第47話 ジュノスを呼んで!
「くそっ! 全然話が違うじゃねぇーかっ! 今すぐにメビウス王子を呼んでこい!」
とある屋敷の一室。困り果てた男達が苛立ちを隠せずにいる。
リーダー格らしき男は無造作に置かれたグラスを手に取り、それを一気に喉の奥へと流し込んだ。空になったグラスが床に叩きつけられると数瞬、男は再び声を張り上げる。
「何がジュノス・ハードナーの婚約者だっ! ただの妄想娘じゃねぇかよっ!」
男達は商業連合に所属する商人であり、ジュノス・ハードナーの弱味を掴むことが出来たら高額で買い取って貰える手筈となっていた。
彼らにジュノス・ハードナーの情報と弱味を買い取ると話を持ち掛けたのは、他の誰でもなくメビウス・シリアル・アンソージュル王子である。
商人達はランファ・ランが独自に仕入れた情報を入手していた。
ノエル・パーシモンによってもたらされた情報、ステラ・ランナウェイがジュノス・ハードナーの婚約者であるというものだ。
その情報を元にステラを捕らえたのだが、リズベッド・ドルチェ・ウルドマンに婚約者を捕らえたと報告したところ、耳を疑う答えが返ってきた。
『彼女はジュノス殿下の婚約者ではありません。ジュノス殿下に憧れる痛い娘よ!』
リズベッドの言葉を聞いた商人達は驚愕に開いた口が塞がらなかった。
商人達はすぐにステラ・ランナウェイを解放しようとしたのだが……思いもよらないアクシデントに見舞われる。
ステラが一向に帰ろうとしないのだ。
『ジュノス王子様が迎えに来てくれるまでは、ステラ何があってもここを離れないんだからっ!』
『お願いしますから帰ってください』と、何度も頭を下げる商人達だが、ステラはまるで聞く耳を持たない。
それどころか、ジュノスが迎えに来てくれたときのことを考えて、商人達に様々なドレスを用意するように注文をつけ始めていた。
食事に関してもあれが食べたいだの、これは嫌だのと言いたい放題。
ステラ・ランナウェイに振り回されること一週間。
さすがに参った商人達、彼女をどこかに捨てに行こうにも、ステラは紛れもなくリグテリア帝国の貴族の娘である。
そんな彼女にもしものことがあれば、自分達の身の安全はなくなってしまう。
勿論、彼らは危険を犯してジュノス・ハードナーの婚約者だと思い込んでいた彼女を捕らえた。
しかし、それは莫大な金銭を得られると考えていたからであり、何一つ得られるものがない上に、自らの命を危険に晒すリスクは到底背負えるものではない。
そこで、メビウス王子に責任の一部を背負って貰おうと考えたのだ。
「で、何故私のせいになるのだ! ミスをしたのは貴殿達ではないかっ!」
「いいですか? そもそもメビウス王子が俺達に話を持ち掛けなければこんなことにならなかったんですよ!」
「無茶苦茶な言い掛かりだな」
「では、あの娘を殺しますか? 殺してバレたらメビウス王子は主犯格ということになります。その場合……メビウス王子は死罪でしょうな。いや、最悪リグテリア帝国とレヴァリューツィヤ国との戦争にすら発展しかねないっ! よろしいですか?」
「……うっ!?」
それはまずい。
さすがにリグテリア帝国と戦争に発展してしまえば、レヴァリューツィヤ国に万に一つ勝ち目などないことは幼児でもわかること。
ならばと、
「くっ……致し方ない。私が丁重にお帰り頂くように話をしよう」
こうして、メビウス王子はステラ・ランナウェイと初対面となる。
「ジュノス王子様は来たのかしら?」
「ステラ……ランナウェイだな。私はレヴァリューツィヤ国第一王子、メビウスだ! イケメンの私から折り入って頼みがあ……」
「キャー―ッ!! 別の王子様がステラを奪いにやって来たのね!」
メビウス王子が言葉を言い終わる前に、ステラは歓喜の声を響かせた。
最初こそ彼女の反応に困惑の色を見せるメビウスだが、すぐにステラのキラキラお目々に気を良くしたご様子。
「如何にも私は王子様だ! その王子様が懇願しに来てやったのだ。嬉しいだろ? わ―はっはっはっ」
「レヴァリューツィヤ国はお金持ちな国なのね!!」
「ゴホンッ! いや、その……財政の方は……現在は芳しくない。と、言うのも、我が国は一人の男によって財政を傾けられてしまったのだ」
「…………貧乏な王子様なの?」
「……その、貧乏という表現は好きではないな」
「お断りするの」
「は?」
「ステラは王子様が大好きだけど……貧乏は大嫌いなの! 早くジュノス王子様を連れてきて欲しいの!」
貧乏呼ばわりされた挙げ句、何故か振られてしまったメビウスは呆然と目の前のステラに目を見開いている。
「よ、よく聞こえなかったのだが?」
「ステラは貧乏が大嫌いと言ったの。ステラを手に入れたかったらジュノス王子様くらいお金持ちになってから出直して欲しいの」
何一つ悪びれることなくティーカップを傾けるステラに、メビウスの顔が見る見る赤く染まっていく。
崩れ落ちたメビウスが床を何度も叩きつけている。
彼の自尊心は崩壊寸前なのであろう。
「ぐぎやぁあああああああああああああっ!?」
現実を受け入れ難いメビウスは、半狂乱の末、髪を掻きむしりながら部屋を飛び出してしまった。
「許せんっ、許せんぞジュノス!! 私から愛しのレイィィラッを奪っただけでは飽き足らず、あまつさえ私を侮辱する使者を送り込んで来るとはっ!? 精神攻撃をしているつもりかっ! だとしたら成功だ!!」
自分達が拐ってきたことなど既に忘れているのだろうか? メビウスの怒りの矛先はジュノスへと向けられている。
急ぎ足で屋敷を後にしたメビウスが向かった先は、言うまでもなくジュノスの屋敷だった。
「頼もうぉぉおおおおお! 出てこい、ジュノス・ハードナー!」
屋敷の扉を勢いよく開けたメビウスが開口一番、道場破りの如く叫び声を上げる。
烈火の如く真っ赤に染まるメビウスを一目見たジュノスは、「めんどくさい」と呟いて苦笑いを浮かべていた。




