47話 港町シールフィー
道中で宿を取りながら馬車を乗り継ぎ、街を出て丸二日後。
その日の昼前に港町シールフィーへと着いた俺たちは、潮風の中、町の風景を目にして歓声をあげていた。
やはり港町というだけあって、大きな船がいくつも停泊している。
外観が違う船もあるが、それらは漁船や商船など、用途の違いによるものだろうか。
何にせよ湖などで見かける小舟と比べたら、あれらの船は小山くらいはありそうに思えた。
「うわぁ、おっきな船がいっぱいですね……!」
「それに魚もいっぱい。……触ってもいいかな?」
「チョコ、ダメに決まっているであろう」
辺りの船を見回すマロンに、店先の氷の上に並んだ魚を突こうとするチョコと、それを止めにかかるプラム。
「皆さん、やはり物珍しそうですね」
「武器の時は、こうやって港町に来てもはしゃげなかっただろうしな。……そう言うシルリアは慣れていそうだけど、昔は海の近くに住んでいたとか?」
シルリアはこくりと頷いた。
「実はそうなんです。まだ【双頭のオロチ】に捕まる前……幼い頃は、こんな港町に住んでいました。だから少し、懐かしい気分です」
「そっか……」
昔のことを思い出させてしまったと言うと、あまりよくない記憶もあったかもしれない。
少し心配になっていると、シルリアは俺の表情を見て何か感じたのか、両手をわたわたと振り始めた。
「その、わたしは大丈夫ですから。きっとラルドさんが思い浮かべているようなことは、特に考えていませんから。あまり心配しなくても大丈夫ですよ?」
「ああ……それならいいんだけどね」
シルリアを心配していたつもりが、逆に気遣われてしまうとは。
……シルリアも今の生活に馴染んで、昔のことも吹っ切れつつあるのかもしれない。
それならお節介を焼くこともないのかもしれないなと、俺は後ろ頭をかいた。
「さて、それじゃあ宿を探そうか。それから冒険者たちが集まっている場所を探して、ミアやサフィアに会いに行こう」
「はい。持ってきた武器素材系の材料もありますし、これらをどこかに置かないことには散策もできませんしね」
それから俺たちは手頃な宿を探し、海沿いを歩いていく。
……そんな折、ふとシルリアがこんなことを言い出した。
「この街……堤防がありませんね」
「……堤防?」
問いかけると、シルリアは海の方を見回していた。
「この辺りは、水の精たちがすごく活発に動き回っている感じがします。そう言う港町はよく高波に襲われるから、昔から堤防があるものだと母から聞いていましたが……」
シルリアは町の方へと首を回す。
「……避難用の高台もありませんね。ちょっと不思議な感じです」
水の精、というのが何かは具体的には分からないが、ともかくシルリアはしばらく歩きながら小さく唸っていた。
「シルリア、そんなに不思議なのかい?」
「それはもう。ラルドさんは海から離れた場所で育ったようなので、あまり馴染みがないかもですが……。海沿いに住む子供達は、ともかく海の魔物と高波には気をつけろと言われて育ちますし、大人たちは嵐や地揺れで堤防が壊れようものなら、何よりも先に総出で修復にあたるほどです」
「そういうもんか……」
シルリアはそう熱弁してくれるが、しかし堤防がないと言うことはこの辺りの波は常に穏やかなのだろう。
であれば大して気にする必要もない気がするが……おっ。
「皆、よさげな宿屋を見つけたから少し待っててくれ」
町の端のあたりに来て、ようやく宿を見つけた。
建物自体は潮風にやられているのか少し傷んでいたが、中はよく手入れが行き届いており清潔だった。
先に入って中で話を聞けば、大人数でも泊まれる部屋もあるらしい。
部屋に通してもらうと、寝具も丁寧にたたまれていて、ここなら問題なさそうだと感じた。
「ひとまず、宿は問題なしか」
俺は背負っていた荷物を置いて、ひとまず外で待つ精霊たちを呼びに向かった。




