おぱんつライティング
高等部二年になっても理純智良の自演ラッキースケベぶりは相変わらずであった。
それどころか、最近は期待の上物をとらえて上機嫌な状態である。
次期生徒会長と名高い御津清歌がラッキースケベにすっかり慣れてしまったせいで、智良はしばらく欲求不満であった。できればウブな様子で恥じらう女の子に巡り合いたいと思いつつ、正門に通じる道の脇に置かれたベンチにわざとらしく片膝を持ち上げて座っていたのだが、すでに智良のラッキースケベは名物(?)になっているようで、知らん顔で通り過ぎていく。
だが、何も知らない少女もいる。智良の罠にかかった相手はまさにそんな少女だ。
後日に仕入れた情報では、その対象は『機械少女』と称された中等部三年の生徒らしい。彼女の目の前でワザとらしくビー玉を転がして、それを拾わせる。それを届けさせる時に、ベンチの上で意味ありげにスカートの中身を見せつけるのだ。それを見て、その少女はいい反応をしたものであった。
純白のおぱんつを見せられ、機械少女は表情こそ変えなかったが、色の薄い頬が火を通したように発熱したのがハッキリとわかった。顔立ちも大人しそうで、これは将来有望だと思いながら、智良はその少女に目を付けることにしたのだった。
七月のある日の放課後、プログラムのように決まった時間に学校を出る少女を狙って、今度は茂みに頭を突っ込んで四つん這いになり、おぱんつに包まれた小尻をえいやっと突き出した。出てきたときに無感情の少女が可愛らしく赤面してうろたえる様が見られるはずであったが、それが実現される前に声がかかる。
「ふむ、何やら見てると創作意欲が湧いてくるな」
(…………へ?)
怪訝に思った。無感情の少女の声は聞いたことがなかったが、今の声は彼女のものにはそぐわなかった。そもそも、このアルトの女性の声、どこかで聞いたような……。
その声がよどみなく言葉を紡ぎ出している。
「そのしなやかな指が薄汗を滲ませた尻肉に触れた瞬間壁にしがみついた少女は顎を仰け反らせ熱い吐息の塊を天に吐き出したニーソックスに包まれた脚ががくりと揺れ体勢を崩さぬように必死に堪えているだが指を弾力に富んだ小尻に食い込ませるとその抵抗も無益であり腰が砕け尻を突き上げたまま床にへたり込むさらにひくひくと揺れるそれを激しく揉みしだき床に這った少女の上半身が跳ねたその間切なげで甘ったるい喘ぎ声が二人きりの密室で絶え間なく響き渡り」
「うわわーーーっ!!!」
智良は茂みから頭を出して慌てて立ち上がった。内容はほとんど聞き取れなかったが、何かマズいことを言っているのだけはわかる。薄い褐色のツインテールに付いた葉っぱを払いのけながらその相手に叫ぶ。
「か、架葉先輩! どうしてこんなところに!?」
星花女子学園のOG、架葉あたるであった。今年で星花大学の二年生になるはずで、この場所にいるのは不自然なはずである。
だが、その架葉先輩は智良の疑問をそっちのけで好き勝手に語り出している。
「なるほど、な。いきなり創作意欲の湧く尻が突然湧いてきたと思ったら、確か君は、諸美クンの妹だったな。こんなところで奇遇ではある」
「いや、奇遇はあたしが言いたいことなんだけど……」
智良は露骨にげんなりした。姉の恋人である彼女は去年の夏をきっかけにちょくちょく会うことがあるが、そのたびに精神に非常に強い疲労感がのしかかってくるのだ。黒髪ショートの中性的な美人だが、その中身は自演ラッキースケベの智良を唸らせるほどの変人である。
あたるは何故だか嬉しそうに智良を見た。
「諸美クンの妹なのは知ってたが、まさかここまでの逸材だとは思わなかった。素晴らしいものを見せてくれた礼だ。おぱんつとニーソックスの間に私のサインを入れてやろう」
「いらないって! なんで星花にいるのか聞いてんだよッ」
智良がきっとなって叫ぶと、あたるは驚いた様子で首を傾げた。
「問うまでもなかろう。文芸部のOGとして、後輩の様子を見るのは天才作家の務めだ」
OGとしてなのか天才作家としてなのかハッキリしない。それに、不正確な説明であることを智良はすでに知っていた。文芸部部員の須川美海から聞いた話では、自分の著書への自慢話と諸美とのノロケ話に終始してウンザリしているらしい。彼女とは知り合い程度の関係しかないが、智良は同学年の文芸部の少女に心からの同情をおぼえた。
あたるは、そのウンザリするような話のおこぼれを智良に与えた。自慢話と言うより愚痴に近い。
「後輩に『どんな書き方をしてるんですかー?』と聞かれたのに、誰も『おぱんつライティング』についてわかる人がいないのだ!」
「おぱっ……!?」
智良は度肝を抜かれた。この変人、いきなり何を言い出すのだ。
一方のあたるは恋人の妹の不勉強を咎める目つきとなった。
「君もわからぬというのか! おぱんつライティングという素晴らしいものを……むぐっ!?」
「このバカ! おっきな声で言うなって……!」
声の大小の問題ではない。智良は反射的に星花OGの口を情け容赦なくふさいだ。手で押さえられた唇から「ぶー! ぶー!」と激しい空気の音が漏れ、中性的美人の頬が風船のように膨らむ。
その光景を智良が狙っていた機械少女が一瞥し、単語が聞こえたのだろう、熱い頬をしたまま素知らぬふりで通り過ぎていった。
須川美海に比べて智良は文芸についてからっきしだが、おぱんつライティングなる書き方が存在しないことくらいはわかる。どうせ、このふざけた先輩が思い付きで適当なことを語ったのだろう。
