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第4話:新米冒険者、真の力に目覚める

 赤鉄の翼竜の巣跡は、想像していたよりもずっと大きかった。鳥の巣を何百倍にも大きくしたような物体が風化してボロボロになっている。ここにドラゴンがいたのだと言われれば、無条件で納得してしまう光景だ。


 その大きな巣の前に、特徴的な赤毛の魔物がうろうろしていた。あれがケルベロスの変異種に間違いない。ドラゴンの巣の周辺以外は、背の高い木々や植物がわんさか生えていて視界が悪い。逆に言えばこちらの姿も見られにくいわけで、隠れて観察するには最適だった。


 受付嬢の説明を思い出す。

 注意するべきは魔法を使わないこと、それだけ。それさえ守ればソロでも倒せる普通のケルベロスと同じだ。


「よし、じゃあさっそく――」


 と、剣を抜いた時だった。


「おっとシオンじゃねえか」


「――!?」


 後ろから近づく四人の影――今俺が最も会いたくない面子が勢揃いしていた。レイジ、カイル、ギルス、ニーニャ。


「シオン、あの人たちって?」


 震える俺を心配そうにシロナが見つめる。


「さっき話した昔のパーティメンバーだよ。……まさか、こんなところで会うとは思わなかったけど」


 俺はレイジを睨んだ。


「なんの用だ。まさか村からずっと俺のことを追いかけてきたわけじゃないんだろ?」


「当たり前だ。お前如きのために面倒なことをするわけがねえだろ。自惚れるな! 俺たちの目的は一つ――そこの変異種を倒しに来たというだけだ」


 レイジは、俺たちの目の前にいる赤毛のケルベロスを指差す。

 変異種は、それ自体が高く売れる。横取りをしてでも手に入れたいということだろう。


「ケルベロスの討伐クエストは俺たちが受けたものだ。横取りはさせない」


「……あ? お前は何を言ってやがる」


 レイジは声を荒らげ、ストレージから一枚の紙を取り出した。

 その紙は、クエスト受注時に渡される地図と注意事項が載っていた。


「俺たちは正当にクエストを受けて来た。失礼なことを言うんじゃねえ!」


 ここまで言われて、黙ってはいられない。

 俺もストレージから同じ紙を取り出して、突き付ける。


「俺たちもクエストを受けてきている。これが証拠だ!」


「……なっ! どういうことだ……!?」


 レイジーファミリーの四人に動揺の色が浮かぶ。動揺しているのは、俺たち三人も同じだった。一回制のクエストで全く同種のものを重複して受けている――こんなケースは初めてだ。


