第7話:新米冒険者、昇級試験を受ける
椅子に座り直して、言葉を続ける。
「シロナ、今日のクエストはどんな感じだった?」
「そうね。三人以上対象のクエストが受けられるようになったおかげで候補はいくつか見つかったわ。でも特別美味しいものはなかったわね」
「そうか、じゃあその中から適当に何か……いや」
「どうしたの?」
途中で押し黙った俺に、三人の視線が集まる。ミリアとシロナ、二人の肩が揺れるのと同時に、灰色のバッジが証明の光を反射する。
ルビスは冒険者登録をしたばかり。ミリアとシロナの二人も、実はまだEランクなのだ。俺も昨日聞いたときは驚いた。あれだけ強ければ少なくともDランク。……もしかしたらCランクかもしれないと思っていた。
公開クエストでのランク制限は、Bランク以上からしか機能していない。Eランクでも受けようと思えばCランクまでは無条件で受けられるので、特に困ることはなかったのだろう。ギルドの名前にすら無頓着なシロナがランクを気にしていなかったのは納得すらしてしまうが、ランクのせいでさっきのような面倒ごとに巻き込まれるのも迷惑だ。
「もしよければだけど、昇級試験を受けてみないか?」
「試験って?」
「冒険者ランクはいくらクエストをこなしても勝手には上がらない。EランクからDランクに上がるには試験に合格しなきゃいけなんだ。……もしかしてミリア、知らなかったのか?」
「ええと……えへへ、そういうのは全部シロナに任せてるから!」
「ランクなんてただの飾りよ。冒険者は実力主義なんだから」
「とは言っても、さっきみたいな奴もいるんだ。Dランクまで上がれば回避できる。それに、秘匿クエストには美味しいものもあるらしいぞ」
公開クエストがギルドの掲示板で誰でも受けられるのに対して、秘匿クエストは冒険者ランクやパーティの特性に応じて個別に打診される類のものだ。やや特殊な内容が多いが、噂によればかなり実入りは良いという。
ランクを上げないことでのデメリットはないが、上げることのメリットはちゃんとある。
「秘匿クエスト……ね。シオンがそこまで言うなら私は構わないけど、ミリアは?」
「私も賛成だよー。なんか楽しそうだしっ」
「私はシオン様のお考えとあらばなんでも。それに、シオン様のランクが低いままと言うのもちょっと気に障りますし」
「じゃあ、決まりだな」
パーティメンバーの意思が固まったところで、酒場を離れてギルドの受付へと足を運ぶ。他の三人も俺の後ろについてきている。
「クエストのご相談ですか?」
「いや、今日は昇級試験を受けたいと思ってきたんだ。Eランクが四人。まとめて昇級できる試験が希望だな」
「Eランクが四人……わかりました、ちょっと確認してきますね!」
Eランクの昇級試験には、Dランク相当のクエストを達成することが条件になる。Dランクは危険地帯での採集や討伐が主になる。公開クエストだけでもそこそこの数があるのだが、四人まとめて試験を受けたいとなれば難易度の設定がやや難しい。
すぐに紹介できるクエストがなかったようで、受付嬢は奥の部屋に行ってしまった。
受付嬢が戻ってきたのはそれから十分後。一枚の紙を持ってきて、声を弾ませる。
「ありましたよ~、ちょうど良いのが! これです」
受付嬢が持ってきた紙には、小規模ダンジョンの攻略依頼が記されていた。
それを見て、俺は怪訝な顔をする。
「小規模とはいえダンジョン攻略っていうのはちょっと難易度高すぎないか?」
「そんなことないですよ! ほら、Dランク冒険者四人以上って指定されてますし。『赤毛のケルベロス』を退けたのなら全然大丈夫なはずですよ!」
「うーん、どうする?」
「ダンジョンには一度も行ったことがないの。私は何とも言えないわ」
「そうか、ってことはミリアも?」
「行ったことないよー。でも、ダンジョンも一度行ってみたいなー」
ルビスは……まあいいか。答えはわかってる。
「よし、じゃあそれを受けるよ。要はその地図の場所にあるダンジョンのボスを倒せばいいってことなんだな?」
「よくご存じで! ダンジョンボスが倒され、魔力の発散が止まったことを確認次第、クエスト達成です!」
俺が前のパーティにいた時に何度か行ったことがあった。勝手は分かっているが油断は禁物だ。何があるかわからない。俺がちゃんと注意しておかないとな。
