第6話:新米冒険者、名付けに苦労する
それから二日が経った。
冒険者は普通の勤め人とは違う。クエストを受けていなければいつでも休みを取れるし、ギルドから咎められることもない。休みたければ何か月でも休むことができる。無論クエストを受けていなければ無報酬になってしまうので、その辺の折り合いをパーティメンバーとつけなければならないのだが。
ケルベロスの件があってから、俺たちのパーティは一日の休養を取ることになった。久しぶりの休日だった。
レイジーファミリーでの半年間を思い出すと、一日も休みがなかったことに気づく。低ランクの冒険者ほど『冒険者』という職業を神格化しているのか、「休まないことが偉い」などと言い出すことがある。件のパーティに毒されていた俺は、それが正しいことだと信じていた。
でも、違った。人間にとって休みは必要だ。
身体的な疲れを取ることの重要性はもちろんだが、精神的にもかなり参っていたらしい。半年間の疲れの蓄積と、二日続けての死闘を乗り越えた俺にとって昨日の一日は人間らしい生活というものを思い出すきっかけになったと思う。
「それでさー、四人になったことだしそろそろパーティの名前を決めようと思うんだよね」
冒険者ギルドに併設されている酒場の席。時刻は午前八時ということで、さすがに酒を飲んでいる冒険者は数えるほどしかいない。俺たちのパーティを含め、ほとんどのパーティが会議の真っ最中だ。
「っていうか、まだ決めてなかったんだな……ギルドの登録はどうしてたんだ?」
「えーと、ミリアとシロナ(仮)っていう名前だったかな?」
「雑だな。……まあ、二人組だと珍しくもないか」
「名前なんてどうだっていいって何度も言ってるんだけど、ミリアも折れないわよね」
「だって他のパーティに聞かれた時、気まずくない!?」
「別に? 私は『ミリアとシロナ(仮)』って堂々と言ってるわよ。気にしなければ何の問題もないわ」
「ちょっとは気にしなよ!?」
「ふっ、これだからエルフはおバカなのよね」
「バカって言った!」
「……言ってないわ」
「本当?」
「ええ、エルフは賢いけどミリアは馬鹿ね」
「はああああぁぁぁぁ!?」
この二人、仲が良いのか悪いのかいつもこんな感じだ。一昨日の協力プレイはなんだったんだ?
「まあまあ落ち着け二人とも。ミリアの肩を持つわけじゃないけど、名前を気にしないなら決めてもいいんだろ?」
「ええ、そこに異論はないわ」
「だってさ。……ということで、何か良い案があったらそれに決めるってことでいいな? ミリア」
「ううぅ……それでいいよ」
これで一段落か。っていうか、全然話進んでないな。
「それで、何か良い案はあるか?」
「えーとねー、『最強の四人組』!」
…………。
「ダサくね?」
「一晩考えたのに!?」
「一晩考えてそれかよ! 寝ろよ!」
ミリアの壊滅的なネーミングセンスではもはや期待できないとして……。
「シロナ……はどうせあれだから、ルビスはどうだ?」
「私ですか?」
「ああ、急に振って悪いな。なんでもいいから言ってみてくれ」
「じゃあ……『最強賢者シオン様と三人の従者』でいかがでしょう? 会心の出来だと思うのですが」
「俺が目立ちすぎじゃないか!? 恥ずかしすぎるぞ! お前もしかしてバカだった!?」
「なんでもいいって言ったのに……酷いです」
「それは悪かった……」
ルビスも別の意味でダメなやつだ。どうしても俺を持ち上げようとしてくる。悪意がないことはわかるけど、ダメなものはダメだ。
「ね? 大変でしょう?」
苦労する俺をシロナがにやにやと眺めている。そうか、こいつもミリアと折り合いがつかずに悩んでいたわけだ。
「まあな。……とりあえず、今日のところは保留にしておく。じゃあそろそろ今日のクエストを……」
と、立ち上がろうとした時だった。
ミリアとシロナ、ルビスの後ろに、三人の若い冒険者の影。
「うひょー、金髪の君めっちゃ可愛いじゃん! ねえ、歳いくつ?」
「あひゃひゃ! こっちの銀髪の娘も最高! 胸揉んで良いよね? すげー可愛いよぉ」
