第19話:新米冒険者、冒険者と戦う
「触らないで。気持ち悪いのよ」
シロナが肩を掴んで来ようとした男の手を払いのける。
男はまんざらでもなさそうな態度で、薄気味悪い微笑を浮かべている。
俺は三人が嫌がっているのを堪えきれず、シロナと男の間に入った。
「またお前らか……迷惑してるってわからないのか?」
「あ? てめー邪魔だぞEランクのくせに……ん?」
男の視線が、俺の肩――冒険者バッジを捉えた。前に絡まれた時は、灰色。でも今は、Dランク冒険者であることを示す紫色のバッジだ。
「……ちっ、こいつらランク上がったのかよ」
「そうだ。もう下に見られるいわれはない。さっさと離れろよ」
俺はキッと男を睨んだ。
「舐めた口叩きやがって……てめえ、叩き潰してやっからな!」
「やれるものならやってみろよ。こっちも望むところだ」
俺たちの初戦の相手は、この問題児三人に二人を合わせたパーティ。強そうな冒険者たちが集まる会場ではあるが、こいつらだけには負ける気がしない。
「もし俺たちが勝ったら、その女は俺のもんだ。ゆめゆめ忘れんじゃねーぞ」
勝手にそんな約束を取り付け、去っていった。
連れの二人が、すみませんすみませんと頭を下げていくのはなんとも言えない気持ちになった。良きパーティ、良きリーダーに恵まれないとこうなってしまうのだ。
「なんというか……災難でしたね」
「まったくだな。あいつら今度はジークいてもお構いなしだった。どうしようもない」
独りよがりな気持ちをぶつけて、ミリアやシロナ、ルビスがそれになびくとでも思ったのか? そうだとしたら、バカとしか言いようがないが。
「でも、Dランクのバッジを見てびっくりしてたのはちょっと面白かったかも!」
「そうね。全員分確認してたわ。……ふっ」
「まあ、せっかくの機会だ。二度と手が出せないくらいボコボコにしてやるといいさ」
◇
それから三十分ほどで、俺たちの出番がやってきた。
第一試合。この試合に勝てば、俺たちが戦うのはCとDのどちらか。Cパーティはユニオール村騎士団の連中で、Dパーティは無名のDランク冒険者集団。多分、俺たちが戦うのはCパーティということになりそうだ。
本来なら目の前の試合に集中すべきなのだろうが、もはや負ける気がしない。俺たちが一方的に蹂躙するのは目に見えている。こうして他のことを考えていても問題ないのだ。
「いよいよですね」
「そうだな。まあ、さっさと終わらせて休憩しよう」
俺たち五人と、Bパーティの連中がドームの中心に入場する。歓声のようなものは起こらなかったが、観客から注目を浴びているのは伝わってきた。
このドームの中心である決闘場所――バトルゾーンでは、どれだけの攻撃を受けても死ぬことはない。痛覚はそのままで、精神にダメージを与えるのだ。
五人対五人で戦い、全員の降参か、全員の戦闘不能で試合は決着する。
つまり、一人でも残っているうちは試合は継続する。
「じゃあ、私があの赤い髪をやるわ。ミリアは青い奴で、ルビスは黄色のやつでいいわね?」
「うん、それでいいよ」
「異存はありません」
それぞれ絡まれていた相手をボコすことにしたらしい。
「じゃあ、俺はそっちの女の子をやるか」
「では、僕は余ったあの方を担当しますね」
作戦会議は一瞬で終了した。
試合開始と同時に、ミリアとシロナとルビスが一直線で目的の相手に近づいた。
ミリアは、青髪の男を蹴り飛ばし、首をナイフで切り落とす――と言ってもこの空間では本当に切れるわけではなく、切れた時と同じくらいの痛みが相手に襲い掛かる。
「うがああああああああああ!? い、いてえええええよおおおおおおお!!!!」
そんな叫びには目もくれず、意識を失うまで蹂躙を続けるミリア。
……目がマジだ。よっぽど嫌だったんだろうな。
卓越した身体能力を発揮し、男の身体を蹴り上げる。ジャンプで空中に飛び上がり、上からも蹴りを加えて地面に叩きつける。
――そこで、男が気を失った。
瞬殺になることはわかっていたが、ここまであっさりとカタがつくのかよ……。
次にシロナ。
シロナは中級魔法の【ファイヤーアロ―】で赤髪の男の心臓を貫いた。こちらも同様に激痛が走り、男はのたうち回る。
無慈悲にも上級魔法【火炎放射】で高温の炎を浴びせることで追い打ちして、瞬殺。
最後にルビス。
翼を使わないようにと指示をしてあるので、使えるのは自分の身体のみ。それでも瞬殺になることを俺は知っている。
地面を滑走するかのように滑らかな軌道で男の後ろに回り込んで、不意を狙った強烈なパンチを繰り出した。狙いは頭。
頭蓋骨が割れたのではないかと思うほどの衝撃が走り、男が吹っ飛ぶ。さらにルビスは追い打ちをかけて、百連撃はあるのではないかというくらいの高速連続パンチを浴びせた。
言うまでもなくこの後、男は戦闘不能になっていた。
これだけのことが並行して行われたが、試合時間はまだ十秒ほどしか経っていない。
相次いで仲間がやられたことで、残った二人はぷるぷると震えていた。
「どうした? こっちは五人、そっちは二人。降参するか?」
大人しそうな男女二人。もうこの二人に勝機はない。戦って負けるか、戦わずして負けるかの違いだ。
「い、いえ……! 戦います! あなた方には迷惑をおかけしました。でも、降参はありえません!」
震える声で女が答えた。
「僕も同じです。やることはちゃんとやっておかないと!」
女につられて、男の方も震える声で宣言した。
「なるほどな。そういうの、嫌いじゃないぞ。……せめて一瞬で終わらせてやるか」
「ええ、なかなか骨のある良い子たちじゃないですか。では、僕も」
俺は女の近くまで地面を蹴り、一瞬で移動する。
女は短剣で応戦しようとした。短剣は俺の持つ中程度の剣や大剣よりも軽く扱いやすいため、速度面で有利だ。
だが、その速度も見破られてしまえば同じこと。
俺は動きを完全に把握し、後ろに回り込む。
魔力経路を斬ろうとして、すぐにやめた。バトルゾーンは、精神に肉体へのダメージを精神ダメージに変換する仕組みになっている。
魔力経路を斬るのは肉体ダメージでも精神ダメージでもない、別の何かなのだ。俺の勘だが、魔力経路を斬ると、相手が死んでしまうと思った。
だから直前で取りやめて、代わりに首を一突きした。
一瞬で意識を刈り取ることに成功し、女の身体がだらんとしたものになる。
俺はゆっくりと剣を抜き、床に寝かせた。
ほぼ同時にジークも終わったらしい。
これで試合は終了だ。
「お疲れ様です。案外早かったですね」
「ま、こんなもんだろうとは思ってたけどな」
「シオンやったねー!」
「準備運動にはちょうど良かったわね」
「さすがはシオン様です」
試合終了後の問題児たちは露骨に俺たちを避けるようになり、目が合うたびに土下座で謝ってきた。
これから絡んでくることはないだろう。
こういうどうしようもないバカでも、大きな力の前には抗えない。
これが冒険者。実力主義というやつだ。
さて、次はCとDの試合なのだが、これまたすぐに決着したらしい。試合時間五秒。ユニオール村を守る騎士団は強かった。
次の試合相手はCパーティに決まった。





