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第1話:新米冒険者、魔石を集める

 ◇


 夜が明けて、朝一番に冒険者ギルドに駆け込んだ。

 まずやらなければならないのは、パーティの脱退処理だ。パーティ構成は冒険者ギルドのデータベースで厳重に管理されている。


 ちゃんと手続きをしておかないと、他のパーティに入ることはもちろん、ソロクエストすら受けられない。


「脱退……ですね、承知しました。でもいいんですか? まだ入って半年ですよね」


 脱退処理をしたいと申し出ると、冒険者ギルドの受付嬢は心配そうに確認を取ってきた。新米冒険者は、最低でも三年間どこかのパーティに所属していた実績がないと、他のパーティに入ることは難しくなる。冒険者に限らず、ドロップアウトした者に厳しいのが世間というものだ。


 これからの長い冒険者生活がソロオンリーになってしまう恐れがある。ソロが悪いわけじゃないが、今後の人生で枷になる可能性が高い。意地悪じゃなく、あくまでも善意で確認してくれているのだ。

 とは言っても、そんなことは織り込み済みだ。もう覚悟は決まっている。


「構いません。よろしくお願いします」


「……わかりました。では、ただいまを持ちまして『レイジ―ファミリー』の脱退が完了しました」


「お手数おかけします。……それで、早速何かソロでできるクエストを受けたいのですが」


 クエストを受けるには、受付カウンター横の掲示板に貼られているクエストの中から受けたいものを選んで受付に持っていく決まりだが、混んでいなければ受付嬢に相談に乗ってもらうこともできる。

 受付嬢は掲示板をぐるりと見渡して、ソロ可能のクエストを探していく。


「そうですねぇ……ソロだとあまり危険なものは紹介できないんですが……あっこれとかどうでしょう」


 受付嬢が紹介してくれたのは、『ルーネの花』の採集クエストだった。ルーネの花は赤色のつる植物で、葉や茎の部分に棘がある。ある程度の規模の森に行けばどこにでも生えているような植物なので、入手難易度は低い。


 この村の近くにあるルグミーヌ樹海に行けば手に入るはずだ。


「報酬は十本で五千リルですか……ありがたいです。それを受けます」


 ルグミーヌ樹海の先には、ルグミーヌ山という高い山がある。山の方は強いモンスターもいるのだが、ルーネの花はその手前の樹海に生えているので、今の俺でも安全にこなせるはずだ。


 受付嬢は気を利かせて美味しいクエストを紹介してくれたのだろう。クエスト受注の手続きを済ませて、すぐにルグミーヌ樹海に向かった。


 今の拠点――ユニオール村から約三キロ離れた場所が目的地だ。

 標高千メートルほどの大きな山を時折見上げながら、ルーネの花を探す。


「おっと、これだな」


 ルーネの花は赤い見た目をしているので、簡単に見つけられる。この花は冒険者にとって必需品である赤ポーションの一部に使われているのだとか。

 たくさん採っておければいいのだが、ルーネの花は足が速いので必要以上にとっても意味がない。

 クエストで必要な十本だけを集めることにしよう。


 魔物と遭遇することもなく、着いてから二十分ほどで十本集めることができた。よし、これでクエストは完了。


 でも、せっかくここまで来たのだから、これだけでは終われない。

 ルーネの花の報酬はたった五千リル。これでは安宿で一泊が限界なので、もう少し稼いでおきたいのだ。十分な装備と、消耗品は冒険者の生命線だ。ソロでの冒険はとにかく危険だから、環境だけでも整えておきたい。


 この辺で採れるもので、お金になりそうなものと言えば――魔石だな。

 魔石はその名の通り、魔力を帯びた石のことだ。魔法の触媒や武器・防具の部品、装飾品としてなど、用途は幅広い。見た目は普通の石と変わらないが、一目で分かるほどの魔力を帯びている。


 魔石は、魔物を倒した時に低確率でドロップすることがある。

 強い魔物ほど良質な魔石を落とし、弱い魔物は低質な魔石しか落とさない。でも、低質な魔石が売れないわけじゃない。買取価格は一個千リルくらいが相場だし、貧乏冒険者にとっては貴重なのだ。


 そこで、今から俺がやるのは、『ハイエナ』という手法だ。

 冒険者はストレージと呼ばれる魔道具を持ち歩いて戦利品を貯めておくのが基本なのだが、レアドロップにしか興味が無い冒険者は、ストレージを圧迫する低質な魔石を嫌う。その辺に転がったままになっていることもままあるのだ。


