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37話 かつて、目指していたものは

「マスター、最下部だ!」


「ここが……!?」


 モーニングスターの鉄球や鎖を岩壁に擦り付け、速度を殺しながら降下。


 最後にドスン! と白い砂煙を上げ、俺たちは遺跡の最下部へと到達した。

 周囲の遺跡は白い柱が立ち並び、中央は階段や踊り場があり、まるで神殿や祭壇のようだった。


 まさかミアたちのギルドの真下にこんなものがあったとはと、思わず目を細めた。


「ラルド、追ってきた!」


「分かってる!」


 チョコの警戒に合わせ、その場から駆け抜ける。

 同時、ガォン! と瓦礫の上にグシオルが着地した。


「機能を失った旧遺跡とは言え、ここまで深度のある遺跡に足を踏み入れたのは初めてだよ。上のギルドはもしかしたら、この遺跡を守るために作られたのかもしれないけど……まあいいさ。どうせ今日で全て終わりだ」


「させると思うか?」


 クロスボウを構えながら、グシオルに問いかける。

 グシオルもまた【聖剣】ダーバディッシュを構えながら答えた。


「君は確かにそこそこのやり手らしい。正直、ここまで粘るとも思ってなかった。けど残念、僕と君とじゃ役者が違う!」


 グシオルは結界を展開し、周囲の遺跡を中途半端に「分解」した。

 結果、粉々になった旧遺跡の構成材が視界を埋め尽くすほどに舞い、白煙となった。


「姿が……!?」


 四方を煙で覆われ、薄暗い地下であることも相まってグシオルの姿がかき消えた。

 どこから飛び出すのかと構えていると、プラムが叫んだ。


「ダメだマスター! 棒立ちしていたら、結界に囲まれて終わりだ!」


「……っ!」


 プラムの助言ももっともだ。

 聞いたままに足を動かしその場から離れると、やはり危うく結界に巻き込まれかけるところだった。


「はははっ! 逃げられると思うのかい? ここは古の祭壇、贄は君だ!!」


「この、ノリノリで好き勝手言ってくれるな……!?」


 司祭気取りのグシオルから逃れるべく、ひたすらに足を動かす。

 俺がグシオルの位置を特定できないように、グシオルだって雑にこちらの位置を掴むので精一杯のはずだ。

 探知系のスキルでも持っていれば話は別だが、さっきの結界が外れた様子からしてその気配はない。


「つまりこっちも攻撃するチャンスだ、チョコ!!」


「魔力を最大まで解放する……!」


 手にしたクロスボウの【重黒曜石】の部分が、精霊の規格外の魔力を溜め込みオレンジ色に染まっていく。

 その様はさながら、熱を蓄えた鉄にも見えた。


 そうして魔力由来の火花を散らすクロスボウを後方に構え……いや、ここは煙ごと吹き飛ばす!


「プラム、俺を上へ!」


「了解だマスター!」


 モーニングスターの鎖が真上に伸び、鉄球が岩壁に突き刺さる。

 そのまま鎖が縮んで上へと移動し……俺は真下へクロスボウを構えた。


「頼むチョコ!」


「撃つ……!」


 次の瞬間、熱と魔力で赤く染まった破壊の矢が遺跡最下部へと放たれた。


 矢は遺跡最下部に炸裂した途端、大爆発を起こして遺跡の床を丸ごと穿ち剥がし、円形に大きく陥没させた。

 次いで祭壇と思わしき遺跡の一角を衝撃の余波で吹き飛ばし、副産物で生まれた炎が遺跡最下部をチリチリと照らす。


 最早、隕石がこの場に落下したのではないかと錯覚するほどの一撃。

 地形は激変し、静謐を保っていた遺跡の外観は今や、瓦礫と火の巣と化していた。


 グシオルには直撃していないとは思うが、衝撃波だけでもそこいらの魔術よりよほど破壊力があった。

 ここまですれば、流石のグシオルでも……!


