戻っていった、という言い方が正しいそうだ。

 それであたしも、何度も自分を気にかけて助けてくれたこの人を、段々と好きになっていった。


 それで紆余曲折を経て、ラルド兄さんが武器屋を開いたその日の晩。

 大いに酔った彼が「このまま店が軌道に乗ったら、嫁さんも欲しいかな〜」と言った際、あたしは酔った振りをしてこう聞いてみたのだ。


「じゃあ、そのうちあたしもらって?」


 するとラルド兄さんは、酔って間延びした口調でこう言った。


「そりゃもちろん、いいよ〜。ミアは明るいし、一緒にいて俺も楽しいしさ〜!」


 アハハ、と酔いまくってジョッキを両手に持つラルド兄さん。

 ……しかし面と向かってああ言われて赤面したあたしのことを、今もラルド兄さんは覚えているのだろうか。

 何はともあれ、ひとまず。


 このあたし、ミア=ヴァレリアはこんな思い出もあって、ラルド兄さんのことを好きになっていったのです。


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