智良は桜花寮で外出許可証をもらうと、架葉先輩とともに星花女子学園の正門を出た。あたるはなおも『おぱんつライティング』について語ろうとしたが、向う脛を蹴りつけるという脅しで黙らせた。
そもそも、なぜ智良は相性の良くない先輩と行路を共にしているのか。
「先輩、自分の話よりさ。マノンの最近について聞かせてほしいんだけど」
河瀬マノンは先代の生徒会副会長で、去年の秋にすったもんだの末に結ばれた智良の恋人である。現在は星花大学の一年生で、創作クラブ文芸部門ではあたるの後輩にあたる。
あたる先輩は自分と恋人語りが封じられたせいか、あまり乗り気でないように答えた。失礼なヤツめ。
「河瀬クンは頑張っていると思う。私に追いつく要素を持っているとすれば彼女だけだろうな」
マノンは『おぱんつライティング』を知っているのだろうか。好奇心と疲労感を同時に抱え込みながら、智良は恋人が暮らしているアパート『メゾン・ド・リス』へと向かう。
「……は? おぱんつライティングって……」
くだんの単語を聞いた瞬間、マノンは自前の青い瞳を見開かせた。波打った灰色の長髪を重たげに持ち上げ、お行儀悪く座っていた椅子の上でなぜか泣き出すフリをしている。
「そっ、か……。おぱんつだいすき智良ちゃんはおぱんつに魅入られた結果、ついにマトモでない言葉を編み出すようになっちまったんやな……うっうっ」
「人を痴女あつかいするなッ。言い出したのは架葉先輩なんだ」
可愛らしく智良が歯をきしませると、マノンは芝居をやめて楽しげに笑った。
「ははは、わかってる。うちも架葉先輩に同じことを聞かれたクチやからな」
「マノンは、あの変人の言ってることがわかるのか?」
もはや『先輩』の呼称すらない。本人のいない天才作家の扱いなど所詮こんなものだ。
あっさりとマノンは智良の質問に応じた。
「一回だけ試しにやってみたんやけど、どうやらうちには向いてへんかったみたいでな。速攻でやめたわ」
「試したのかよ!?」
愕然とした。具体的に何をしたのか聞くのがとても恐ろしい。
マノンはチェシャ猫のような笑い方をした。後輩の恋人をおちょくる時の笑いだ。
「『おぱんつライティング』がどんなものか知りたいやろ?」
「……別に知りたくない」
「あっはっは、うちと智良ちゃんの仲やろ? 知りたくなくても教えたる。『おぱんつライティング』というのはなー。頭に好きな人のそれを被せて筆をとると、なぜだか創作意欲がどばどば湧いてきて三日三晩寝なくとも平気なほど活力がみなぎってくるという画期的な執筆方法や」
「ぜったい嘘だ!」
というか嘘であってほしい。灰色の頭に自分のおぱんつを被って作品を書いていると思うと身体中に嫌なうずきが這い上がる。美海がそれを聞いたら絶対ブチ切れるだろうなあ……。
マノンが椅子から飛び降りる。キャミソールとズロースという軽装に包まれた身体は中等部の少女と見まがってしまうほどちんまい。その華奢な肢体がじりじりとにじり寄って智良を圧倒させる。
青い瞳をぎらつかせながらマノンは唇をつり上げた。
「……でも、もしかしたら智良ちゃんの新しいブツが手に入れば、もう一度おぱんつライティングができるかもしれへんなあ……。な、智良ちゃん。今穿いてるヤツうちに貸してくれへん?」
「帰る! 今すぐ帰ってやる! ……って、うひゃあっ⁉」
「ふむふむ、今日の智良ちゃんは青のボーダーかあ。これは見逃せへんな」
以後、みっともない取っ組み合いが繰り広げられ、その結果、智良は極めて不本意な心境で恋人の『交換条件』を呑まざるを得なかった……。
そして、後日。須川美海はOGの言葉の意味がわからず、知識豊富な先輩の赤石燐に『おぱんつライティング』の解答を求めた。彼女は架葉あたるが押しかけてきた際は、所用でいなかったのである。
燐は最初、その単語を聞いて絶句していたが(当たり前のことだ)、少し考えた末、持っていた文庫本を閉じて答えたのだった。
「それはおそらく『パンツィング・ライティング』のことかしら」
「ぱんつぃんぐ……?」
わからないと言いたげな後輩の態度に、燐がよどみなく解説する。
「パンツィング・ライティングとは、プロットをほとんど敷かずに直感とノリと勢いに任せて執筆する手法よ。その逆に、綿密に計画を立てて執筆する方法をアウトライン・ライティングと呼ぶわ」
「ああ、なるほど。そういう意味では架葉先輩は確実にパンツィング側ですね」
「さらに言語学者であるイングリット・リッシュの文献によると、パンツィングの由来は英語のことわざ『by the seat of one's pants』から来ており、直訳すると『自分のズポンの尻の部分を使って』となるわ。『seat』を『一部』と訳すのがミソよね。第二次世界大戦期から登場した言葉で、戦闘機のパイロットは計器類の他に尻に伝わる振動さえ操縦に活かすと言われており、そこから『経験や勘で処理する』という意味に繋がったとされているわ」
「なるほど……勉強になりました。ありがとうございます、赤石先輩」
胸のつかえが降りた様子で、美海は先輩に心から頭を下げた。
須川美海はOGの厄介な問題を解決できたが、智良には解答を得る機会にしばらく恵まれなかった。もっとも、答えを提供できる相手はいるにはいたが、その恋人がネタばらしをするまで、哀れなラッキースケベ少女は、その単語のせいで悶々とする学校生活を送っていたのであった。