◇
冒険者ギルドを出てから、ユニオール村の西門を出た。ここから草原を延々と歩いて五十キロ先が目的地だ。
ダンジョンは人里離れた場所にできることが多いので、移動が大変だ。帰りは帰還結晶を使えばいいとしても、まずは現地まで向かわなくちゃいけない。
「シロナ、大丈夫か?」
「恨めしいわ……。どうしてダンジョンは離れた場所にできるのかしら。もっと近くにできればいいのに」
「ダンジョンが村の近くにできた前例はあるよ。……まあ、もしそんなことが起これば災害級の事件だ。遠くにできてくれたほうがまだマシさ」
「……そうね」
「にしても、ミリアとルビスは元気だよなぁ」
「それはミリアがバカだから……」
「あー! またバカって言った!?」
「事実を言ったまでよ? それとも賢いのかしら?」
「うううぅぅぅ……」
二人のやり取りに苦笑しつつ、ルビスに目をやる。
ミリアがバカだから元気だとすると、ルビスは……。
「シオン様……何考えているかわかっていますよ?」
「え、ええとだな……ハハッ」
「自分で言うのもあれですけど……竜族は高い知性を持ちます。一応」
全部お見通しかよ……。
さすがにちょっと居心地が悪い。強引だが、話題を変えてみることにした。
「そういや、ルビスは歩くよりも空飛んだ方が楽なんじゃないのか? なんかドラゴンが歩いてるってイメージあんまりないしさ」
「その通りです。ですが、シオン様に迷惑がかかるかもしれないので」
「地平線が見えるまでの間に人の気配はないし、無理して俺たちに合わせなくてもいいんだぞ?」
「そうなのですか?」
ルビスはきょとんとして立ち止まる。ジト目で俺の瞳をジィーっと見て、
「その……ちょっと竜化するのは恥ずかしいのですが、幻滅しないですか?」
「……しない。っていうか一昨日見たばっかりだ」
ルビスはほっと息を吐いて、肩の力が抜いた。
竜化するのって恥ずかしいのか? 謎の羞恥心だな……。
「感謝します」
刹那、ルビスの身体が白いもやに包まれる。もやはどんどん大きくなり、俺たち全員を飲み込んでしまいそうなくらい肥大すると、次第に晴れていく。
そこには、一昨日見た通りのルビス(ドラゴン)が鎮座していた。
翼をはためかせて、空を舞う。
人型の時の面影も残っているが、こうしてみると可愛いというよりかっこいいって感じだ。
「一日ぶりの竜化は最高です。自由に飛び回れるっていいですね!」
自由に飛び回れる――か。羨ましいな。
これだけ魔法が発達した文明だが、誰一人として人間が空を飛んだことはない。ジャンプで疑似的に天高く飛ぶことはできても、重力に任せてそのうち墜落してしまう。
楽しそうに飛び回るルビスを見ていると、俺もいつか空を自由に飛んでみたいと思わされる。
ん……? 空を飛ぶ?
俺は浮遊しているルビスに聞こえるように大声を上げた。
「なあルビス、歩くのと飛ぶのだとどっちが速い?」
「それはもちろん飛ぶ方が速いですよ。ダンジョンまでなら十分もあればつくかと!」
「それってさ、ルビスの背中に乗せてもらうことってできるのか?」
「もちろんできますよー。あ、地上に下りますね!」
ふわりと着地して、乗りやすいように翼を傾ける。
翼に触れてみる。ひんやりとした金属質の手触り。高度もかなりのものらしく、押してみてもビクともしない。これなら乗っても平気そうだ。
「じゃあ、失礼するよ」
ゆっくりと足をのばして、ルビスの背中に乗った。普通に地上を歩いているかのような安定感だ。乗り心地の良さそうな場所を探して、そこに座る。
吹き飛ばされないかだけがちょっと心配だが、これは結構良いかもしれない。
「あーいいなー! 私も乗せてよー!」
ミリアが子どもみたいに無邪気に騒ぐ。
ルビスが微笑を浮かべた。ドラゴンの表情はよく分からないが、そんな気がした。
「ミリアとシロナもどうぞ。一人も三人も変わりませんので」
二人が乗り込み、しっかりと位置取りをして万全な状態になった。
それからゆっくりと翼を広げた。
どんどんと高度が上昇して、草原に転がっていた岩が小さくなっていく――。
まだゆっくりとしたスピードだが、それでも歩くよりは随分と速い。
初めての空の旅。時短も兼ねてのものだが、関係なくもっと飛び回りたい。そう思った。
次回はダンジョンに潜ります。