「やられたよ。君も大概、デタラメだ」


「……っ!?」


 まさかと目をやれば、崩壊した遺跡の一角を押し上げ、その下からグシオルが現れた。

 その姿は健在、体の各所から血を流してはいたが戦闘不能には程遠かった。


「まさか、結界で爆風を相殺した……!?」


 プラムの推察に、グシオルはニヤリと笑みを浮かべた。


「ご明察だ、モーニングスター!」


「まず……!?」


 俺はグシオルに再び結界を展開される前に逃げようとしたが、如何せん宙ぶらりんの状態では動きが悪い。

 その隙を見逃すグシオルではなく、彼は結界を展開してこちらをすっぽりと覆った。


「させるか……!」


 しかしプラムが結界中心部の起点を瞬時に魔力放出で砕き、無効化。

 すんでのところで窮地をどうにか凌いだ。

 ……そう思ったタイミングでクロスボウが腕ごと跳ね上がり、俺の胸部を守るように動いた。


「ラルド!」


 何事かと思った途端、クロスボウに短刀が突き刺さった。


「チョコ、俺を庇って……!?」


「大丈夫、武器の姿だから痛くも痒くもない。でも……ごめんなさい、さっきの攻撃で魔力が空になった。しばらく、盾代わりにしかならない」


「いや、もう十分だ。ありがとう、しばらく休んで」


 俺は短刀を抜いたクロスボウを【精霊剣職人】スキルで呼び出した炉に入れ、再度最下部に降りてグシオルと対峙した。


「……マスター。多分だが今の短刀投擲、恐らくはあれが奴のスキルだろう」


「ああ、同感だ。それにサフィアの話にもぴったり繋がる」


 サフィア曰く、残党ことグシオルの犠牲者には体を剣で貫かれたような穴が開いていたものが多かったと聞く。

 恐らくは【聖剣】での刺突じゃないかと思っていかが……なるほど、違ったか。


「結界重視の立ち回りに見せて、対人戦闘では結界はブラフ。本命は結界に注意が逸れたうちに【投擲術】スキルで鋭く叩き込む短刀。……そう言うスキルの使い方だったか」


「……まさか武器の方が勝手に動いて防御するとはね。当たれば心臓を一突きだったよ」


 忌々しげなグシオルの表情から、やはりそうかと察した。

 【投擲術】スキルは戦闘系スキルでは別段レアではないが、今のような使い方をされると厄介だ。


 あのスキルは、手首の動きで短刀を投げただけでも人体どころか鎧をも貫くほどの殺傷力を生み出せる代物。

 ああして不意を突かれてしまえば、いつ短刀を投げられたかすら分からない。


 大振りな超殲滅結界に、小回りの効く【投擲術】スキル。

 さらに立体的かつ縦横無尽に動くグシオル本人の身体能力。

 対人戦闘から大規模破壊まで行える、隙のない構成だと素直に思った。


「で? 僕のスキルが分かったから何だい。君の獲物はモーニングスター、そんな鎖付き鉄球で僕の高速投擲に対応できるのか?」


「……さて、やってみないことには何ともっ!」


 グシオルは右手に【聖剣】を持ち、左手で懐から短刀を数本取りだし、指に挟み込むようにして構えた。

 そのまま一息で【投擲】、投げられてしまえば目視不能なまでの速度。


「ふんっ!」


 けれど、こちらを狙って一直線に飛んでくるのは分かる。

 勘任せに体を捻ると、服の端をナイフが掠めた。


「プラム!」


「任されよ!」


 とっさに体を捻りながら、角度をつけてモーニングスターを地面に叩きつけ、プラムの能力で地面を爆ぜさせる。

 同時、爆ぜた遺跡の床材が魔術の散弾のようにグシオルへと殺到した。


「ぐ……ッ!?」


 粉々になった床材は、大小様々ながら全てで数十。

 さしものグシオルでも全ては避けきれず、いくらか当たってその身を宙に跳ね飛ばした。

 けれど、敵も然る者。


「もう、君も避けられまいよ?」


 攻撃を受けながらの結界起動。

 しまったと思った時には、既に全身が結界に囲まれていた。


「こなくそ!」


 結界の起点をプラムが砕くが、その隙を見たグシオルは止まらない。

 新たな結界をこちらの真正面に展開し……魔力を臨界まで高め、プラムに砕かれる前に結界を「暴発」させた。


「こんな使い方、があぁっ!?」


 グシオルが仕掛けてきたのは投擲、結界、結界の三段構えの攻めだった。

 今回ばかりは回避も防御もできず、俺は十数メトリほど吹っ飛ばされ、遺跡の岩壁に叩きつけられた。


「ぐはっ……!?」


 肺から空気が絞り出され、内臓にもろに響く衝撃。

 薄眼を開ければ体中傷だらけなのが分かった。


 幸い骨は折れていないらしかったが、今のは効いた。

 次に受けたら間違いなく戦闘不能になるレベルの一撃だった。


 岩壁にめり込んだ体を強引に起こすと、グシオルが呻いた。


「チッ、やはりしぶとい……!」


 とは言え、グシオルも無事ではない。

 これまでのダメージに、高速で殺到した爆ぜた床材を全身に受けたのだ。

 ダメージは着実に入り、グシオルも肩で息をしている状態だった。


「それでも【精霊剣】二つがかりでこれか」


 冒険者の等級で言えば、グシオルは間違いなく最高位のSだ。

 単騎で遺跡を攻略可能なほどの戦闘能力、本気のサフィアと真正面からぶつかれる域。


「……解せないな。どうしてあなたほどの手合いが闇ギルドなんかに? 真っ当な冒険者としても、十分やっていけただろうに」


 立ち上がりながら問いかけると、グシオルは答えた。


「さて、どうしてだろうね。親兄弟も裏社会の住人だったからか、それとも正規ギルドの緩い遺跡攻略じゃ面白みがないからか、はたまた……いや、言うまいよこれ以上は。寧ろ君こそ、どうして武器職人なんだい?」


