39話 決着
バカな、バカなバカなバカな。
僕はグシオル、【双頭のオロチ】の片頭として名を馳せていた「穿光のグシオル」だ。
僕の動きは奴に勝っていた。
僕の【聖剣】は奴の武器にも劣らなかった。
僕のスキルを解放したタイミングも完璧だった。
どれもこれも、一撃でも当たれば奴は即死だった。
僕の拳の振り抜き一発でも、奴の胸を貫通して余りある威力の筈だった。
なのに……何故。
「らぁぁぁぁぁ!!!」
どうして僕は有り合わせで握った【聖剣】の結界に閉じこもった上、こうも押されているのか。
「ぐぅっ……!?」
【聖剣】の結界にヒビが入る。
あり得ない、この結界はあのダーバディッシュでさえ「分解」できるか怪しい、それほどのものだろう。
現代の人智を超えた奇跡の結晶たる太古の遺物、それがアーティファクトであり、その上位に君臨するのが【聖剣】だ。
それが何だ、今やその【聖剣】の結界は「どこにでもいそうな【武器職人】」と「どこにでもある汎用武器」の力押しで打ち砕かれようとしている。
「は、はは……っ」
もう乾いた笑いしか出てこない。
悪い冗談としか思えない、悪夢だ。
……けれど、真実であり事実であり現実だ。
負ける。
このままでは敗れる。
たかだか【武器職人】スキル持ちの雑魚風情に。
「……ふざ、けるな……!」
チリチリとした感覚が背に走り、燃え上がる怒りと共に闘気を膨らませる。
認めない、決して認められない。
この僕がこんなところで、あんな奴に敗北するなど……!
「僕は穿光のグシオルだ! S級冒険者でもないお前に、正規ギルドの英雄でもないお前に! 遅れを取る道理など……あってたまるかァァァァァァァァ!!!」
***
ミスリル加工したマロンの威力は、予想を遥かに超えたものだった。
一振りするごとに極大の衝撃波が発生し、斬りつけた対象を圧壊させんばかりの重みを持った斬撃が繰り出される。
その絶大な権能と強化された肉体を以ってすれば、いかにログレイアの結界でも突破可能、その筈だった。
「なっ、結界が……!?」
ログレイアのヒビの入った結界が、突如として修復され始めた。
まるで時間を巻き戻しているかのようだった。
「……いや、いくら常識外れの【聖剣】でもそんな力はログレイアにはなかった! きっと内蔵魔力を馬鹿みたいに食って修復しているんだ……!」
「ではご主人さま、速攻で決めましょう!」
「……っ、ああ! あの修復と防御を凌駕して、今度こそ終わらせる!」
「お任せあれ!」
自信に満ちたマロンの返答。
俺は斬撃を止め、突きを入れる体勢で止まった。
するとマロンが静かに、それでいて確かな声音で言った。
「この一撃は、私の怒り。ご主人さまを傷つけたあなたに対する、私の怒りです!!」
ブロンズソードの刀身が、ミスリル加工した部分が、それぞれ金色の輝きを帯びていく。
【聖剣】にも劣らない大魔力と閃光の解放に、グシオルが怯む。
「何だ、その光……!? ダーバディッシュでさえこんな魔力は!? お前は一体……何者なんだ……!?」
掠れた声のグシオルに、俺は苦笑しながら言った。
「俺? ……俺はしがない【精霊剣職人】のラルド。あなたの言ったように、冒険者でも英雄でもない。ただの……武器屋の店主だ!! ──マロン!」
「──はいっ!」
「「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」
マロンとタイミングを合わせ、金色のブロンズソードを結界に突き入れる。
ログレイアの結界を一瞬で砕き割った超魔力の刀身を、そのまま爆速で振り抜く。
そうして甲高い金属音を奏で、グシオルの手元からログレイアを跳ね飛ばした。
だが、グシオルもまだ諦めない。
ナイフを構え、至近距離から【投擲術】スキルを……否!
「させないからっ!」
俺の後ろから駆けてきたミアが、グシオルの腕を抑える。
同時、ミアの【抗魔力】スキルが効力を発揮。
グシオル自身の魔力を抑え、【投擲術】スキルを完全に無効化。
力を失ったグシオルは瞠目したまま、それでも動こうとするが、遅い。
俺は駆け寄った勢いのままに……ブロンズソードの魔力を解き放って衝撃波を生み出し、今度こそグシオルをギルドの外へと叩き出す!
「ラアアアァァァァァァッ!!!」
「ぐ、があぁぁぁぁ!?」
剣を振った瞬間、ミアが咄嗟にグシオルから手を離して滑り込むように退避。
直後にマロンの魔力放出をもろに受けたグシオルは武器庫の壁を突き破り、街の石畳の上を盛大に転がって仰臥した。
気絶したグシオルは、今度こそ完全に意識を手放していた。
「ラ、ラルド兄さん……!」
「……うん。俺たちの、勝ちだ……!」
駆け寄ってきたミアに片手を上げて応じると、ギルドの中に残っていた冒険者たちから「うおおおおおおおおおお!!!」と歓声が上がった。
こうして、今回の騒動はひとまずの決着となった。