 それを回収し、商人に売りさばく。これだけで良いお小遣いになる。


「よし」


 そうと決めた俺は、樹海の先――ルグミーヌ山に向けて足を進めた。

 朝一番に村を出た甲斐あって、放置された魔石がゴロゴロ転がっている。驚いたことに、ここはまだルグミーヌ樹海だというのにいたるところに転がっている。背が高い草や木の根元に埋まった魔石もしっかりと拾って、次々とストレージに突っ込んだ。


「これだけあれば五万リルにはなるはずだ……ありがたい」


 クエスト報酬と合わせて五万五千リル。これだけあれば数日は暮らせそうだが、装備や消耗品を整えるとすぐになくなってしまう。もうちょっと稼いでおきたいな。


 味を占めた俺は、ルグミーヌ山についてからもどんどん上へ上へと登った。


 合計の魔石数が五十、百、百五十と増えていくのは快感だった。

 いつの間にか山の中腹まで来ていた。ここまで魔物と一体も遭遇しなかったのは本当に珍しい。でも、そのせいで俺は完全に辞め時を見失っていた。


 気づいた時には、目の前に魔物の姿があった。


「ガウウウウウルルルル……」


 硬そうな黒毛の狼。獰猛そうな牙からヨダレを垂らして、大型の魔物が俺を見下ろしていた。この魔物の名前は――ブラック・ウルフ。


 ……ヤバい、どう考えてもヤバい。

 もう少し早く気付くべきだった。今まで魔物と遭遇しなかったのは、ブラック・ウルフを警戒してのことなのだと直感的に理解した。


 でも、背中を見せたら終わりだ。その瞬間殺される。転移結晶は安い物しか持ち合わせていないため、最低でも三十秒は硬直状態になる。……戦うしかない。


 俺はボロボロの剣を両手でしっかりと構えて、ブラック・ウルフと睨みあう。汗が凍りそうなほどの緊張状態。――先に攻撃を仕掛けてきたのは魔物の方だった。


 猛烈な勢いで地を蹴り、鋭い爪を立てて襲い掛かってくる――。

 でも、まだ慌てる時じゃない。格上の敵との戦いには慣れている。大丈夫、このくらいなら倒せるはずだ。


 俺は素早く左にジャンプして突進を回避する。そして、そのまま足を休めずブラック・ウルフの後ろに回り込む。


 ブラック・ウルフは身体が大きいだけじゃなく、動きが素早いことでも有名だ。でも、動きが単純なのでなんとかついていける。普通の新米冒険者じゃ無理だろう。豊富な実践経験が成せる業だ。


 よし、ブラック・ウルフは混乱している。この隙を狙って――。

 俺は後ろから剣を一閃。

 ブラックウルフの弱点である尻尾を切断しようと試みた。

 だが――。


 カキン! ……ゴト。


「なに!?」


 ブラック・ウルフの硬い尻尾に剣が触れた瞬間、俺の剣は跳ね返され、刀身が半分に折れてしまった。折れた刃が地面に突き刺さる。

 かなり剣が弱っていたことは確かだが、なにもこんな時に……。ここで死ぬのか……?


 その時だった。


「てえええええい!」


 え?


 女の声がして、気が付いたらブラック・ウルフの身体が真っ二つになっていた。魔物の血が勢いよく噴き出し、辺り一帯を真っ赤な海にしている。

 ……何があった? 俺は助かったのか?


 よく見ると、ブラック・ウルフの胴体に鋼鉄の矢が刺さっていた。誰かが高火力の矢を放って、その衝撃で真っ二つにした――そういうことだろう。


 俺が茫然とブラック・ウルフの死体を眺めていると、近くによって来た人影が声を掛けてきた。


「ねえ、大丈夫?」


「だ、大丈夫です……おかげ様で」


 ……驚いた。ブラック・ウルフを真っ二つにしたのは超美少女エルフだったのだ。噂で聞いた通り、耳が長い。エルフだから年齢はわからないが、見た目通りなら俺と同じくらいの歳だ。光り輝く長い金髪を片手でかき上げて、俺を上目遣いで覗いてくる。しかもめちゃくちゃ胸がでかい。

 白色のローブに、新緑の弓。御伽噺に出てくるエルフそのものだ。


 可愛い……可愛すぎる。こんなに可愛い生物がいていいのか!? エルフは美人が多いって聞いたことがあるけど本当だったようだ!


