第15話:新米冒険者、ジークを助ける
時刻はまだ十一時。ミリアが添い寝していた騒動で普段より早く目が覚めてしまったので、彼女たちが想定していたスケジュールよりも早く進行していた。
この後は商業地区の色々なお店でウィンドウショッピングをしようとはしゃいでいたが、いったい何時間やるつもりだ……?
目当てのお店を探し求めてふらふらと歩いていると、珍しい人を見つけた。金髪の爽やかなイケメン男。スカした感じをしているが、不思議と嫌味はない。
「ジークさん」
俺は思わず足を止めて話しかけた。
ジークが立ち止まっていたのは、小洒落た喫茶店。この村で一番人気の店のように装飾ゴテゴテといった感じではなく、自然と品が出ている。
行列ができるほどではないが、いつでも数人の客が絶えないと人気はある。
そんなところで手持無沙汰の男が一人で立ち止まっているのは、少し目立っていた。
「えーと確か……シオン君ですか。皆さんお揃いで」
「誰かと待ち合わせなのか?」
「いえ……そういうわけではないんですが」
きまりが悪そうに頭をかくジーク。
「そうですね……じゃあ、笑わないで聞いてもらえますか?」
聞いたら笑ってしまうようなことなのか……? よくわからないが、「ああ」とだけ答えて首肯する。
「実は……二週間ほど前にここの喫茶店に期間限定で珍しいメニューが追加されたと聞いて。パ、パフェと言うんですけど……」
「パフェ? ……聞いたことのない食べ物だな。お前らは知ってるのか?」
後ろに勢ぞろいしている三人に訊ねてみる。
「シオン知らなかったの!? チョコとかアイスとか……なんか色々入ってて美味しいんだよ! 食べたことないけど!」
「さすがの私でもそのくらいのことは知っているわ。嫌でも噂が耳に入ってくるもの。美味しいらしいわよ、食べたことはないけれど」
「なるほど、では知らないのは私とシオン様だけということですね」
「あ、あれれ? ちょっと記憶が……ぱふぇってなんだっけ?」
「私もちょっとド忘れが……歳ね」
う、嘘くせえ……。仲間だからってそんなところまで合わせなくていいんだぞ?
「とまあ、それはともかくそんなに美味いのか。期間限定ってことだけど、それいつまでなんだ?」
「今日です」
「って、今日かよ! ああ……それでジークさんも来てたってことか」
「いえ、毎日通ってはいたのですが、まだ食べられてなくて」
「えー、なに? 数量限定とかそういうやつ?」
興味津々そうなミリアが文字通り俺たちの間に首を突っ込んで質問した。
「違います。数は十分に用意されているはず……ですが、ちょっと恥ずかしくて。こういうものって女性の食べ物だと聞いてから委縮してしまって……」
「え、そうなのか……?」
あいにく、俺はその手のモノを食べたことがないのだ。チョコもアイスも確かに女性が好きそうな食べ物ではあるが……確かに屈強な男の冒険者が食べているイメージはまるでないな。
「ほら、僕って結構有名人じゃないですか。一人でパフェを食べていたなんて噂が流れたらと思うと……いや、いいんですけどねソロですし」
「それって一人じゃなかったら……例えば何人かで食べるなら問題ないってことなのか?」
「ええ、それはそうですが……」
話を聞いていたミリアも瞳が期待の光を帯びて、キラキラし始める。
「シ、シオン……提案なんだけどさ?」
「おう、言ってみてくれ」
「ジークを助けるためにここはこう、みんなでそのパフェっていうのを食べに行くというのはどうかな?」
「なるほどな、それは名案だ。シロナとルビスはどう思う?」
「そうね、私もミリアがどうしてもというなら……」
「何か危険があるかもしれませんし、調査は必要かもしれません」
「多分……いや絶対危険はないと思うが、そういうことならジークに協力するとするか!」
なお、俺もちょっと興味があったというのは内緒だ。
「た、助かります……ありがとうございます」
「ま、この前助けてもらったお礼って奴やつかな」
冒険者は貸し借りに厳しい。ジークがその手のことを気にする冒険者かどうかはわからないが、借りは返したという方が都合がいい。
……というのは大義名分だけどな。
◇
人数が多いということで、奥の六人席へと案内された。
三人ずつ向かい合うことで六人座れるという想定なのだが……。
「私は当然シオン様の隣です」
「わ、私だって隣に座るもん!」
「ミリア、抜け駆けは良くないわ」
はぁ、と嘆息して、ジークにすまんと眼で謝る。
ジークは苦笑いを浮かべて、
「シオン君ってモテモテなんですね」
褒めたのか貶したのかよくわからないことを言った。
席順は結局じゃんけんで決まり、奥からルビス、俺、シロナ、ミリアが隣に並ぶこととなった。
三人用を想定されているので、ぎゅうぎゅう詰めだ。一人ジークの隣に行けよ……。
注文を取りにきた店員が若干引いたような目で俺たちを見て、機械的にメモを取って奥に引っ込んだ。
「ミリア、どうして不機嫌なのかしら?」
「別に不機嫌じゃないし?」
