第38話 髪飾りとチーフ
「ジュノス殿下! そろそろレイラ様のお屋敷にお迎えにあがらなければ間に合わないのでは?」
「ああ、もうそんな時間か!」
レベッカと共に衣装を選んでいたのだが、途中でセルバンティーヌのおっさんが横やりを入れてきた。そのせいで……ド派手な黄金の衣装になってしまったのだが、これはいくらなんでも……派手過ぎないかな?
姿見に映った自分自身に目を向けて、つい苦笑いを浮かべてしまう。
だけど、『神ともあろうお方が神々しく輝くのは当然でございます』なんてセルバンティーヌのおっさんが真顔で言うんだもん。
さすがにそれはナンセンスだろう……なんて言えなかった。
元々、俺は人の意見に首を横に振れる性格じゃないし、セルバンティーヌのおっさんも悪気があって言ってるわけでもないからな。
ただ、少しばかり恥ずかしいと言うだけだ。
「あっ、そうだ! 昼間にマーカスから購入した髪飾りを忘れるところだった」
夜会に付き合ってもらうのに、手ぶらで迎えにいくのは失礼に当たる。
相手は友人になったとはいえ、アメストリア国の姫君なのだ。
一国の姫をエスコートするのに、手ぶらはさすがにないよな。
こういうところは、元日本人だからなのかも知れない。
と、いうことで、俺は昼間のうちにマーカスを呼び出して、レイラに似合いそうな髪飾りを購入しておいた。
銀縁に蒼く輝く宝石が散りばめられた髪飾りは、俺の瞳と髪のようだ。俺がレイラに髪飾りをプレゼントするほどの仲良しさんだとアピールるすれば、リズベット先輩への更なる牽制にも繋がる。
本当は首飾りの方がいいのかなって個人的に思ったのだが、マーカスがこの髪飾りの方がお薦めだって熱心に購入を薦めてきた。
俺の容姿に合わせたような髪飾り……絶対俺に買わせるために仕入れたな。まぁ助かったが。
しかし、マーカスの悪戯に何か企んだあの顔が気になる。
まぁ、いいか。
こっちも企みがあるわけだし。
レイラには申しわけないが、ちょっと利用させてもらうとしよう。
「行くのか?」
部屋をあとにして大階段を降りていくと、何故か屋敷の中にゴロツキが……って、クレバ達革命軍か!
念のためセルバンティーヌのおっさんの護衛を彼らに任せたのはいいが、相変わらず柄が悪いな。
それに、お見送りをしてくれるセルバンティーヌと……その近くに待機している連中が、何故か俺を拝んでいる。
これはあれか! 以前聞いたやつかっ!
確か、革命軍内部にセルバンティーヌのおっさんが創ったという、宗教団体的なあれだな。
もうこんなに信者が居るなんて予想外だ。
さすがにやめて欲しい……。
が、今はレイラを迎えに行くのが先だな。
夜会に付き合ってもらうのに、誘った俺が遅れるなんて言語道断だ。
「クレバさん、あとのことは任せても大丈夫かな」
「ああ、おっさんのお守りくらい楽勝だ! 気にせずに行ってこい」
「だだ、誰がお守りだ! 私はこう見えても貴族なのだぞ、この無礼者がっ!」
「そりゃー元だろうが。今は俺の部下だろ」
「キィーーーッ! くやしぃぃいいいっ!!」
「あはは……はは」
この二人……仲がいいのか悪いのかさっぱりわからんな。
でもまぁ、クレバはセルバンティーヌのおっさんに経理のすべてを一任しているようだし、そこそこ信頼はしてるのかな?
それにしても、セルバンティーヌのおっさんは子供じゃないんだから、地団駄を踏むのは如何なものかと。
「おっさんのことはオイラ任せて行ってこいよ! その代わり、お土産忘れるなよな!」
「このクソガキ! 貴様までもっ!!」
うわぁ、烈火の如く怒っていらっしゃる。
無視しよ。
それにお土産って……リズベット先輩のお屋敷はすぐそこなのだが……。アゼルにそんなことを言っても無駄か。
帰ってきたらレベッカにクッキーでも焼いてもらって、それで我慢してもらおう。
まさか、ビュッフェをタッパーに詰めて帰ってもいいですか? なんて言えるわけないもんな。
死んでも言いたくない。そもそもタッパーってなんですかってなっちゃうよ。
アホなこと考えていないで、さっさと行こう。
庶民派王子いざ出陣! ってな具合でレイラが住まうお屋敷へと向かう。
馬車を操縦してくれている御者はクレバの部下だ。
車内にはレベッカと二人きりなのだが、頬を膨らませて……何か拗ねているようにも窺える。
どうしたのだろう?