「……もう、急にどうしたのよミリア……って、ブラック・ウルフ!?」


 遅れて走ってきたのは、黒いケモミミが特徴的なこれまた美少女。銀色の髪がとても素敵で、胸が大きくて、スタイル抜群で、エルフみたいに可愛い。耳以外はエルフと特徴がそっくりだ。紺色のローブが良く似合っている。

 ……ん? 黒いケモミミってもしかして……?


「ダークエルフか!?」


 しまった、つい大声を出してしまった。

 ダークエルフの美少女は眉を顰めて、ゴミでも見るかのような目で俺を見た。


「そうだけど、悪かったわね」


「やっぱりそうだよな! このケモミミはダークエルフしかありえない! ……一度触ってみたかったんだ!」


 ダークエルフの美少女は、困惑した様子で金髪の少女――ミリアと目を合わせた。それから、頬を赤くして、ぽつりと呟いた。


「そ、その……初対面のダークエルフの耳を触るのは良くない……のよ……(びくっ!)」


「あっ、ごめん。ついつい我慢できなくなっちゃってさ」


「……ミリア、この人何者なの?」


「うーん。わかんない! でも悪い人じゃないと思うよ」


 ミリアがエルフで、もう一人がダークエルフ……。同じパーティなのか? エルフとダークエルフは犬猿の仲だって聞いたことあるので、不思議な感じだ。


「っていうか、まだ礼を言ってなかったな。ミリア、さっきはありがとう。本当に助かった。俺の名前はシオン・リグリーズ。いつか必ず恩を返したい」


「気にしなくていいよー。たまたま通りかかっただけだし。シオンって律儀な性格してるんだね」


「俺が律儀……?」


「はは……シオンって苦労してそう。あっ、私はミリア。ミリア・カセラートだよ。それでこっちのダークエルフちゃんは……」


「シロナ・フィアーノ。シオンみたいな人、嫌いじゃないわ」


「え、シロナって俺のこと好きなの?」


「す、好きなんて言ってない! 嫌いじゃないってことよ。他意はないわ」


「じょ、冗談だって……半分」


 ちょっとからかったつもりが、意外にも反応してくれるのでちょっと面白い。でも、これ以上イジるのは可哀想なので、この辺にしておこう。


「それより、ミリアとシロナは山の上の方から下ってきたんだよな? 普通今からなら登る方なんじゃないのか?」


「あー、それなんだよね……」


「一気に疲れてきたわ……」


 二人は顔を見合わせて、引きつった笑みを浮かべる。


「昨日は夜までここで狩りをしてたんだけど、転移結晶を切らしちゃって帰れなかったんだよ。それで朝になってから下山しようってことになって今に至るって感じ」


「転移結晶を切らした!?」


 冒険者にとっての必需品の一つが転移結晶なのだ。最寄りの村にどこからでも転移できるという超便利アイテム。これ無しで冒険は絶対にできないとまで言われている。それにしてもよく夜を生き抜いたものだ。


「そうよ、ミリアが補充を忘れたせいで」


「なんで私が悪者みたいになるの!? もとはと言えば昨日に限ってシロナが確認してくれなかったのが悪いんだよ!」


 あれ? やっぱりエルフとダークエルフって仲悪いの?


「あー、まあどっちが悪いかわからんけど転移結晶があればいいんだよな? じゃあこれ使ってくれ」


 俺はストレージから、二つの転移結晶を取り出した。もともと転移結晶は安い時に買いためていた。その分が余っていたのだ。


「わあ、ありがとうシオン! これで帰れるよ……もう足痛くて歩くのヤダ……」


「安物だから転移に時間かかるけどそこは許してくれよな」


「周りに魔物がいない場所なら三十秒タイプで十分よ。本当に助かったわ」


「じゃあ、俺も一緒に帰るよ。しばらくはユニオール村を拠点に?」


「そうだよー。来たばっかりだからね」


「じゃあまた会うこともありそうだ。その時はまたよろしくな」


「ええ、あなたにはちょっと興味があるし、また機会があれば……」


 俺に興味……? まさか本当に……いや、ないか。

 ――こうして、俺は二人と知り合った。

 この時まではもしかしたらもう会うことはないのかもしれないとも思っていた。

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