第30話:新米冒険者、気持ちを固める
「シロナばっかりずるいよー!」
ミリアが身を乗り出した。
「え? ズルい? どういうことだ?」
ミリアは失言に気づいたかのように顔を真っ赤にして、
「ズ、ズルいっていうか……その、ね?」
「シオン様。差別は良くないですよ!」
差別!? 俺が!?
ミリアに刺身を食べさせてやるのがそんなにいけないことだったのか……?
救いを求めるように、隣のジークを見た。
ジークは苦笑して、
「差別というか……まあそうですね。彼女たちもシオン君に食べさせてほしいんですよ」
「それは本当か?」
「ええ、間違いないです」
よくわからないが、ジークから見るとそうらしい。
「ミリア、ルビス。二人とも、俺に食べさせてほしいのか?」
「そ、そんなことないもん……!」
「べ、別にそういうことは言ってません……!」
ふむ、どうやら違うらしい。
「違うらしいぞ?」
「いやはや……シオン君の鈍感さには呆れますよ」
なぜか呆れた眼を向けるジーク。
俺がシロナに食べさせるのがズルくて、でも食べさせてほしいわけではない。つまりどういうことだ?
「では、そうですね。鈍感なシオン君に期待するのが間違っているということで。逆にミリアさんとルビスさんがシオン君に食べさせてあげるというのはどうでしょうか?」
「食べたいのあったら俺自分で――――(ビクッ!)」
途中まで言いかけて、ジークの手が俺の肩に飛んできた。
「シオン君は少し黙っておきましょうか」
にっこりと笑顔を作ってはいるが、ちょっと怖い。
「お、おう……」
黙っていろと言われたので、俺はエールを呷って二人の反応を待った。
やれやれ、ジークにも困ったものだな。この二人がそんなバカげたことをするわけないだろう。ほら、微妙な顔になっているじゃないか。
目線がふらふらしてまっすぐ見られなくなっているし、顔が赤くなって汗までかいてきている。どう見ても困り果てているように見える。
まあ、こう言われちゃ面と向かって断りにくいよな。ここは俺が助け船を出して――。
「それ、いいかも! シオンだって期待してるもんね! し、仕方ないよね!」
「そうですね。そもそも食事のお手伝いをしないということがおかしかったのです。義務を果たさねば」
え、ええ!?
斜め上の反応。ということはつまり……。
「ん……んんんん!!」
ミリアから、強引に奇麗なオレンジ色をしたサーモンを押し込まれる。
「シオン様、こっちもですよ!」
「んんんんんんんん……!!」
ルビスからも押し込まれる。
く、苦しい……。
苦しみもがきながら咀嚼し、最後はエールで流し込む。
「……はぁ」
「美味しかった?」
「美味しかったですか?」
味を楽しむ余裕なんてなかったのだが……。
不安気に見つめる二人を見ていたら、正直には言えなかった。
「もちろん、美味かったよ。……サンキューな」
こうして、楽しい祝勝会は過ぎていった。
美味い料理に、美味いエール、愉快な仲間たち――。
一か月前ではこうなろうとは思わなかった。
想像すらできなかった。
ずっと、こんな日々が続けばどれだけ幸せなことか。
◇
祝勝会を楽しんだ和風料理店を出るや否や、不穏な空気を感じた。胸がざわめくような曇り空の下で、いつもは暇そうにしている末端の騎士団員が慌てていた。
「何かありましたか?」
異変を感じていたのは俺だけではない。ジークも敏感に感じ取っていたのだ。
「ジ、ジーク様……! いらっしゃいましたか! それが……我々も詳しくは把握していないのですが……」
キイイイイイイイイイィィィィン! キイイイイイイイイイィィィィン!
騎士団員の言葉を、村中に響く非常アラートが遮った。
音量以上に、頭に響く高音だ。
村のいたるところに設置された非常用魔力結晶が共鳴しているのだ。どこの村でも、村に脅威が迫った時にはこういった音を鳴らす。
脅威が何であるか、どれほどの危険があるのかまではわからない。
「ユニオール村北東部のわずか五百メートル付近で、異常な魔力反応を捉えたのです! 詳しい状況はわかりません。……我々は住民の避難誘導を進めています。ジーク様方にもギルドの方から召集がかかるかもしれません……!」
興奮した口調で言い終わると、騎士団員は深々と頭を下げて住民の誘導を始めた。
「ギルドの招集ってどうやってかかるんだ? メガホンか何かで呼ばれるのか……?」
「いえ……ギルドバッジが赤く輝くはずです。戦闘があれば発煙筒か何かが上がるでしょうし、そこに向かえばいいのかと。あくまで任意ですけどね」
「任意、か」
冒険者は、騎士団のように有事の際に無理に動員されることはない。事後に報酬が発生しないことも多いし、守る義理はないからだ。
己の正義に照らし、守りたいと思った者だけが召集に応じる。そういうものだ。
「僕はもし呼ばれることがあれば、行くつもりです。この村では長く過ごしました。それなりに恩もありますから」
「ジークが行くってんなら、俺も行くよ。だって、パーティメンバーだからな」
「期間限定の僕に合わせる必要はないんですよ?」
「期間とか関係ねーよ。俺は仲間を見捨てることはないし、合わせてる自覚はない」
どこかの誰かみたいなクズに成り下がる気はない。非常時にこそ、人の本性ってのは出る。でも、誰かの評価が欲しいわけじゃない。自分の中の正義を裏切りたくないっていうのかな。
「ふっ、そうですか。……でも、ミリアさんたちはそうじゃないかもしれませんよ?」
「……そうかもな」
もし、ミリアたちがついてこなかったとしても、俺は彼女たちを責めない。考え方はそれぞれだ。召集に応じるのは、はっきり言って利口じゃないしな。
「そんなことない。シオンが行くなら私も行くよ」
「また一人で突っ走るつもりなんでしょう? 放っておけないわよ」
「そういう時こそ、私の出番ではありませんか?」
――まったく、うちのパーティメンバーはみんなバカだったらしい。
「そうかよ。じゃあ、その時はよろしく頼むぜ」
……ん?
この場にいる五人のギルドバッジが赤く輝いた。
その刹那、ユニオール村北東部上空で、白い煙が上がっていた。
最新第30話まで読んでいただきありがとうございます。
「面白いかも」
「続きが気になる」
「更新頑張って」
上記のうち一つでも当てはまった方は↓の評価欄から10ポイントまでつけられますので、よろしくお願いいたします。
評価をいただけると【大きな励み】になり作品の質も上がりますので……。
どうか、何卒よろしくお願いいたします。