「レイラ様が羨ましいです! 私だって貴族の家に生まれていたら!」
ああ、そういうことか!
きっとレベッカは夜会に行ってみたかったのだろう。今思えば『素敵です、素敵です』と瞳をキラキラさせて連呼していたもんな。
レベッカでも参加できる夜会や舞踏会があればいいのだが……。
ああ、そうか!
ないなら自分で開催すればいいのか!
普段、一生懸命帝国の未来のために働いてくれている革命軍のみんなも招待して、盛大にパーティーを開いたら凄く楽しそうだ。
ふふふ、そのうちみんなをあっと驚かせるようなパーティーを開催できるといいな。
「大丈夫だよ、レベッカ。今夜の夜会は形だけのものさ! いつかレベッカともパーティーでワルツを踊れるといいね!」
――ボッ!
「わわわ、ワルチュ……ジュノス殿下とワルチュで……チュッチュッ」
――ボッ、ボッ、ボッ!!!
はははっ――よくわからないけど、舞踏会や夜会を想像して興奮してるのかな? 顔が真っ赤だよ。相変わらず可愛い子だな。
でも、女の子なら舞踏会や夜会に憧れを抱くものなのかもね!
実際は社交辞令ばかりで肩が凝ってしまうなんて知らないもんね。
いや、本来のパーティーってのはきっと何の柵もなく、心から楽しめるものをいうのだろう。
だけど、俺がこれから向かう夜会は魔女の夜会……ワルプルギスの夜だ!
つまり、レベッカが考えるような素敵で、甘い時間はそこに流れていない。
そこは隙を見せれば道化者達が嘲笑い、足を引っ張り合うだけの、醜き戦場なのだから。
けれど、恐れることはなにもない。
俺には舞踏会での記憶も曖昧なものしかないが、こちらには舞踏会のプロフェッショナルとも呼ぶべき一国の姫君、レイラ・ランフェストがついているのだ!
きっと彼女なら、上手く俺を導いてくれるはずだ。
そのために、彼女は俺のパートナーを引き受けてくれたのだろう!
馬車はレイラの屋敷に到着したようで、ゆっくりと停車した。
俺がやって来たことを確認した使用人がにっこりと微笑み、「少々お待ちを」と言い残してレイラを呼びに行ってくれる。
それからすぐに、レイラがやって来た。
月明かりに浮かぶ彼女はとても美しくて、夢の中を泳いでいるような錯覚を覚えた。
キャンバスに蒼を落とした水彩画のように、幾重にも布地を重ねたドレスには、キラキラと白銀の小さなクリスタルが輝いて、魔法のように美しい。
「ジュノス……どうかしましたの?」
「あっ、いや、とても綺麗だったからつい見とれてしまったよ!」
「ひぃやぁっ!? そそ、そうですの! まま、まぁ仕方のないことですわね」
ひぃやぁっ……って何なんだろ? ……愚問だったね。あれは間違いなくしゃっくりだ!
レイラがよくしゃっくりをすることを俺は知っている。
これから夜会なのにしゃっくり混じりで大丈夫かな?
おっと、人の心配をしている場合じゃないな。
まずはしっかりエスコートをしなくちゃ!
俺は手を差し出して彼女を馬車へとエスコートし、招き入れると綺麗に包装された包みを差し出した。
「今夜の記念に」
「えっ……!? この色は……」
「ん……綺麗でしょ?」
あれ? おかしいな。綺麗だよね?
レイラの金色の瞳が見開かれたと思ったら、真っ赤になって俯いてしまった。
え、何これ。怒っちゃった!?
「さすがジュノス殿下ですね! お見事です!!」
「へ……?」
よくわからないが、後から乗り込んできた付き添いのエルザに褒められた。
すると、今度は真っ赤な顔で俯いてしまわれたレイラが、ポーチからチーフをサッと取り出し、そのまま無言で俺の胸ポケットに挿してくれる。
おおっ、俺としたことがチーフを忘れていたか。いや、お恥ずかしい。
ポリポリと頭を掻いて照れ笑いを浮かべていると、
「おめでとうございます! ジュノス殿下!」
「は?」
何がおめでとうございますなんだ?
さっぱりわからんが、エルザが鼻息荒く興奮気味に迫ってくる。
さっきからエルザは何を言っているのだろう。意味不明だな。
それから車内は沈黙に包まれて、耳まで真っ赤に染めたレイラと、にんまり顔のエルザ。それに……一層頬を膨らませるレベッカ。
静かに馬車に揺られているうちに、どうやら目的地に到着したようだ。




