第3話:新米冒険者、感激する
◇
翌日の早朝。
冒険者ギルドの営業開始と同時に中に入った。早朝ということで冒険者の姿はなく、職員しかいない。
この時間に来たのは、ソロの美味しいクエストを確保しておきたかったり、『レイジーファミリー』と鉢合わせしたくないという理由もある……が、一番の理由はこれだ。
鞘に収めた新しい武器をチラリと見る。
こいつを早く使ってみたかった――それが一番の理由だ。
まずは、受付カウンター横に設置されているクエスト掲示板を端から順番に眺めていく。雑多に貼られたクエストから、受けたいものを吟味するのだ。
ソロ可のクエストは少ない。ほとんどのクエストがパーティを前提とされているのは、知っていたことだが落胆するしかない。
美味しいクエストを見つけてもパーティ前提と書かれているとがっくりする。例えばこれなんて、ソロでもできそうなクエストなのに……。
【ルグミーヌ樹海で赤毛のケルベロスを倒してください!※特性判明 報酬十万リル(三名以上・Eランク以上)】
ケルベロスと言うのは、頭が三つある犬型の黒い魔物だ。弱くはないが、ソロでも十分倒せるくらいの戦闘力しか持たない。
赤毛ということで変異種ではあるが、戦闘力自体は変わらない。変異種は特殊な特性を持ち、条件次第で強くなってしまうので万が一に備えてパーティで臨むのが筋だが、このクエストでは特性が既に判明しているので、十分ソロ攻略が可能だ。
報酬の十万リルはパーティ制クエストでは高い方ではないが、変異種はそれ自体が高く売れる。クエスト関係なく倒してしまいたい魔物だ。しかし、クエストを受けなければ基本的に場所と特性を教えてくれないので、断念するしかない。
「あれ? もしかしてシオン?」
「偶然――! ここにいるってことはクエスト受けるんだよね!?」
後ろから複数の女の声がして、振り向く。
白いローブのエルフに、紺のローブのダークエルフが驚いたように目を丸くしている。
「シロナにミリアじゃないか。そっちこそなんでこんなに早くに?」
シロナはダークエルフの美少女で、ミリアがエルフの美少女だ。朝からこんな美人さんを見られるなんて……今日は何か良いことがありそうだ。
「昨日早く寝ちゃったから目が冴えちゃって、今日は朝一番で来たんだよ!」
元気の無さそうなシロナとは対照的に、ミリアは元気そうだ。朝が強いのは羨ましい。
「あれ? 今日は帽子を被ってるのか」
昨日会った時はダークエルフの黒耳が特徴的だったが、今日のシロナは耳を隠すように黒の魔女帽子を深く被っている。
「普段は……ね。誰かさんみたいなのが無遠慮に触ってくるかもしれないし?」
「悪かったよ……反省してる」
「冗談よ。ほら、ダークエルフってだけで色々とあるし、人が多い場所では隠しておく方が楽ってだけよ」
「そういうことか」
ダークエルフは忌み嫌われる者の象徴とされている。ダークエルフが同じパーティにいると不運を起こすだとか、男性冒険者が不能になるだとか、根も葉もない噂を信じる者もいる。
だが、それは昔の話だ。俺たちのような若い世代でそんないい加減な噂を信じる者などいないし、むしろ戦闘力の高いダークエルフは重宝されている。
とは言っても、俺が知らないだけで過去に何かあったのかもしれない。あまり深く突っ込むのはやめておこう。
「そんなことよりも、何か良いクエストは見つかったのかしら?」
「いやー、やっぱりソロでは見つからないな。人数さえいればソロでもできそうなクエストもあったんだけど、三人以上ってことで諦めたよ」
「それは珍しいわね。ちなみにそれはどんなクエストなの?」
「えーと……確かこれだ」
掲示板に貼られたさっきのクエストを指差す。
シロナは興味深そうにそれを眺める。
「ミリア、こっち来て」
「良いのあったのー?」
「ええ、これよ」
「ははー、シロナはやっぱり朝弱いんだね。これ三人以上って書いてあるよ」
「ミリアに言われなくても分かっているわ。人数なら揃ってるじゃない」
え?