「ちっ、ギルドのミスか……こうなったら、力づくでもこっちが先に倒すぞ! お前ら用意はいいな!」


「うぃっす!」


「さっさと片づけようぜ」


「いつでもいいわよ」


 レイジは、話し合いで解決する気ゼロ。……まあ、こいつがこういう人間だってことは知っていたけど、それを再確認した。


「シオン、先に倒した方がクエスト達成ってことでいいんだよね?」


 訊ねてきたのは、ミリア。既にレイジたちの四人は駆け出しているが、ミリアの速度なら追いつける。エルフは種族的に脚力が優れているのだ。


「ああ、その通りだ! 急いでくれ!」


 そう伝えたあと、俺とシロナも後を追い始める。

 ミリアは卓越した脚力でグングン追いつき、レイジたちを追い抜かそうとしていた。

 これなら、先に一撃を与えられる。昨日のブラック・ウルフを一撃で仕留められる火力があるのだ。弓の射程範囲にさえ入れば、一撃で仕留められるはずだ。


 ミリアが先頭のレイジを追い抜き、ケルベロスに向けて矢を放とうとした時だった。


「ふざけんじゃないわよ! 小娘が!」


 ニーニャが汚い言葉をミリアに浴びせ、同時に初級魔法【炎球】を発射。ミリアよりも先に一撃を与えた。ケルベロスの背中に直撃し、煙が上がっていた。

 だが――初級魔法ではケルベロスと言えど一撃では倒れない。


 この直後から、ケルベロスの様子が大きく変わった。

 漆黒の瞳が赤く染まり、ふわふわの赤毛が逆立ち始める。グルルルル……と声を鳴らし、凶暴な牙がより鋭利なものになった。


「なっ……凶暴化か!?」


 クエストを受ける際に、受付嬢から説明があった。赤毛のケルベロスには特性があり、魔法を使った攻撃を与えると、凶暴化してしまう。絶対に魔法を使わないようにと注意されていた。それを、ニーニャが破ってしまった。


「くそっ……何やってんだニーニャ! 魔法は使うなってあれだけ言っただろうが!」


「ご、ごめんなさい! 反省してる、反省してるから……怒らないで!」


 さすがのレイジも、この事態を重く見ている。

 現時点で、距離的に一番近いのはミリア。次にレイジ、カイル、ギルス、ニーニャとなっている。俺とシロナは出遅れてしまったため、かなり後ろにいる。


「ミリア、一旦ここは撤退しよう! 気を付けて後退してくれ!」


 俺の叫びを聞いたミリアが無言で頷き、ゆっくりと後ろに下がっていく。凶暴化によってどのくらい強くなったのかはわからない。もしかしたら、案外弱いのかもしれない。それでも、ミリアは注意深く、背中を見せないようゆっくりと下がった。


 ケルベロスが甲高い咆哮を上げると、ニーニャの攻撃で受けた傷がみるみるうちに回復した。


 完治したケルベロスが、猛烈な勢いで駆け出した。狙いは、一番近いミリア――ではなかった。距離的には五番目になる、ニーニャを襲ったのだ。

 直接攻撃を受けたことで、怒りの矛先が彼女に向いたのだろう。


「い、いやああああぁぁぁぁ!!!!」


 ニーニャの叫びも虚しく、鋭利な爪がニーニャの背中に致命傷を与えた。即死とはいかず、苦しみ悶える彼女だが、もはや手遅れだ。


「たす……け…………」


 最後まで言葉を発することもなく、脱力した。

 ニーニャの流血は、水たまりができるほどになっていた。大量出血による死亡――冒険者には珍しくない死に方ではあるが、目の前で見たのは初めてだった。


 その一方、ケルベロスはまだ物足りないのか、グルルルル……と音を鳴らし、次の獲物を探していた。


「シロナ、一つ聞いていいか」


「……何かしら?」


「ミリアとシロナ……二人が戦ったとして、あのケルベロスに勝てるか?」


 シロナは即答した。


「正直、難しいと思うわ」


「わかった。じゃあ、ミリアが戻ってきたら一斉に逃げるぞ」


「そのつもりだけど……今更どうしたの?」


「なんでもないよ。もしかしたら、全員では逃げられないかもしれない。もし誰か一人がやられても、見て見ぬふりをして逃げるんだ。いいな?」


「え、ええ……冒険者の基本ではあるけど」


 シロナは困惑しているようだが、納得してくれた。

 うん、これでいい。


 ケルベロスが次に目を付けたのは、ニーニャの近くにいたギルス。


「うあああああああああああっ…………」


 獰猛な牙で頭部を粉砕――即死。


 暴走はまだ終わらない。

 ギルスが死んだ時点で、ミリア、レイジ、カイルの三人は一心不乱に駆け出していた。もうゆっくりしている暇はない。背を向け、持てる力の全てを出していた。


 だが、その中でも逃げ遅れる者は存在する。

 最後尾のカイルが血まみれの爪にやられて致命傷。

 カイルの犠牲により、レイジとミリアはかなりの距離を稼ぐことができた。


「ミリア、もう後ろは見るな! 逃げるぞ!」


「う、うん! わかったよ!」


 レイジと、俺たち三人は別方向に分かれていく。

 不運なことに、ケルベロスがついてきたのは俺たちの方だった。


 さて――やるか。

 俺は、意図的に三人の中で最後尾を走っていた。ミリアにはどう頑張っても追いつけない。だが、俺の移動速度はシロナよりは速い。だから、本来次に殺されるのはシロナなのだ。