「そりゃ、俺だって最初は冒険者に……」


 元々なりたかった、と続けようとしたところ。


 グシオルがこちらの声を遮って話した。


「おっと、スキルが【武器職人】で冒険者ギルドに認められなかったから、なんて下らない方便はなしだ。それほどの力があれば、モグリでも何でも冒険者はできただろう?」


 グシオルは大仰に両腕を広げ、饒舌に語り出した。


「それに君の目、こんな状況でも死んじゃいない。常人なら、死を覚悟してわめき散らかしてもおかしくない状況だろうに。……君、もしやこの遺跡の最下層まで降りてきて、逆にワクワクしている気持ちすらあるんじゃないのかい? こうして僕と渡り合って、人々に忘れ去られた太古の祭壇を目の当たりにしてさ」


「……それは……」


 言い淀むと、グシオルが「へぇ、やっぱり?」と一歩踏み出した。


「少し、気が変わったよ。君はどちらかと言えばロマンが分かる人間に思える、即座に否定しないのがいい証拠だ。予想以上に僕らに近い……ならいっそのこと、一緒に来ないかい? 今この瞬間が悪くないと思えるなら、僕と共に新たな闇ギルドでも組んで理想の冒険者になるのも、一考の余地はないかい?」


 グシオルは「僕も新しい仲間は欲しいからね、どうだろうか?」と言って、こちらに手を差し伸べてきた。

 ……彼の言葉は、実を言えば少しだけ的を射ていたかもしれない。


 言われてみれば、今こんな状況になっても過度な焦りや不安、恐怖もない。

 それはもしかしたら、昔憧れていた冒険者のように遺跡に潜れているからかもしれないし、子供の頃に夢見ていた強敵との激戦を繰り広げているからかもしれない。


「……でも、違う。そうじゃない」


「うん? 何が違うと?」


 俺はこれまでの日々に思いを巡らせながら、真っ直ぐに言った。


「俺は元々、冒険者に助けられて、それで冒険者に憧れた身だった。昔の俺はいつか冒険者になって、色んな人を助けて『誰かの力になるんだ』って思っていた。……でも、今は違う。別に冒険者にならなくても、誰かの力になれるって知っているんだ」


 日頃は武器職人として多くの新米冒険者たちの生活を支え、その結果、間接的に魔物などから多くの人々を守っている。

 そして今は【精霊剣職人】として【精霊剣】を作り、ミアやサフィアのような大切な人のために力を振るっている。


 ……今の俺は、あくまで職人だ。

 そこに迷いもなければ、別の道を行きたいという思いもない。


 冒険は確かに、魅力的な面はあるかもしれない。

 けれど今あるものを放り出してまで、冒険者になりたいとも思いやしない。


 俺の両手にはもう、昔の夢以上に大切なものが溢れているから。


「……悪いけど、だからこそ俺はあなたについてはいけない。あなたの言う冒険者(理想)と俺の理想は別物だ。夢やロマンなら、一緒に戦ってくれる精霊たちやミアたちと追いかける」


 俺はガシャリと、モーニングスターを構えた。


「それと俺の友人たちを手にかけようとするあなたは、今ここで必ず倒す。そこに関しては、一考の余地もない!」


「ははっ……そうかい」


 話を聞いてか、グシオルの気配が変わった。


「それならもういい、君は嫌に粘り強いだけの邪魔者だ。僕は君を下して、僕の居場所だった【双頭のオロチ】を潰した上の正規ギルドの連中を一人残らず殺す。……あの闇ギルドはあれで、居心地がよかったからさ」


 研ぎ澄まされた殺気が、グシオルの声と共に漏れ出していた。

 そうして、俺たちは互いに構えた。


「いくぞ【武器職人】! 共に来ないのならば、消えろッ!!!」


 グシオルの突進、同時に【聖剣】ダーバディッシュの切っ先がこちらに向く。

 こちらはモーニングスターを振り回すが、グシオルはそれを斜めに飛んで躱した。


 そのまま一直線に突き進んでくる。

 スキルが割れ、結界が砕かれ無効化可能なのがばれている以上、狙いは恐らく接近からの【聖剣】での刺突。


 ここまでの戦闘を鑑みれば、グシオルの動きは必然的にそうなるだろう……だが!


「もう大丈夫?」


「休みは、十分」


「何だ、虚空から炉と武器が……!?」


 瞠目するグシオルの手前、【精霊剣職人】の炉を召喚して中から素早くクロスボウを取り出す。

 この炉は魔力の塊、その中で休ませたチョコは既に万全の状態だった。


 ……長々とグシオルの話に付き合った甲斐があったというもの。


「これで終わりだ、グシオル!」


「……っ!?」


 目の前まで迫ったグシオルに向かい、クロスボウを構える。


 これより放たれるのは超魔力の矢。

 この距離で炸裂すれば戦闘不能は必至。


 俺は狙いを定め、高まった魔力で稲光を纏うクロスボウの引き金に指をかけた。


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