どう見てもシロナのパーティメンバーはミリアしかいない。ギルドと交渉しても人数制限の緩和はなかなか難しいだろう。
「ああ――! シロナって頭いいね!」
え? え?
どういうことだ? 俺だけ話についていけない。ルールを掻い潜る方法があったのか……?
「ほら、シオンついてきて。クエスト取りに行くわよ」
「へ? 俺?」
「シオンがパーティに入れば三人だし、問題ないよね!」
ええええええ!? そういうことなの!?
「い、いや、一時的にとはいえ力の差がありすぎるよ。俺が足を引っ張っちまう」
「シオンはさっきソロでもできるって言ってたじゃない。いるだけで構わないのよ」
「それはそうだが……」
「じゃあ決まり。良いわね?」
「……おう」
シロナの勢いに負けて、俺は一時的に二人のパーティに加わることになった。パーティハントというのは全員の息がピッタリと合わないと危険になる。だから、パーティは基本的に固定メンバーで回すものだか、規則的には一時的に組むこともできる。
俺もこのクエストを取りたかったのは事実だ。今回は甘えさせてもらうとしよう。
「ミリア様、シロナ様、シオン様の三名ですね。では、手続きを完了します。次に、クエストの場所と特性情報をお伝えしますね」
受付嬢は一枚の紙を取り出して、読み上げる。
「場所はルグミーヌ樹海北東部。『赤鉄の翼竜』の巣跡付近とみられています。赤毛のケルベロスは以前他の場所でも発生しており、魔法に強く反応し、凶暴化します。……ですので、決して魔法を使った攻撃を加えないでください。物理攻撃なら安全に討伐可能なはずです」
説明が終わると、クエスト情報が書かれた紙を渡してくれた。詳細な地図も載っており、場所を見つけるのは簡単そうだ。
「じゃあ、早速行きましょう……っと言いたいところだけどお腹減ったわね」
「まだ食べてなかったのか?」
「シロナは起きてすぐにご飯食べられないんだよね」
「朝起きてすぐにモリモリ食べる方がどうかしてるのよ」
俺も朝から食欲旺盛ってわけじゃないからシロナの気持ちはわかるけど、無理してでも食べた方が目は覚める気がするんだよな。
どちらにせよ、クエストに出るなら朝食は食べてからの方が良い。
「じゃあ、近くにモーニングが食べられる場所があるからそこで」
「ギルドで食べないの?」
「いや、ギルドはな……ダメじゃないんだが」
もう今日の営業が開始してから四十分ほど経っている。そろそろ冒険者の数も増えてくるはずだ。もしかしたら、レイジたちも来るかもしれない。
歯切れが悪そうな俺を訝し気に見つめるシロナ。
「あー、私もたまにはギルドじゃないご飯も食べたいなー、シロナは毎日食べてよく飽きないよね」
「……メニューはたくさんあるのにミリアが他のを食べないからでしょ。まあ、確かにたまには別の場所で食べるのも悪くはないわね」
「じゃあ決まりだね。西門の近くの喫茶店で良いよね? シオン」
「あ、ああ。そこで良いよ」
ミリアのおかげであっさりと話がまとまった。……なんだかわからない偶然だが、ありがたい。理由を隠す必要もないのだが、美少女の前なのだ。格好悪いところを見せたくない。
西門に向かう途中、突然ミリアが後ろに歩く俺を向いて口パクした。シロナには伝わってないが、俺にはわかる。
『理由は聞かないよ』
……どうやら、俺が思っているよりミリアは賢かったらしい。
◇
ミリアの提案通り西門近くの喫茶店で朝食を済ませて、いざ村の外へ――。
ここからルグミーヌ樹海までは徒歩で約三十分かかる。ミリアはピクニック気分で上機嫌に、黒い魔女帽子を脱いだシロナは地面を憎そうに睨んでいる。