 だけど、絶対に殺させない。

 この二人と出会ってからまだ二日だけど、初めてまともなパーティと出会うことができた。前のパーティでボロボロになった俺の心を癒してくれた。もちろん、このクエスト一回限りの関係。それでも、恩を感じている。


 パーティが全壊の危機に瀕した時、一人でも多くのメンバーを生かすため少数を犠牲にすることはよくある。

 だが、多くのパーティでは誰かを生贄にすることはなく、仲間のために誰かが自主的に標的になろうとする。そんなどこにでもありふれたパーティの真似事をするだけだ。


「じゃあ、元気でな」


 二人に聞こえないくらいの小声で囁いた。

 そして、俺は急ブレーキをかけて、剣を抜いた。襲い掛かるケルベロスに剣を向け、臨戦態勢になる。


 ミスリル・ソードが太陽の光に照らされて、サファイアの如く蒼く煌めく。


 顔に冷汗が垂れてくる。死を覚悟しても、やっぱり怖いんだな。

 だけど、一度決めたことだ。最後までやり遂げるさ。

 もちろん、まだ諦めたわけじゃない。死ぬ気で戦って、もし勝てれば儲け物。


 俺は剣を一閃。ケルベロスの目を狙って振った。

 だが、直前で左に避けられてしまう。


 最初で最後のチャンスを外してしまうとは、ついてない。

 刹那、ケルベロスの爪が俺を襲う。目を瞑った。


 キンッという金属音が鳴った。痛みはない。

 おかしい、あのタイミングは、死んでないとおかしいのに。

 恐る恐る、目を開けた。

 そこには、双剣を構えて立ち向かうミリアと、離れた場所から魔法の準備をするシロナ。


 エルフが得意とするのは、弓と双剣。どちらかというと弓の方が得意だとされている。だから双剣を使えること自体には驚かない。

 そういうことじゃなくて、


「……なっ、何してるんだよ!?」


 俺は、この二人を逃がすために命を張ったのだ。これじゃあ、全滅してしまう。

 それに、後ろを向くなって言ったはず……。


「シオンが律儀な性格だって知ってるもん。やると思ってたよ」


「全員では逃げられない。そう言った後で手を抜いて走っててバレないとでも思ったの?」


「お、お前ら……でも、こんなの死にに行くようなもんなんだぞ!?」


「それはやってみなくちゃわからないわ。格上の敵を倒す方法だって、ないことはないんだし」


「それはそうだが……」


「喋ってる余裕なんてないよ! ほら、次が来る!」


 ミリアが、神業のような剣捌きでジリジリと後退しながらも耐え続けている。キンキンキンキンキンと心地よいリズムを刻み、やや押されながらの戦い。


 俺もすかさず横から剣を振ろうとする――だが。


「シオン、後ろ下がって!」


「シロナ!? わ、わかった!」


 必死な声で言われたものだから、反射的に後ろに下がる。

 俺が後ろに下がった瞬間、ケルベロスを包み込むような魔法陣が浮かび上がった。幾何学模様の円陣。これは、上級以上――大規模な魔法を使った時に浮かび上がるものだ。


 シロナはこれをやっていたのか。

 使った魔法は、おそらく爆発系の魔法。これなら、倒せるかもしれない。


 シロナの魔法が白い光を出して、大爆発を起こした。

 砂煙が舞い、目の前が見えなくなる。


 ガウルルルル……。


「まだ生きてるだと……!?」


 シロナの魔法で大ダメージを受けたケルベロスだったが、急速に傷が癒えてしまい、すぐに元の状態に戻ってしまった。

 こんなの、規格外すぎる。勝てるわけがない。


「ハハ……シロナの魔法でも無理なんて、もうお手上げかな……」


 ミリアも、さすがに引きつった笑みを浮かべていた。

 それから、ミリアとケルベロスの攻防が再開する。シロナは魔法の準備を進めている。俺は、何もできなかった。


 これだけの蘇生力を持つ魔物を対処するには、一撃で葬るしかない。どうすればいいかはわかっている。でも、俺には何もできることがなかった。ミリアの手伝いをしても、足を引っ張るだけだ。

