第30話 sideセルバンティーヌ
「あり得ん、あり得ん、あり得んっ!!」
クソがクソがっ!
「あっ……痛っ!?」
クソッ、脛をタンスの角でぶつけてしまった。
しかし、何が一日で喰魔植物を駆除するだ。
そんなバカなことができるはずがない!
あれはお前達帝国が恐れ、封印した伝説の人喰い植物だぞ!
仮にあれを除去するとなれば、それ相応の準備が必要となる。
予め三ヶ月前から計画していた我れらレヴァリューツィヤ国なら未だしも、あんなお飾り王子にできるはずがない!
それもたった一日で駆除するだと! 嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくのだな。
だが……もし本当にそのようなことが可能だったら?
祖国での私の立場はどうなる?
アメストリア国と我がレヴァリューツィヤ国が強固なる絆で結ばれ、憎きリグテリア帝国を滅ぼす計画が水の泡と化す。
そうなれば、私の立場は……。
それに何より、我が国の王子はレイラ姫に御執心なされておる。
それが宿敵、ジュノス・ハードナーに阻止されたとなれば……考えただけでも悍しい!
まぁ、そんなことはないない。
あれを一日でというのはどう考えても不可能であろう。
私は優雅に茶でも啜りながら高みの見物をすれば良いだけのこと。
そのあと祖国に帰り、部隊を引き連れ戻ってくる。そのままレイラ姫も祖国に連れ帰る。
うむ、完璧な計画だ! この計画に狂いはない!!
そうなれば私の地位も今よりもっと……しーしっしっしっ。
「さてと……寝るか」
明日が見ものだな。せいぜい悔しがるがいい。バカ王子。
「う~ん、今何時だ?」
少し寝過ぎてしまったか。
それというのも忌々しいあのクソ王子のせいだ。
あいつが変なことを言うから気になって中々寝付けなかったではないか。
さてと、カーテンを開けて清々しい空気を吸い込み、彼奴を嘲笑いにでも行くとするか。
「……………え?」
え……ええええええええええええええええっ!?
なななな、何がどうなっているのだ!
カーテンを開けて外の様子を確認すると……陽が、陽がどこまでも街に差し込んでいる!?
「そんなバカなっ!?」
この街は植物に覆われておったはず! どこだ、喰魔植物はどこへ消えた!
それに、なんで街中にこれほど多くの商人が行き交っておる!?
それに……空を飛んでるのは何だ?
「ドラゴン……なんで……なんであんなに大量の竜車が……」
あり得ん、あり得ん、あって堪るかっ!
私は慌てて寝間着のまま外に飛び出した。
「いやー、それにしても凄いよな!」
「ああ、何でも姫様が帝国の第三王子様と親しい間柄になられ、そのお陰で根を除去してくれたらしいぞ!」
「しかも、このOS2という飲み物は絶品だな」
「それも、帝国のジュノス殿下が我らに分け与えて下さったらしい」
「何でも噂では、帝国のスラムをたったお一人で見違えるほどに改革したと言うではないか!」
「それなら俺も商人から聞いたよ! 噂では神の使いだとか」
「ああ、帝国では救世主とも呼ばれているらしい」
「しかも、重度の患者には無償で帝国の秘宝薬を飲ませてくれるとか!」
「神の使いどころか、神そのものなんじゃないのか?」
ななな、何がどうなっておるのだぁぁああああああああっ!?
驚きのあまり眼球が飛び出してしまうところだった。
正気ではない。この街の者達は正気を失っておる!
世界共通の宿敵、ジュノス・ハードナーが神だと!
神を冒涜するのも大概にせぇっ!
「おーい、向こうでは魚の煮付けなるものや、ジュノス殿下考案の寿司なる美味が振るわれているらしいぞ!」
「マジかよ! 神が考案した料理!?」
「俺も是非食してみたい!」
「しかも、これからはこの国でも魚が売り出されるって話しだ」
「それだけじゃねぇ、何でも職のないものをジュノス殿下の家臣、クレバさんて人が雇ってくれるらしい」
「すげぇぇええええ!? 全知全能のジュノス神マジ半端ねぇー!」
「俺入信しちゃおうかな~」
何がジュノス神だバカタレぇえええええっ!!
彼奴は悪そのものなのだぞ!
お前達も長年苦しまされてきたのではないのかっ!
ええーい、目を覚まさんか!
「そうだ! 陛下、ライン陛下は何処に!」
私は走った、まるで祭りのように賑わう街を走り、陛下に悪の所業をお伝えせねば。
このままでは私の立場が……居場所がなくなってしまう!