「じゃあ俺はこっちの赤毛に決めたわ! こんなに赤い瞳初めて見たぜ。天然だよね?」
……誰だこいつら。馴れ馴れしくしやがって。
三人は露骨に嫌悪を示し、男を睨んだ。ルビスが俺にぼそりと呟く。
「シオン様、殺していいですか?」
「……ギルドで流血沙汰は勘弁してくれ」
「わかりました」
流血沙汰は勘弁だが、このまま放っておくのも気分が悪い。俺は席から立ち上がって、三人の冒険者に睨みを利かせる。
「嫌がってるだろ。そういうのやめろよ」
「はぁ? てめぇEランクじゃねえか! 俺たちは全員Dランクだ。言葉を慎め!」
冒険者はE~Sのランク付けがされており、新米冒険者は全員がEからスタートする。それぞれのランクに応じてギルドからバッジが支給され、装備のどこかに必ず装着しなければならない。
つい先日に新調した防具の肩部分にもバッジを装着できるスロットが用意されていて、そこに灰色のバッジが埋め込まれている。
三人の冒険者には、位置はそれぞれ違えどDランクの証明である紫色のバッジが煌めいていた。
「ランクが上だったら何してもいいのかよ!」
「ギルドのお墨付きがあるんだぜ? 上位ランクの冒険者には敬意を払えってなぁ! これは虐めじゃなくて指導だひゃっはー!」
血の気の多そうな短髪の男の拳が俺の顔を目掛けて飛んでくる――。
だが、【賢者】の力を得た俺にとっては止まっているも同然だ。さっと躱して、隣のルビスを守るように移動する。
「クソガキがっ! 避けるな!」
「威力はそこそこ。だけど、俺にとっては遅すぎるよ。実力不足を棚に上げて逆切れなんて恥ずかしくないのか?」
「お、俺はDランクだぞ! 雑魚は敬意を払え! 逃げるな!」
と、そこにコツコツと足音を立てて近づいてくる男。
男にしてはやや長めの金髪に、エメラルドのような翠瞳。全体的にシュッとした優男という感じのイケメンだ。
「じゃあ、Bランクの僕にも敬意を払ってほしいものだな。Dランク君」
「げっ……ジークだと!?」
三人の冒険者が慌ててミリアたちから離れた。
「ランクが上だから人の嫌がることをしていいわけじゃない。ギルド規約はこうも続いている。『ただし、上位冒険者は下位冒険者を恫喝してはならない』とね」
「わ、わかってらぁそのくらい! ……ちっ、今日のところはこのくらいにしといてやる! 覚えていやがれ!」
三人の冒険者は捨て台詞を吐いた後、気の弱そうな二人の仲間を引き連れて出て行った。シンと静まり返る。
「ジークさん、仲裁感謝するよ」
「僕はあの手のタイプが一番嫌いなんですよ。あの三人はこの村の問題児で有名です。まあ、あなたなら一人でも退けてしまうかもしれませんが」
ジークは俺の左眼に注目すると、意味深なことを言った。
「良い眼をしていますね。……お名前を伺っても?」
「シオンだ。シオン・リグリーズ」
「覚えておきます。では僕の名前は……あっ、もうご存知ですか?」
「ジークさんは有名だからな。知らない奴はいないんじゃないか?」
「いつの間にか有名になっていたようです。……では、また機会があれば」
そう言って、ジークは一人で受付に行ってしまった。
「シオン、あの人ってどういう人なの?」
「え、シロナ……まさか知らなかったのか?」
「私も知らないよー」
「私も知りませんね。……というか、シオン様とミリアとシロナしか知りませんけど」
ルビスはともかく、ミリアとシロナの二人は知っていると思っていたので、軽く衝撃を受けた。
「ジーク・ルーシティ。この村では有名なソロ冒険者だよ。ギルドのランクはB――多分この辺では一番高い。なんでも、大手パーティの勧誘すら断って頑なにソロを続けてるって話だ」
「へえー、あの人凄いんだ!」
「この村にも色々あるのね」
「さすがはシオン様、博識ですね」
相変わらずルビスは俺を持ち上げてくるんだな……。常識程度のことで博識なんて言われるとちょっと恥ずかしくなる。
美少女から褒められるのは嫌ではないけどさ。
「また変なのに絡まれても厄介だ。さっさと今日の方針を決めるぞ」
※予定では第18話辺りで問題児たちはヒロイン軍団にボコボコにされるのでお楽しみに。