70話 大海蛇龍の宝玉
ミアと一緒に素潜りして、サンゴ礁を眺めて突いてみる。
水の中だから声は出ないけれど、ミアは明らかに瞳を輝かせていた。
やっぱりこの手の綺麗な景色はミアも好むらしかった。
それから水面に浮上すると、ミアが「ぷはーっ!」と声をあげて空気を吸い込んだ。
「魚もサンゴも綺麗だけど、ずーっと潜っているとちょっときついかも……。ラルド兄さん、よくあたしについて来られるね?」
「一応、冒険者を目指して鍛えていたからな」
すると、ミアは俺の体をちらりと見てから。
「……初めて会った頃にも思ったけど、ラルド兄さんって結構いい体しているよね。やっぱり鍛えていただけのことはあるよ」
サンゴみたくツンツンと俺の体を突いてきたミアに、何だか笑いがこぼれた。
「ありがとう。そう言ってもらえると、昔鍛えていた頃が報われる気がするよ」
「ふふっ……まあ、だらしない体じゃ困るけどね? そのうち一緒に暮らすんだから……あっ、で、でももう少し先かもって思うけどさ?」
自分で言っていて恥ずかしくなったのか、俯くミアの顔は少し赤みを帯びていた。
……なんだか、こっちまで照れそうになってくる。
そう言おうとした時、ミアは俯いた姿勢のまま、首を傾げて水中を見つめていた。
「……ラルド兄さん。下、何か泳いでない?」
「下……?」
気になったので、息を吸って水中に頭を突っ込む。
すると巨大な青い影が、俺たちの真下を悠々と泳いでいた。
海色の鱗に、蛇のように長い胴と空を掴むような翼。
「……大海蛇龍!?」
「え、ええっ!?」
水面に出てそう言うと、ミアも水中に頭を突っ込んでから慌てだした。
「ど、どうしようラルド兄さん!? 今あたしたち丸腰だよ!」
ミアの言う通り、海の中に武装は持ち込めないし、精霊たちとの距離も遠い。
どうしたもんかと考えていると、盛大な水飛沫を立て、大海蛇龍が浮上してきた。
『これ、そう恐るな。我は、たとえ相手が矮小な人間であったとしても、我を打倒した者らには敬意を表する。何より、丸腰相手に不意打ちとは我の流儀に反する故、安心するがよい』
そう告げる大海蛇龍の体には、所々傷が残っていたが、確かにこちらへの敵意は感じない。
それどころか、その瞳は静かな水面を見つめているかのようだった。
『我は龍。この世における強者にして、最も古き血を引く者なり。強者は己が運命を受け入れ、同じ強者を認める器量を併せ持つが必定。故に我は潔く敗北を受け入れ遺跡から退いた。……しかし』
大海蛇龍は俺に頭を近づけてきて、静かに告げた。
『我ら龍の素材は、人間の間では高値で取引されると聞く。だが、貴様は我が鱗の一枚すら持ち去らなかった。……それでは、激闘を制した勇者が手ぶらで帰還することにも繋がろう。そこで貴様には、我を下した証として、勲章を授けることとする』
体をくねらせ、前足を俺の前に持ってきた大海蛇龍は、爪の先で何かをつまんでいた。
受け取るとそれは、青く輝く宝石のようだった。
『古くより大海原の至宝とされる、我が一族にのみ生成可能な魔力結晶だ。水龍の宝玉、とでも名付けようか。それを肌身離さず持ち続けよ。さすれば、我の加護が貴様に与えられる』
「大海蛇龍の加護……」
またとんでもないものを授かってしまったと感じていると、大海蛇龍が体をくねらせ、海の底に帰ろうとしていた。
『ではさらばだ、この時代における勇者よ。我を下したその力、その短き人の生涯でどのように扱うのか、実に興味深い』
大海蛇龍は最後にそう告げて、ゆっくりと潜っていった。
恐らくは、深海にでも向かったのだろう。
それから宝玉を眺めていると、同じく宝玉に視線を向けていたミアが言った。
「あたし、聞いたことがあるの。古くから生きる高位の龍は、自分を下した相手に敬意を評して宝玉を授けるって。でも、そんなドラゴンは冒険者の仲間も見たことないって言っていたから、ずっと与太話だと思っていたけど……」
「どうやらそれ、本当みたいだな」
しばらくぽかんとしていると、大海蛇龍が現れていたことに気がついたのか、精霊たちやサフィアが泳いでやってきた。
俺は皆への事情説明を考えつつ、ひとまずこの宝玉は、あの大海蛇龍が言った通りに肌身離さず持っておこうと心に決めた。
大海蛇龍も、何の力もないガラクタをわざわざ届けにはこないだろう。
きっと何らかの力を秘めているはずだと、そう強く感じていた。
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