「へ、陛下!」
「おお、セルバンティーヌか! そなたもこれを食してみよ! ジュノス殿下が考案した寿司なるものよ。まさに絶品だ!」
「なな、何をバカなことを仰られているのですか! それより、喰魔植物は!?」
「ん? ああ、あれな。消えた」
「は……? 消えた?」
「うむ、何か知らんが一瞬で消えおったわ。わはははは!」
な、何をした。あの腐れ王子……一体何をしたのだ!
「ほれ、そなたも息を切らしておるのだ、これを飲むとよい!」
「ああ、これはこれは」
――ゴクゴクッ!
「うっ……美味いっ!? なな、何ですかな、この未知なる飲み物は! まさか、聖水!?」
「わははは――やはり美味いか! それはOS2と言ってな、ジュノス殿下が考案した回復薬、神聖なる飲み物だ!」
聖なる飲み物だと! 何なんだ……あの王子は……。
このままでは不味い。不味過ぎる!
喰魔植物を駆除するために我が国がどれ程の資金を注ぎ込んだとお思いかっ!
それもすべてはアメストリアを手に入れれば回収できると見込んだためだ!
破産だ……このままでは我が国、レヴァリューツィヤは破産してしまう。
あぁ、め、目眩が。
「おい、おっさん、邪魔だ!」
「なな、何だ貴様は! 私に向かって無礼ではないか!」
「ああ、その様子だとおっさんもやられたか」
「おっさんも……?」
「俺もこの間……おっさん同様やられたばかりだ。無駄な抵抗はしねぇ方がいい。ありゃ……バケモンだ」
なんのことだ?
「おい待て、お前は彼奴の仲間だな! 奴は何をした! どうやって喰魔植物を駆除した!」
「知らねぇし、興味もねぇーよ。ただ、あれは信用にたる男だ」
「兄ちゃん! あっただろ? オール草は確かにあっただろ!」
「ああ、悪かった。お前は正直者だったよ、アゼル」
な、何を言っている。
私は……どうすればいいのだ。
このままおめおめと祖国に帰れば、最悪死罪も免れぬ。
私の人生は詰んだのか……。
喧騒に包まれる街中で、私の膝は折れ、同時に心も折れた。
視界は暗闇に覆われて、死神が手招きをしている。
私はどこで間違ったのだ……。
「こんなところに居たんですか、セルバンティーヌさん」
絶望に染まった私を、神々しい光の束を一ヶ所に集めたような髪の男が……見下ろしている。
「はっ……!? ジュノス……殿下」
クソ……私を嘲笑いにでも来たか。
ああ、好きなだけ笑うがいい。私の人生はどうせ終わったのだからな。
「セルバンティーヌさん、これ良かったら召し上がりませんか? 温かくて美味しいですよ」
微笑んでいる。それは私を嘲笑っているのではなく。慈愛に満ちた微笑みだった……。
「これは……」
「魚のアラで出汁を取った魚汁です。心も体もポッカポカに温まりますよ」
「……っ、美味い」
「セルバンティーヌさんに一つお聞きしたいのですが、あの種をアメストリアの村人に売ったのは……帝国の者では?」
「……なぜそれを?」
バカな……それは私しか知らぬ事実。なぜこの者がそれを知っている。
「やはりそうでしたか。あれは我が国リグテリア帝国で封印されていたものなんですよ。セルバンティーヌさんはその人にそそのかされて、自国のために動いたのでは?」
「…………」
ジュノス・ハードナー……彼はすべて最初からお見通しだったのか。
帝国始まって以来の天才と名高い彼に、勝負を仕掛けたこと自体が間違いだった。
始めから私に勝ち目などなかったのだ。
小国が大帝国に勝つことなどあり得ないのだから。
「さてと、今後のセルバンティーヌさんの身の振り方について話し合いましょうか」
「へ……?」
何を言っている?
私の身の振り方だと? そんなものはよくて自国での投獄、もしくは即刻打ち首しかあるまい。
「今回の件は私にも責任の一端があります。セルバンティーヌさん一人のせいにするのはよくありませんからね」
なんだこいつは……いや、この御方は……本当に神の使いなのか?
なぜ、あなた様を嘲笑った私にまでそのような慈悲をお掛けになられるのですか?
私はあなた様の祖国を滅ぼそうと画策したのですぞ。
聡明なあなた様ならその程度、おわかりなのでは……。
「私は争い事を好みません。できることならば、セルバンティーヌさん、あなたとも友誼を結びたいと思っています」
私と……友に。
それは刹那の出来事だった。
すべてが闇に飲み込まれた私の頭上に、神話でしか聞いたことのない太陽神が現れたのです。
神とも呼ぶべきその御方は、私の邪を優しく取り払うように手を差し伸べて下さる。
その偉大なる手に触れた瞬間、全身を包み込む陽だまりの香りが私をそっと諭す。
もういいのだと、神のお導きのままに陽だまりの下に駆け出して良いのだと。
「ああ、神よ……」
「え……っ?」




