52話 水面の少女
【精霊剣職人】スキルの炉で作るだけ作った武器を、サフィアに引き渡した後。
ミアは体力を戻すために宿の部屋で二度寝すると言い、精霊たちは港町観光を始めると言いだした。
俺もその観光には誘われたのだが……気になることがあったので、その場は用事があるからと断っておいた。
それからは、町の近くにある浜辺にやって来ていた。
……チョコを連れて。
「チョコ、マロンたちと行かなくてよかったのか? 俺と一緒に付いてくること、なかったんだぞ?」
聞くと、チョコは首を横に振った。
「大丈夫。チョコも、ラルドの用事が気になったから。……ここに来たってことは、朝の女の子に会いたいんでしょ?」
「なっ……チョコ、起きていたのか?」
と言うか、チョコにも見えていたのか。
目を丸くしていると、チョコはこくりと頷いた。
「ラルドにどかされた時、ちょっとだけ。それで顔を上げたら、チョコにもあの子が見えた」
となれば、あの女の子はやはり幻覚ではなかったのか。
「……まあ、チョコの言う通りだよ。今朝、女の子はこの辺りにいた。見間違いじゃなきゃ、少し不思議な、精霊みたいな雰囲気だったから気になって」
最近【精霊剣】たちと一緒にいるから、俺もなんとなく精霊と人間の見分けが付くようになってきた感覚があった。
だからだろうか、今朝の少女はどことなく人間とは違う気がしたのだ。
すると、チョコは言った。
「うん、チョコもそう思う。多分あの子は、精霊」
「ああ、やっぱりそうだったのか」
精霊のチョコが言うなら、間違いないのだろう。
けれどあの子は、何の精霊だったのだろうか。
そう考えていると、チョコは若干のしかめっ面になった。
普段の眠たそうな様子が嘘のように、目に力が宿っていた。
「やっぱりって……分かっていたなら、一人で行っちゃだめ」
「……? だめなのか?」
「だめ」
チョコは俺の手を軽く握って、話を続けた。
「精霊にも、悪霊紛いの子はいる。いざという時チョコたちがいないと、庇えない」
悪霊紛いとは、また穏便じゃない。
これまで精霊と言えばチョコたち以外とは会ったことがなかったので、その辺りの警戒心が薄れていた。
……人間と同じく、精霊にも良いものと悪いものがあると、そういう話だろう。
なるほど、と納得していると、チョコが手を握る力を少しだけ強めた。
「……言ったそばから、来た」
じっと目を細めるチョコ。
すると次第に、周りに真っ白な霧が立ち込めだし、振り向けば背後にあった街並みが霧に溶けていくように消失していく。
ただ霧の中に波の音が静かに響くだけの、不思議な空間に閉じ込められたかのような錯覚を覚える。
そしてどこかから、軽く、それでいて響くような声音が発された。
「悪霊とは、言いようですわね。わたくし、そんなじゃじゃ馬たちとは違いましてよ」
俺たちの正面に、うっすらと人影が現れた。
……海の上から、歩いて現れたのか。
その人物とは、腰まで藍色の髪を伸ばした、ドレス似の海色の服装に身を包んだ少女だった。
目鼻立ちは整っており、口調も相まって、どこかの令嬢かと見紛う雰囲気を放っている。
「お待ちしておりました、現代の【聖剣職人】さま。わたくしはアーリトーレと申します。以後、お見知り置きを」
ちょこんとお辞儀をしてきた少女に、思わず声が上ずった。
「【聖剣職人】……? いや、それよりアーリトーレって……!」
アーリトーレとは、ミアたちが攻略に手こずっている第七遺跡の名前に他ならない。
偶然同じ名前……とは考えにくいし、何よりチョコ曰くこの子は精霊という話だった。
となれば……。
「君はもしかして、第七遺跡アーリトーレの最奥部に置かれていた、【聖剣】アーリトーレに宿っていた精霊かい?」
「左様です、わたくしは【聖剣】に宿りし精霊。ご足労いただき感謝いたしますわ、【聖剣職人】さま」
精霊少女はにこりとして返事をしてくれた。
……確かマロン曰く、大昔に作られた【聖剣】に宿っていた精霊の意識は、もう薄れてほぼなくなっているという話だったが。
それでも、何事にも稀有な例外はあると、そういうことだろうか。
「何にせよ、まさか現存する【聖剣】の精霊と話ができるなんてな……」
一体何がどうなっているのかと、俺はその後、アーリトーレから話を聞くことにした。
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