5話 ミアとの約束
「ごめんラルド兄さん、うちのギルドの馬鹿が一度ならず二度までも……!」
そう言いつつガバッと頭を下げてきたのは、誰あろうミアだった。
マイングの話を聞いて、朝早くから店に来てくれたらしかった。
「いいよ、すんだ話だし。そもそもミアが謝ることでもないだろう? 何よりマイングは投獄されたって話だし、もうあんなことも起こらないだろうし」
市街地で頭に血が上った冒険者が暴れることはままある話だが、だからと言って市民に斬りかかるのはご法度だ。
当然ながら犯罪であり、マイングはさっさと投獄されたと昨晩聞いた。
「でも、何でマイングはあんなことをしたんだ……?」
下手に暴れれば衛兵に捕まると、マイングも分かっていただろうに。
すると、ミアが言いにくそうに口を開いた。
「その……自分で言うのも何なんだけどさ。実はあいつ、あたしが好きだったみたいで。それであたしがここによく来ているから、ラルド兄さんが気に食わなかったみたいで。それで……」
「あー、そういう話か……」
どうやら、ミアもマイングのことで困っていたらしいと何となく察せた。
「ラルド兄さん、ごめんなさい。やっぱりあたしがマイングにちゃんと言っておくべきだったよ。『ラルド兄さんとあたしは将来を誓い合った仲だから、あんたが入る余地はない』って……」
「ぶはっ!?」
茶を飲みかけて、思い切りむせた。
「えっ……はっ!?」
し、将来を誓い合った!?
……いつだ、一体いつそんな話をした!?
すると、ミアが上機嫌気味に言った。
「このお店が開店したばっかりの時、お祝いで二人で飲んでいたじゃん。その時ラルド兄さんが『このまま店が軌道に乗ったら、嫁さんも欲しいかな〜』って言っていたじゃない。それであたしが『じゃあ、そのうちあたしもらって?』って言ったら『いいよ〜』って。……ちゃんと、覚えているよね?」
どこか期待した様子でそう聞いてくるミア。
一方俺は、嫌な汗を背にかいていた。
──やばい、あの時か!
べろべろに酔ってたから一切覚えてないとか、この空気じゃとても言い出せない……ッ!
「あ、ああ……そうだったっけ。そんなことも言った……かな?」
ひとまず恐る恐るといったふうに言うと、ミアは「よっしゃ!」と小さくガッツポーズをとっていた。
けれど、それからミアは視線をじぃと俺から真横に移した。
「たださ……ラルド兄さん。横のその子、誰なのよ?」
ジト目のミアが見つめる先には、お茶を淹れてくれたマロンの姿があった。
「ああ、この子は……」
「はい、わたしはマロンと申します。ご主人さまの、永遠不滅のパートナーです」
にこりと微笑むマロンがそう言うと、一瞬にして空気が凍りついた。
主にミアを中心として。
……う、うん。
確かにある意味、永遠不滅だろう。
主に寿命のない精霊って意味と、頑丈なブロンズソードって意味で。
「へぇ……ラルド兄さん?」
「ハ、ハイ」
「どゆこと?」
ミアもにこりと微笑んで聞いてきたが、まずい目が笑っていない。
B級冒険者の圧倒的な圧力を前に、俺は少し早口になった。
「えーっと、この子バイトさんみたいなもんで。それでちょーっと出自が特殊で。だから真に受けないでもらうと助かる……かな?」
「……その言葉、信じてもいいの?」
「あ、ああ。少なくともミアが思っているような関係じゃない」
俺がそう言うと、マロンがさらに付け加えた。
「ええ。わたし、毎晩ご主人さまに叩かれていた身ですから。多分ミアさんが考えているような関係ではないかと」
すると、ミアの顔が一瞬で赤くなった。
「ま、毎晩叩かれていた……!? それにご主人さまって!?」
「ちょっ、待った待った!? 流石にその言い方は語弊がひどい!!!」
確かに剣って金属を叩いて作るものだし、鍛錬がてらブロンズソードは毎晩叩いたりしていたけど!
「ら、ラルド兄さん、流石にそれはちょっと……」
若干声が震えているミア。
俺は「誤解だーッ!」と言い、この際だからとマロンについて全て話すことにした。
ついでにマイング撃退時のことも……すると。
「ラルド兄さん、今度一緒に冒険行こ! マロンが上位のアーティファクトである【聖剣】みたいなものなら、攻略できるダンジョンも増えるし!」
ミアは何故かこんなことを言い出し、俺は仕事があるしそもそも冒険者じゃないから無理だと説得する羽目になった。
……なおこれ以降、ミアがちょくちょく俺を冒険に誘ってくるようになるのだが、それはまた別の機会に。