55話 精霊の宿る武器
「ふぅ……」
「ラルド、大丈夫?」
チョコが近寄ってきて、コップに入った水を差し出してきた。
ありがたさを感じつつそれをもらうと、今度はタオルで汗を拭ってくれた。
「チョコ、そんなにしなくてもいいんだぞ?」
そう伝えるが、チョコはふるふると首を横に振った。
「今はマロンもプラムもいないから、チョコが支える。それに……」
チョコはいつも通りの眠たげな瞳で、ぼんやりと炉を眺めて言った。
「アーリトーレ、全然出てこない。ラルドの魔力消費も多すぎる」
「ああ、チョコには分かっちゃうか……」
実際、チョコの言う通りだった。
並みのアーティファクトなら修理に十分とかからないが……【聖剣】の状態が悪かったからか、アーリトーレは一時間ほど経過した現在も炉から出てこない。
しかも【聖剣】を修復しているからか、消費している魔力もバカにならない。
ここまでの魔力消費は、【精霊剣】をミスリル加工した時以来だ。
チョコが汗を拭ってくれているが、今の俺はある意味、全力で走り続けているような消耗の仕方だった。
「でも、流石にそろそろじゃないか……おっ」
炉が開いて、中から【聖剣】アーリトーレが出てきた。
座っていた椅子から立ち上がって見ると、【聖剣】は先ほどまでの状態が嘘のように、窓からの陽光を反射して輝いていた。
淡い藍色のかかった鞘が、精霊の姿のアーリトーレの髪を想起させる。
美しい深い海の色だと、思わずそう感じた。
「アーリトーレ、調子はどうだい?」
問いかけると【聖剣】が輝きを放ち、アーリトーレは精霊の姿となって現れた。
……だが、相変わらず【聖剣】とは独立した状態にあった。
彼女は表情を曇らせて呟くように口を開いた。
「申し上げにくいのですが、あまりよろしくはないようで。ラルドさまのスキルは【聖剣】自体の性能についてはほぼ完璧な状態に復元させました。しかしわたくしは長い眠りの影響か、結局このざまで。……お力添えを頂いたのに、申し訳ありません……ううっ」
「いやいや、君が謝ることじゃないよ。何より今大変なのはアーリトーレの方なんだから、あまり気を落とさないで」
「……職人さまの虎の子たる炉までお借りしたのに、わたくし、だめな【聖剣】ですわ……ぐすん」
アーリトーレは今にも、部屋の隅へ行って三角座りをしてしまいそうな、そんな雰囲気すらあった。
まさか規格外の【精霊剣】を作り出す【精霊剣職人】スキルですら難しいのかと、俺は後ろ頭をかいた。
けれどこのどんよりとしてしまったアーリトーレを救う方法はないか、そう思った時、チョコが「あっ」と口を開いた。
「ラルド、アーリトーレも【精霊剣】にしたら?」
「えーっと……【聖剣】を【精霊剣】に?」
いやいや、無茶な。
話を聞いて、気がつけば頭を振っていた。
「そもそもマロンもチョコもプラムも、俺が作った現代の武器以外は【精霊剣】にできないって教えてくれたじゃないか」
チョコはこくりと頷いた。
「でもそれは、作った武器を直接【精霊剣】にする場合」
「……? どういうことだい?」
問いかけると、チョコはアーリトーレを指して言った。
「この子を直接炉に入れる」
「……」
いやいや、待て待て。
それは流石にどうなのか。
スキルの産物とはいえ、炉の中は高魔力による超高熱の空間だ。
──【聖剣】の姿ならともかく、精霊のままでは火傷どころでは済まないのでは……?
「大丈夫、できる気がする……多分」
「多分かぁ……」
しかしこの炉によって【精霊剣】になったチョコがこう言うのだから、可能性はなくもないのだろう。
というか、こう言う時こそ説明書ならぬ、【精霊剣職人】ウィンドウの出番ではないのか。
前に武器の手入れと称して「精霊をマッサージする方法」が載っていたウィンドウなら、どこかに「精霊を直接【精霊剣】にする方法」があってもおかしくない。
それから、ウィンドウとにらめっこすることしばし。
「……精霊の宿る武器を変える方法、か」
見つけた文章を眺めて「ふむ」と顎に手を当ててみる。
要はこれ、マロンを例に挙げれば、ブロンズソードAに宿るマロンをブロンズソードBに移す方法である。
炉に【精霊剣】のブロンズソードと、単なる他のブロンズソードを入れれば、マロンの意思で宿るブロンズソードを乗り移れると言った寸法だ。
「おお、これならいけるかも」
チョコがウィンドウを覗き込み、感心したような声音を発していた。
ちなみに【精霊剣職人】のウィンドウは、俺自身の他には炉から生まれた【精霊剣】の精霊にのみ共有可能なので、アーリトーレは首を傾げていた。
「その、ラルドさま? 何か妙案が?」
「ああ。いいこと思いついた」
首を傾げるアーリトーレへ、俺はそこそこの自信を感じつつそう返した。
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