20話 【精霊剣職人】と闇ギルド
ガイアナ散策中、小腹が空いた俺たちは手頃な露店で串焼きを買って少し休むことにしていた。
人混みを避けて落ち着くために入った細い路地で、俺は買った串焼きを精霊たちに渡していく。
そして一番に串焼きを受け取ったのは、ガイアナに来てから露店に興味津々といった様子のチョコだった。
「はむっ……美味しい! ラルド、これ美味しい!」
「ああ、よかったなチョコ」
チョコは普段の眠たげな様子が嘘のように、頬を緩ませて串焼きを頬張っていた。
また、マロンやプラムも美味しそうに串焼きを食べている傍ら、俺も露店で買った串焼きを口に運んでみる。
「うまい……! タレの甘みが程よい感じだな」
今まではあまりこうやって買い食いする機会もなかったけれど、こうして皆と外で食べるのも悪くない。
きっとミアやサフィアのような冒険者たちは、依頼先の街では仲間と一緒にこうして談笑しながら腹を満たすこともあるのだろう。
「もし俺が冒険者をやっていたら、そういうこともあったのかもしれないけど……」
しかし俺は冒険者になる代わりに、精霊たちに出会えた。
それから皆で店をうまく切り盛りして、紆余曲折を経て遺跡に行って冒険もできた。
それで今は、こうして笑い合っている。
「本当、世の中どうなるか分からないもんだな」
俺は微笑しながらそう独りごちてから、串焼きを食べきった。
するとプラムが俺に言った。
「ご主人さま、他の露店も見てみませんか? ここで様々な味を覚えて帰れば、わたしが後で再現できるかもしれません」
「おお、それは名案だ。妾はマロンの提案に乗るべきと思うぞ、マスター!」
プラムも串焼きを食べきってから、マロンの提案に大賛成していた。
ちなみに、俺もその提案には賛成だ。
「マロンの作る食事は美味いもんな。それに俺もまだまだ食べ歩きたい気分だし、散策を続けながら他の露店も……」
見て回ろうか、と言いかけたところ。
マロンがふいに、とある方へと首を向けていた。
「マロン、どうかしたのか?」
聞くと、マロンが神妙な面持ちで言った。
「……またあの気配です。わたしたち精霊に似た、不思議な感じ……っ!」
マロンが目を見開いた。
すると人混みの中を銀髪の少女が息を切らせて走っているのと、武装した男三人がその後を追いかけているのが見えた。
「ご主人さま。間違いありません、あの子です!」
マロンがそう言ったちょうどその時、少女が追っ手らしい男を撒こうと俺たちのいる細い路地に入り込んできた。
そしてこちらを見て、追っ手の仲間とでも思ったのか立ち止まって息を飲んでいた。
……その直後。
「はっ、観念したかクソガキ。大人しく戻ってこい!」
追いついてきた男たちが、少女に向かって拳をボキリと鳴らした。
それから男は少女に向かって手を伸ばそうとしたが、その手を素早く振り払ったのはとっさに飛び出したマロンだった。
「よしなさい、怯えているではありませんか!!」
普段の温厚な様子からは考えられないほどにマロンは怒っていた。
「一体何が」と思った刹那、マロンが振り払った男の腕の袖から双頭の蛇が絡み合ったような紋章が見えた。
その紋章を見て、俺は奴らの正体を悟った。
「こいつら、闇ギルドの【双頭のオロチ】か……!」
世の中にはミアやサフィアの所属する【風精の翼】のような国公認の冒険者ギルド以外に、非公認の闇ギルドと呼ばれる集団がある。
しかしその実態はギルドとは名ばかりのギャングのようで、暗殺に人身売買、希少な魔物の密猟やアーティファクトの盗掘など裏の仕事をこなしていると聞く。
その上、【双頭のオロチ】は最近人身売買が活発化していると噂の闇ギルドだ。
でもどうしてその闇ギルドがこの少女をと思った時、少女を後ろに庇いながらマロンが言った。
「……ご主人さま。この子は半精霊……精霊とエルフのハーフです。わたしも初めて見ましたが、魔力の感じからして間違いないかと」
希少な種族のエルフと精霊の血を引く少女……なるほど、だからこの街に来た時マロンが同族かもと反応していたのか。
……それと、何より。
「こりゃ真っ黒だな……!」
どうも俺たちは、人攫いの現場に出くわしてしまったらしかった。
さてどうしたもんかと思っていると、マロンに邪魔をされた男が長剣を引き抜いて振りかぶった。
しかもその長剣は、魔力の雰囲気からしてアーティファクトの一種らしかった。
「何ごちゃごちゃ抜かしてやがる、テメェら邪魔すんならカタギだろうと容赦しねぇぞ!!」
「……っ!」
今のマロンは怯える少女をかばっていて、【精霊剣】ブロンズソードに変身することもできない。
それなら……!
「ラルド、チョコを使って」
「妾も助太刀するぞ!」
間髪入れずにブラッククロスボウとスカーレットモーニングスターとなったチョコとプラムが、俺の手に収まった。
あの男がアーティファクトでマロンや少女に斬りかかっている以上、こちらも手加減できる状況でもないなと瞬時に悟った。
「ふんっ!」
男の長剣に向かって、俺はモーニングスターを振った。
男は剣術系スキル持ちなのか、アーティファクトの刀身から薄紫に輝く魔力が漏れ出している……しかし。
「んなぁっ、俺のアーティファクトが……ぐはぁっ!?」
【精霊剣】であるプラムに、そこいらのアーティファクトが敵う道理はない。
アーティファクトはモーニングスターの鉄球部分が炸裂した途端に真っ二つになり、同時に起こった魔力爆発によって男は建物の壁に叩きつけられ、昏倒した。
「お前ら、俺たちを【双頭のオロチ】と知って邪魔するとはいい度胸だッ!!」
「その肉、細切れにしてやらァ!!」
仲間が倒されて激昂した闇ギルドの男二人が、それぞれ戦鎚と斧のアーティファクトを構えて迫り来る。
俺はブラッククロスボウを構えて、男たちの手前の地面を狙う。
俺が適当に狙ったとでも思ったのか、男たちは余裕ありげな表情を見せた……が。
「おいおい、一体どこを狙って……ぐぁ!?」
「ご、はぁッ!?」
引き金を引いた瞬間、【精霊剣】ブラッククロスボウの魔力矢が射出され、男たちの手前に大穴が穿たれた。
その絶大な威力は周囲に衝撃波をもたらし、付近にいた男たちは宙を舞って建物や地面に叩きつけられ、気絶した。
「……これでひとまず、全員倒したか」
チョコやプラムが精霊の姿に戻ってからマロンの方を振り向くと、銀髪の少女はぽかんとした様子で俺を見つめていた。
「もう大丈夫だ、あいつらはやっつけたから」
そう言うと、少女は掠れた声で言った。
「あ、ありがとう、ございます……」
「あらっ」
そしてふらりと倒れかけた少女をマロンが抱きかかえた時には、少女は目を閉じていた。
どうやら安堵感や疲労感で、眠ってしまったらしかった。
「ひとまずこの場を離れて、この子を連れて宿に戻ろう。あれだけ大きな音も出したし、じきに野次馬が寄ってくるかもしれない」
今この路地には俺たち以外に人影がないのと、周囲が段々と薄暗くなってきているのが幸いした。
精霊たちが俺の言葉に頷いたのを確認してから、俺は少女を背におぶって素早く宿へと戻っていった。