 ここでずっと二人を見守ることだけしかできないのか――。

 何か、何かできることはないのか――。


 ミリアがケルベロスを引き留め、シロナが魔法を放つ。こんなことが何度も繰り返されたが、ついにミリアが息を切らし始めた。間違いなく、ミリアの体力が尽きた時点で全滅する。


「ハァ……ハァ……、シロナ、シオン。今のうちに逃げて。もうそろそろ限界かも……」


「何言ってんだよ、このまま見捨てられるわけないだろ!」


「その通りよ! 次の魔法で必ず仕留めるから!」


 ……とは言っても、シロナの魔法も回数を重ねるごととにだんだんと威力が下がっている。これを何度繰り返しても倒せる気がしないというのが本音だ。


 なんとかしてこの場面を切り抜けたい――さっきからそう思うたびに、左目が疼くような感覚が止まらない。だんだんと熱を帯びているような、そんな感覚もする。


 なんだ、涙が出てるのか……? しかも、視力が無い左目からだけ、流れてくる。こんな時に、なんで……。どんどん熱くなって、焼き切れてしまいそうになる。


「ミリア、シオン! いくわよ!」


 ミリアが力を振り絞って飛び退いたタイミングで、シロナの一撃が炸裂する。今までで一番高火力の一撃――。


 ケルベロスが喘ぎ声を上げ、獣の燃えた臭いを巻き散らす。あたり一面を覆う砂煙。視界が回復してすぐに確認する。


 アウウウウゥゥゥゥ……。


 ケルベロスは、瀕死の状態であったが、まだ生きていた。


「も、もう限界……やれることは全部やったわ」


 最後に出てきたのは、諦念の一言。その気持ちは、この場にいる全員が同じだった。

 ミリアは茫然とその場に座り込み、落ち着いた様子で、死を待っていた。

 ケルベロスが完全な状態に復活し、獰猛な牙を立ててミリアに襲い掛かる。


 その時だった。俺の左目の疼きが痛みに代わり、痛みが最高潮を迎える。

 眼帯を強引に剥がして、目を抑える。


「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 それから、永遠に続くかと思った左目の痛みは引いていった。その直後、違和感を覚えた。左目が見える……!?


 それだけじゃなかった。左目から見える景色が、まるで止まったかのように見える。時が止まったわけじゃないことはわかる。俺だけ時間が止まったかのような――いや、むしろ逆で俺が加速しているような、そんな感覚。


 この世の理が感覚的に、鮮明に理解できる。

 それに、不思議と力が漲ってくる。なんでもできそうだと思えてくる。直感的に俺自身の魔力量が大幅に増えていることが分かった。


 今なら、あの犬を一撃で倒せる。そんな確信が持てた。


 俺は、剣を片手で持った。今までは両手で握っていた。でも、こっちの方がしっくりするような気がした。剣に魔力を込めて、一撃に集中する。ケルベロスの動きは手に取るようにわかる。だから、俺自身は速くなくていい、重みのある、強力な一撃を一度だけ当てればそれでいいんだ。


「待ってろ、ミリア」


 静かに口ずさみ、地面を蹴る。その場で大地が大きく揺れて、爆発的な加速力を実感した。ケルベロスの皮膚の連結部分を一つずつ切り裂くようなイメージで、剣を軽く一閃。――次の瞬間、あれだけ手強かったケルベロスは力なく地を這った。


 死体となった赤毛のケルベロスは、ピクリとも動かない。

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