……いや、不機嫌だろう。
「っていうか、シオンの隣に座りたいーなんて本当シロナは子どもだよね!」
「そのままお返しするわ。悔しいからって大切なパーティメンバーに暴言を吐くのはいかがなものかと思うのだけど」
この二人の口論は、大体シロナの勝ちで決着する。最後の方は詭弁だったり揚げ足取りが酷くなるのだが、その辺の技術はシロナの方が上らしい。
にしてもよくこれで今まで二人で冒険してたよな。
「いやぁ、なんだか微笑ましいですね」
「そうか? ジークさんも大分変わってるな」
「ええ、僕にも双子の妹がいましたから。あの時は賑やかでした」
初耳だった。ジークは『Bランクのソロ冒険者』という肩書が独り歩きしていて、出身や血縁関係については話題にすら上がっていなかった。結果を重要視する冒険者ならではと言えるかもしれない。
「お待たせしました! 期間限定の特製パフェ五つお持ちしました~!」
と、二人が口論を始めたりジークと話している間に人数分のパフェが届いた。
ガラス製の容器に入った特製パフェは一つ当たり千リル。やや高額だが、人気があるのもわかるくらい見た目が綺麗で、ボリュームもしっかりあった。
底には旬の果物が埋まっていて、その隙間を埋めるようにアイスクリームが詰まっている。上部にはたくさんのお菓子が盛り付けられ、チョコソースがかかっている。期待以上に食欲をそそられた。
「じゃあ、早速――」
スプーンを手に取り、てっぺんのアイスとお菓子を一緒に食べる。
うまい。お菓子の甘みとひんやりとしたアイスクリームがしっかりとマッチしていて、最高に美味い。チョコソースも初めての味だが、嫌いじゃない。むしろ、これ単品でも食べたくなるほどだった。
ふと隣のルビスを覗くと、それはそれは美味そうに、シロナはどうにかして崩さないようにと必死に工夫して、ミリアは口にアイスクリームをひっつけて食べている。――満足そうでなによりだ。
「美味しい……! こんなに美味しいならもっと早く食べとけばよかったよ!」
「二週間だけというのが惜しいくらいだわ」
「なるほど……人気があるというのも納得です」
それなりのボリュームがあったのだが、すぐに平らげてしまった。
その後は俺とジークはコーヒーを、ミリア、シロナ、ルビスの三人はミルクティーをそれぞれ追加で注文した。
「そういえば、皆さんは四人のパーティなんですよね」
唐突にジークが訊ねてきた。
「ああ、俺とルビスが入れてもらうって形でそうなったな」
「明日はユニオール祭がありますが、皆さんは出場するという感じですか?」
「ユニオール祭? すまん、俺もそんなに長くいるわけじゃないんだ」
「私も知らないよー」
ミリアが知らないということは、シロナも。当然ルビスも知らない。
「冒険者ギルドと騎士団が合同で主催する年に一度の大会ですよ。こういう中規模の村では外から人を集めるためにそういう企画をやることはそれなりにあるようです」
「なるほど……ギルドと騎士団の合同ってことは大体想像できるが、どういう内容なんだ?」
「この村を拠点に活動している冒険者と騎士団五人以下のパーティが戦い、優勝を競うというものです。優勝パーティにはマーガソレス島の狩場一日占有権が与えられるそうですよ」
「マジかよ……マーガソレス島って言えば魔物が内包する経験値が異常なほど多くて一日もあれば劇的に強くなれるって話じゃないか」
それだけに冒険者の殺到を抑えるため王国によって入場管理されていて、一日に一パーティしか入場できない。その占有権は高額で、たった一日の権利が一千万リルで売られているのだとか。
「なるほど、それは良いな……」
「参加自体は無料ですし、何かクエストを受けているのでなければ行ってみるといいですよ。対人戦闘の経験も積めますしね」
「一つだけ気になることがあるんだが、五人以下ってことは四人だと不利にならないか?」
「それは……確かにそうです。でも四人のパーティが優勝した前例もありますし、可能性は十分にあるかと」
この村にはBランク冒険者は数えるほどしかいないが、Cランクはそこそこの数がいるし、冒険者学校卒業生の成績優秀者――騎士団の連中はかなり強い。徒労に終わるという可能性も十分にある。
「あっ、でもジークってソロなんだよね? じゃあ一緒に戦ってくれたら五人にならない?」
ミリアが突拍子もないことを言い出した。
「いや、それはさすがにな。ジークさんにも色々事情ってもんがあるだろ」
ジークはずっとソロを突き通している稀有な冒険者だ。普通に考えれば、何かやむにやまれぬ事情があるのだろう。一時的にとはいえ、そう簡単にはいと答えるわけがない。
――そう思っていた。
「僕が皆さんのパーティに?」
「うん、優勝したらジークもマーガソレス島行けるよ?」
「なるほど……それは魅力的な提案です。……そうですね、明日はもともと休みのつもりでしたし、迷惑にならないのであれば厄介になろうかな」
……え、こんなにあっさり引き受けるのか?