俺は、二人が朝食を摂っている間ずっと悩んでいた。前のパーティのことを言うべきか、言わざるべきか。この二人は一時的に同じパーティを組んでいるが、クエストが終わったらそれきりという関係だ。話す必要はない。俺の個人的な愚痴を聞かせることになってしまう。
ミリアは俺を案じて理由は聞かないと言ってくれた。でも、俺が格好をつけたいからというだけで、一時的にとはいえ命を預けるパーティメンバーに大切なことを隠すのは、俺の主義に反する気がした。だから、俺は話すことに決めた。
「二人とも、聞いてほしい。実は……」
一昨日までパーティに入っていた新米冒険者だということ、パーティに対する不信が募って去ったこと、前のパーティメンバーとは仲直りしていないことを、順を追って説明した。
シロナから返ってきたのは、以外な言葉だった。
「そんなパーティなら抜けて正解よ。……っていうか、よく半年も続けたわね」
「……情けないって思わないのか?」
「思うわよ。でも、それはシオンにじゃなくリーダーのレイジって人にね。自分だけでは何もできない新米だから、パーティ全体で育てていかなきゃいけない。それなのにその役割を放棄してまるで奴隷みたいに扱うなんて、常軌を逸しているわ。そんなパーティにいても死ぬまでこきつかわれるだけよ」
「……そっか」
「シオンは真面目だから悩むんだよ。今のことだって、本当は話したくなかったんだよね?」
「ミリア……なんで?」
「そんなの見てればわかるよ。そういう人だからシロナが認めたんだろうね」
シロナが認めた? それってどういう――と聞こうとした時だった。
「やっとついた! えーと、ここから北西に向かうんだよね?」
「いや、北東な」
「あっ、そうだった。じゃあ北東にレッツゴー」
「まだ続くのね……」
……なんか聞くタイミング逃しちゃったな。まあ、クエストが終わってから改めて聞けばいいか。
それから地図に沿って、赤毛のケルベルスの居場所へと進んでいく。赤鉄の翼竜の巣跡……ここには昔、大きなドラゴンが生息していたと言われている。大規模な討伐隊により討伐され、今ではその大きな巣跡が残っているだけだが、まだそこには魔力が宿っているとされ、この樹海に魔物が集まる原因になっている。
「わぁ、いっぱい魔石が落ちてるよ!」
樹海を歩いていると、昨日と同じくいたるところに魔石が転がっていた。
「昨日いっぱい拾ったんだけど、この辺には周り切れてなかったからなぁ。それにしてもこの辺は山の方に繋がるわけでもないのに……不思議だな」
と言いながら、俺は一つ一つ魔石を拾い集める。
「そんなの拾うの?」
魔石を見つけるたびにすかさず拾う俺に不思議そうに尋ねるシロナ。
「これ一個千リルくらいで売れるんだよ。昨日はそれで三十万リルになった」
「そんなに……っていうかここってこんなに落ちてたっけ?」
「俺もそれは気になってたんだけど、ある物は拾わないと損だからな。心配しなくてもパーティを組んでる以上ちゃんと均等割りするから心配しないでくれ」
パーティの取得物は均等割りが基本だ。稀にレイジ―ファミリーのようなブラックパーティが基本を破ったりするのだが、それは別のお話。
「シオンだけに任せるのも悪いし、私も手伝うわ」
「私も手伝うよー。シオンは人を頼ることを覚えてもいいのにね」
「お、お前ら……」
こんなの、前のパーティでは考えられなかった。ドロップ品を拾うのは全部新米の仕事。どれだけ仕事しても報酬は渡さない――そんな鬼みたいなルールだったから、これが普通のパーティの姿なのに感激してしまう。
一人で拾うより、三人で拾う方が効率が良い。昨日よりもずっと早く前へ進むことができた。そして、一時間ほどかけて目的地に到着した。