35話 残党の底力
「遅いなぁ、木登りとか苦手かい?」
「くっ……!」
斜め下から大穴を蹴り上がってくるグシオルに対し、こちらはブラッククロスボウのチョコで応戦する。
魔力光が小さく稲光のように散り、魔力で生成された矢が生まれ、チョコの意思によって自動でリロードされる。
一秒にも満たないその末、グシオルに狙いを定めて引き金を引く。
「食らえっ!」
凄まじい魔力を放った反動で、ドウン! と腕が跳ねる。
放たれた矢は射線上の物体全てを消し飛ばして余りある威力……だが。
「へぇ、中々」
グシオルは矢が放たれる直前、懐から取り出したアンカー付きのワイヤーを壁に突き立てて体を寄せ、射線上から瞬時に退いていた。
次いでチョコの矢が炸裂して崩れた岩壁の破片が、いくらか雨のようにグシオルを叩いた。
「……旧遺跡の硬質構成材を穿つのか。へぇ、武器職人なだけに自作の機構でも取り入れているのかな?」
「まだまだっ!」
左手で壁に刺さったモーニングスターの柄を握りつつ、両足を壁に付けて体を固定。
さらに右手でクロスボウを構えてグシオルを狙う……が。
「……くそっ、速すぎて片手じゃ狙いが狂う……!?」
垂直な壁すら蹴って自由自在に跳ね回るグシオルの動きは最早、鍛え抜かれた人間どころかコボルトのような魔物にだって真似できない域にあった。
流石は名だたる冒険者たちを葬り去ってきた闇ギルドの残党。
サフィアたちが総力を挙げて討伐しにかかる筈だし、正規ギルド相手にたった一人で報復して回れる訳だ。
「そんなに緩い照準じゃあ、近づいてくれって言っているようなものだ」
グシオルは片手でナイフを振りながら、直下から迫り来る。
重く片手持ちでは難のあるブラッククロスボウでは、もう迎撃が間に合わない。
その時、プラムからの声。
「マスター、飛んでくれ!」
「分かった……!」
プラムに言われたまま、腕を引いてモーニングスターの鉄球部分を岩壁から外し、思い切り壁を蹴る。
同時、モーニングスターの鎖部分が上へと伸び、頭上の張り出した岩盤に突き刺さった。
「それっ!」
武器状態のプラムの掛け声と共に、鎖が俺の体を真上へ引き上げるように縮む。
そうして迫り来るグシオルのナイフをすんでのところで回避した。
「凄いぞプラム、助かった」
「うむ、より褒めよ。それに妾にかかればああして立体的な動きも可能。奴の超人的な動きにも引けは取らぬよ!」
「武器と話しながら戦うのかい、つくづく風変わりな武器職人だ」
グシオルは口角の端を軽く上げ、目を細めた。
「だったら、相談でこれが防げる?」
グシオルがナイフを振った途端、短い刀身から光が漏れてこちらを照らす。
──何か、仕掛けて来る!
直感的に悟ると、体が自然と壁を蹴っていた。
宙に飛び、重力に従いその場を退いた……刹那。
「殲滅しろ、ダーバディッシュ!」
俺の元いた場所に小規模な立方体の結界が展開され、結界内部の岩壁と旧遺跡の一角が、閃光と共に一瞬で消滅した。
見ようによっては、あのナイフ状の【聖剣】から放たれた光線で空間をくり抜かれたかのような。
それほどまでに、超常的な光景だった。
「っ、そんなアホな……!?」
……だが、あのデタラメな力でギルドの床と天井をくり抜いたのは間違いない。
落ちたのは俺たちとグシオルだけだったらしいが、巻き込まれた冒険者がいなくてよかったと心底思う。
俺は大穴の一角に掴まり、グシオルに問いかけた。
「その【聖剣】、結界内部の物を消滅させるのか!」
「消滅? 少し違うね」
グシオルはナイフをこちらにかざし、勝ち誇ったように告げた。
「この【聖剣】ダーバディッシュは、結界内の対象を魔力の粒子に『分解』するのさ。ま、結界内部にいる奴なら消すも穿つも自由自在って寸法だね」
「魔力の粒子って……。そんなの、反則」
チョコが苦々しく声を漏らした。
この世界に存在する万物は、根源を遡れば魔力の微粒子になるって説もあるが……。
「やっぱり【聖剣】も大概、理不尽な能力ばっかりだな!」
サフィアのラプテリウスが超重力結界なら、グシオルのダーバディッシュは超殲滅結界だ。
結界で囲われたが最後、【精霊剣】の力で起点を崩さなければ塵も残さず消し飛ばされる。
……しかもグシオルは厄介なことに、彼自身のスキルすらまだ発動した素振りもない。
卓越した肉体に、圧倒的な【聖剣】の権能。
これでグシオルが戦闘系スキルまで保持していたら、厄介どころか正真正銘の怪物だ。
──こんな化け物が万全の状態で地上に出れば、ミアたちのギルドが今度こそ消し飛ぶ。サフィアとの約束もあるし、もう少し粘りたいところだけどな……。
俺は冷や汗をかきながら、予想を遥かに超える強さのグシオルをどう相手にするか、必死に思考を巡らせていた。




