57話 第四の【精霊剣】
さて、アーリトーレが炉に入ってからさらに数時間が経過した。
炉は相変わらず変化もなく、その割には魔力をバカみたいに食い続けている。
一方俺は……どうなっているかというと、
「少し、暑くなってきたかもな……!」
相変わらず、全力疾走した後のような状態が続いていた。
これは魔力と一緒に体力も食われているのか、ともかく不思議な感覚だった。
【聖剣】を【精霊剣】に変えるなんて大それたことをやろうとすればこうなるのかと、ある意味ではいい教訓になった。
「ラルド……」
チョコが心配そうに寄り添ってくれるが、流石にまだまだ倒れるほどではない。
「大丈夫、冒険者を目指して鍛えていたんだからこれくらいは平気だよ。でもこんなに魔力を食って、炉の中はどうなっているんだ?」
魔力の大消費からして、明らかに尋常ならざる変化が起こっている雰囲気はある。
その変化が、アーリトーレの武器種乗り換えがうまくいっている兆候であれば何よりなのだが……。
「あっ、開いた」
チョコの言ったように、炉が開いて中から武器が出てくる。
果たして、【聖剣】とスピアーはどうなったのか。
「……んんっ?」
チョコが珍しく困惑した様子になっている。
またどうしたのかと思っていると、開いた炉の正面に立っていたチョコが退いて、中を見せてくれた。
それから炉の中を指して、一言。
「ラルド、一本しかない」
「えっ」
近寄って見れば、チョコの言う通りに炉から出てきたのはスピアー一本のみだった。
しかしインディゴスピアーはよく見ると、全体的に藍色の強い色合いに変化していた。
よく見れば【聖剣】の鞘に掘られていた意匠が一部、スピアーの柄に刻まれているかのようでもある。
「形が変わっている、これってつまり……!」
「はいっ、大成功ですわっ!」
スピアーが浮いたと思った瞬間、淡い燐光を発して精霊の姿のアーリトーレに変化した。
すとんと目の前に降り立ったアーリトーレは「ふっふっふ」と笑みを浮かべていた。
「びっくりいたしましたか?」
「そりゃびっくりしたけど、逆にびっくりしただけで済んでよかったよ……」
アーリトーレが【聖剣】ごと消滅したのか!? と、一瞬驚いたのはここだけの話だ。
……きっと、チョコも似たようなことを思っただろうけれど。
「しかしそんなに汗をかいては風邪をひいてしまいますわ。拭いて差し上げます」
アーリトーレはそう言いつつ、チョコが机の上に置いていた、さっきまで俺の汗を拭っていたタオルを手に取った。
……するとチョコが、電光石火の勢いでタオルをひったくって、俺の顔を拭い始めた。
それからぷくーっと頬を膨らませてこう言った。
「……チョコがやるから大丈夫」
「あらあら、あなたの主人を独り占めはしませんわよ? ……もっとも、今やわたくし『たち』の主人なのですから」
「わたくし『たち』って……ああ」
よく考えなくても、アーリトーレは今や俺の作った武器に宿った精霊。
要するに、四本目の【精霊剣】となった訳だ。
「ってことは、他の精霊たちと同様、これから一緒に活動することになるのかな……?」
「はい! ……って、他の精霊たち?」
アーリトーレが首を傾げて聞き返してきた途端、部屋のドアが開いた。
「ご主人さま、もうお戻りですか?」
「マスター、屋台で美味しそうな菓子を買ってきたぞっ!」
マロンやプラムたちが帰ってきて、一気に賑やかになった室内。
しかしマロンとプラムはアーリトーレを見て、何を悟ったのかぴたりと固まった。
「……ご主人さま。もしやその方は……?」
「ああ、四本目の【精霊剣】のアーリトーレだ。訳あって【精霊剣】にしたんだけど……」
……そう、詳しく説明を始めようとしたところ。
なぜか真っ先に、プラムがチョコに詰め寄っていた。
「チョコ!? お主がついていながらどうして、妾たちがいない間に新たな【精霊剣】が!? これではマスターと遊ぶ時間が減るではないかっ!?」
「……不可抗力。チョコ、悪くないもん〜」
そう言いつつ、ベッドにダイブしてふて寝してしまったチョコ。
苦笑するマロンと、「仲間が増えるのはいいが急すぎるっ!?」と思っていた以上の驚きを見せるプラム。
ついでにオロオロするシルリアに……。
「ラルド兄さん。また新しい女の子を……ちゃんと説明してね?」
「……ハイ」
笑顔が妙に怖いミアを前に、俺は思わず正座になってしまった。
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