第36話 真の友
ジュノスの屋敷を後にした私は、すぐに今夜のドレスを選ぶため、屋敷へと馬車を走らせた。
それにしても、ジュノスは私をエスコートできることが余程嬉しかったのか、とても興奮しているようだったわ。
不覚にも殿方を可愛いと思ってしまうなんて……。
でも、まだよ! まだ彼の元に……帝国に嫁ぐとは言っていなくてよ。
だけど……あのジュノスの浮かれようからして、私がオッケーしたと思い込んでいるんじゃないかしら?
まま、まぁ、ジュノスがど、どうしてもと言うのなら、その、あの……皇妃になって差し上げてもよろしいのだけど。
って、私は何を考えているのよっ!
まだ学生の身である私達には早過ぎましてよ!
でも、ジュノスはどのようなドレスが好きなのかしら? セクシー系? それともフリフリのキュートなドレス?
あああああああああああああっ!?
迷うじゃないっ! せめて好きな色くらい聞いておくべきでしたわっ!
「エルザ、お屋敷に戻ったらすぐにドレスルームからドレスをすべて取り出すのよ! すべてよ!」
「承知しております、レイラ様。それにしても、レイラ様にプロポーズなさっただけあり、ジュノス殿下は大胆ですね」
「ななな、何を言ってるのよっ! 私はまだ受けた覚えはありませんことよ!」
「とか何とか仰っていますが、萎れたカンパニュラを栞にお使いになられるほど大切にしているではありませんか!」
「う、うるさいわねっ! 栞にちょうど良かっただけよ! それに、エルザは一度捨てようとしたじゃない!」
「それは……あのときはまさかお二人がそのような間柄になっているなど、思いもしませんでしたから」
まぁいいわ。今更あのときのことを蒸し返しても仕方ありませんもの。
それよりも、今は今宵のドレスよっ!
◆
「はぁ……はぁ……ジュノス神様、アゼルよりお聞きしましたぞ! 今宵は他の者達がジュノス神様を崇めるための義を執り行うとかなんとか」
「誰がそんなことするかっ! てかお願いだからその変な呼び方やめてもらえませんか、セルバンティーヌさん!」
きっとセルバンティーヌのおっさんは革命軍の事務所から走って帰ってきたのだろう……汗だくだ。
前髪が額に張り付き、海苔を張り付けたみたいに無様だ。おまけに真夏だというのに黒のコートを羽織っているせいか、足元が水浸しじゃないか。
あとで掃除をするレベッカのことを思うと不憫で仕方がない。
「用がないなら出ていってくれるかい? 今から衣装合わせをするところなんだよ」
「ジュノス神様、少々お耳を」
ん? なんか俺に用なのかな? なんだろう。
と、セルバンティーヌのおっさんに耳を傾けると、
「実は……あやつめの、クレバの報告で……」
ワントーン落ちた声音が妙に深刻そうに聞こえる。
おっさんの吐息が耳をくすぐり気持ちが悪い。
勿体振らずにさっさと言えばいいのに、どうして溜めるんだよ。
「レヴァレリューツィヤの第一王子が……この街に入ったとの報告を受けております」
「は、はぃいいいいいいいいいいいいっ!?」
レヴァレリューツィヤだとっ!?
それって……お前の祖国じゃないか!
なんでっ!? なんでレヴァレリューツィヤの王子がポースターにやって来るんだよ!
まさかっ!?
「それって……お前を連れ戻しに来たんじゃないのか?」
「しーっしっしっしっ、恐らくは……」
「笑っている場合かっ!」
不味いぞ! セルバンティーヌのおっさんがレヴァレリューツィヤ国に連れ戻されてみろ!
せっかく喰魔植物の種を植えた犯人を、帝国内だけで有耶無耶にしたのに、おっさんを連れ戻されたらアメストリア国やレヴァレリューツィヤ国にバレてしまう!
そんなことになってみろ!
レヴァレリューツィヤ国は多額の資金を投与して、喰魔植物の駆除に当たる資金を捻出した。セルバンティーヌのおっさんの話では、その結果レヴァレリューツィヤ国は多額の負債を抱えることになってしまわれた。
だから、セルバンティーヌのおっさんだって俺の元に亡命せざる得なかった。
さらに、アメストリア国は喰魔植物による被害で大損害を受けることとなる。
だが、あの事件で一番得をしたのは誰だ? 他ならぬ革命軍であり……俺自身だ!
アメストリア国内において、ライン国王陛下の特権を革命軍に与えるための策だと言われれば……一巻の終わりじゃないか!
すべてはリグテリア帝国の仕業で、俺の企み。
そうなれば、せっかくアメストリア国と信頼を築きつつあった俺のこれまでが……すべてパーになる。
いや、それどころか、すべて俺の自演自作だと言いがかりをつけられてしまうかもしれない!?
そうなれば……再びレイラが俺に敵対して牙を向く可能性も生まれる。
大魔王レイラ再びじゃないかっ!
「セルバンティーヌさん……あなたはしばらくこの屋敷から一歩も出ないでください! 一歩もですよ!」
万が一セルバンティーヌのおっさんがレヴァレリューツィヤ国に誘拐され、拷問を受ければ……間違いなくおっさんは俺を売るはずだ。
いや、売ってしまうに決まってる!
痛い思いをするくらいなら、俺なら洗いざらいすべてをぶちまけてしまう。
きっとセルバンティーヌのおっさんも同じだろう。
俺自身を守るためには、何が何でもセルバンティーヌのおっさんをレヴァレリューツィヤ国に引き渡すわけにはいかない。
それに、おっさんは意外といい奴だ。
今更セルバンティーヌのおっさんを見殺しにもできない。
元はと言えばすべて俺の責任だしな。
「おお、神は私めに加護を……何と素晴らしい!」
「と、当然だよ! とと、友達じゃないか! 友達のことは|何があっても裏切ったらダメ《・・・・・・・・・・・・・・》なんだよ! 例え死んでも友達を守るのが、真の友と言うものですよね!」
「おおおおおっ!! 素晴らしい! 素晴らし過ぎますぞ、ジュノス神様! このセルバンティーヌ、神の教えをこの胸にしかと刻み込みましたぞ」
「う、うん。何があっても決して忘れてはいけないよ」
畏敬や尊崇といったおっさんの眼差しがとても痛いが、こっちも命が懸かっているのだから……致し方ないよね。
気まずさのあまり目を背けてしまった。
だけど、これだけ言っておけば万が一が起きても、おっさんは黙っていてくれるんじゃないかな?
……お願いだからすぐにリバース何てことはしないでよ。約束だからね。
嘘ついたら針千本飲ませるんだからっ!
今夜にはリズベット先輩の夜会があるというのに、これでは夏休みが嫌いになりそうだ。
お願いだからこれ以上、何も問題起きないでよ!!
「そうだ、レベッカ」
「何ですか?」
「念のためアゼルに言って、革命軍の方々に屋敷に来ておいてもらえるかい? そうすれば、セルバンティーヌさんの護衛にもなるしね」
「承知しました、ジュノス殿下」
とにかく、俺自身は今夜の夜会を、リズベット先輩をどう躱すかだけに集中しよう。
あとのことはすべて、頼れる革命軍のカリスマ指導者、クレバに任せておけばいいんだから。




