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第13話:新米冒険者、回復する

 なんだ……? 柔らかいものがあるな。

 俺の右手がふにふにと柔らかくて、かつ弾力のあるものを触っている。すべすべしていて、適度に温かい。ちょうど、人肌くらいの……いや、人肌!?


「……っ!」


 寝ぼけた頭が一気に覚醒して、すーっと冴えわたる。

 見たいような見たくないような……相反する感情を抱きつつ、両目を開く。


 正確な時刻は時計を見ないとわからないとして、窓からはほんの少しだけ朝日が差してこんでいた。薄暗い部屋の中。俺は、いつの間にかベッドで眠っていたらしい。


 昨日は確かダンジョンをなんとかクリアして、村に帰ったら……何してたんだっけ。

 そこまでで記憶が消えていることに気づいた。

 あの時は疲労と痛みで限界だった。あのまま村の中で倒れていたのだとしたら、親切な人が宿まで運んで……いや、ないな。


 通行人が宿まで運んでくれるはずがない。……ということは、パーティの誰かがここまで運んでくれたのか。


 そこでふと、右手のふにふにした感触の正体を発見する。

 南国の果実のように豊かな双丘――その片割れに触れていたのだった。……つまるところ、おっぱいをもみもみしていたのだった。


「――――っ!」


 声を出してしまわないよう自制し、そっと手を放す。

 ……おっぱいをもみもみしていたというだけでかなりの問題はある。あるのだが、『誰の』という部分はもっと重要なことだ。


 釘付けになっていた視線を、胸部から頭部へと運ぶ。

 そこには、パーティメンバーで大切な仲間である金髪の少女――ミリアが寝息を立てて眠っていたのだった。


 宿泊費を節約する関係で、男女混合の部屋で夜を越すことになっているのだが、部屋に一つだけあるベッドは四人で交代して使う決まりになっている。


 本来の順番は、ミリアだった。だからミリアがベッドで寝ていること自体は何もおかしくはない。そこを問い詰めるつもりは毛頭ない。


 ……しかしだ、気を利かせて俺をベッドに寝かせたうえで、添い寝する形になっているというのはややアレなんじゃないだろうか。


 シロナとルビスは床で毛布をかけて眠っている。今起きているのは俺だけだ。

 ここはそっとベッドから離れて……と、起き上がろうとした時だった。


 ぐっすり寝ていたミリアが俺にのしかかり、動けなくなってしまう。

 顔に吐息がかかり、胸が押し付けられて……死にそうだ。幸福的な意味で。

 普段から寝相が悪いのは知っていたが、何もこんなタイミングで……!


 こんな場面を二人に見つかったら殺される! 身体に危害を加えられなくても冷ややかな目線だけで精神崩壊を起こしてしまう!


 そうだ、ミリアを起こそう。二人だけの秘密にしてしまえば、シロナとルビスにはバレない。

 俺は、密着した状態で腕を伸ばし、ミリアをトントンと軽く叩く。小声で、名前も呼んでみる。……しかし、起きない。


「むにゃむにゃ……まだ眠いよぉ……」


 ミリアの寝言。


「おい、朝だぞー」


「むにゃむにゃ……朝じゃないよぉ……」


 こいつ……。


「そこ、虫いるぞ」


「う、嘘だよね!? きゃああああああ!?」


 ミリアが飛び起きて、俺から離れる。興奮気味で辺りをきょろきょろと見まわしていた。


「ふっ嘘に決まってるだろ?」


「ああああ!? シオン騙した! 性格悪いよ!」


「狸寝入りしてるやつがいたから起こしただけだ。文句あるか?」


「た、狸寝入りじゃないよ! そ、そんなことよりも……シオン胸触ったよね!」


 なるほど、こっちで責めて来たか。


「よくよく考えれば、俺は壁際を向いて寝ていた。逆サイドのミリアの胸を触るのは不自然だと思うんだけど、それはどう思う? 例えば俺の手が誰かの意思で勝手に伸びていった……とかな」


「や、やめてよおおおお! 私が悪かったから! あれはちょっとした出来心で……」


 あっ、ゲロった。カマかけただけなんだけど、本当だったのか。それにしてもなんでそんなことを?


「んん……あれ? シオン起きてたの?」


「あ、ああ……シロナ。今起きたところなんだ。おはよう……」


 ヤバい……ミリアを隠さないと。シロナが寝ぼけてるうちに……。


「シオン様……お目覚めでしたか!」


 こっちも来たああ!?


「え、ええとだな……これは……」


「どうかしましたか?」


 ミリアが俺と同じベッドにいるというのに、二人に動揺の色はない。もっと大げさに騒ぐかと思いきや、そんなことはなかった。

 慌てる俺を見て、隣のミリアは愉快そうに笑った。


「エルフの身体には、癒しの効果があるの。それで、手を握って寝るってことなったから……みんな知ってるよ?」


「それを早く言ってくれ……」


 通りで、昨日の戦闘で受けた傷や筋肉の痛み、疲労感は奇麗さっぱりなくなっていた。普通なら一週間くらい悩み続けることになるのだが、触れているだけでこれが解消されるなんて。エルフはなんて良いカラダをしているんだ。


「それで、シオン。身体の方はどんな感じ?」


「おかげ様でもうバッチリ動くよ。疲労も痛みも綺麗に取れてる。むしろいつもより元気かもな」


「良かった……!」


 ミリアがは安心したらしく、ほっと静かに息を吐いた。

 エルフの身体に癒しの効果があるということ自体は疑いようのない事実だが、それってあんなことまでする必要あったのか?


 いまさら皆の前で聞くこともできず、疑問だけが残った。


「って、もうかなり寝ちゃったよな……。ギルドへの報告は?」


「昨日のうちに三人で行ったわ。ちゃんとシオンの分の報酬は確保してあるから安心して」


 シロナがストレージから麻袋を取り出して、俺に手渡す。

 このクエストの報酬は百万リル。それを四人で割ったら二十五万……そう考えると、ちょっと重い気がした。


「シオンの貢献度は五十パーセントとしたわ。均等割りなんてとんでもないもの」


「良いのか……?」


「みんなで話し合って決めたことよ? もし割合が低いっていうならまた考えるけど……」


「い、いや十分だ! ありがとう。……それで、昇級の方はどうなった?」


「あっ、それは私が預かってます」


 ルビスは、慣れない手つきでストレージからアイテムを取り出す。俺が知らない間に、ルビスもストレージをどこかの商店で購入していたようだ。


 取り出したのは、紫色に輝くバッジ――Dランク冒険者であることの証明だ。


「どうぞ」


 ルビスからバッジを受け取り、装備のスロットに付けておこう――と思って気づいた。

 ……あれ? 俺、着替えてる?

 まさか寝巻のままぶっ倒れていたわけではあるまい。それに、こんな寝巻は持っていなかったはずだ。ストレージ内のアイテムを勝手に出し入れするのはマナー違反だから、どこかで買ってきてくれたのか……?


 いやいや、それよりも気になるのはどうやって着たのかということだ。


「…………」


「あ、シオン様の装備は向こうに置いてありますよ」


「そ、そうか……ありがとな」


 もう、詮索するのはやめよう。恥ずかしくなってきた。村のどこかでぶっ倒れた俺を宿まで運んで、着替えまでさせてくれていたなんて……俺、赤ん坊かよ。


「ギルドにはいつ行くんだ?」


「ギルド……?」


 ミリアが、オウム返しに訊ねてくる。


「クエストってもんは毎日受けるもんだろ?」


「ええ……? 今日と明日は休みだよ? うちのパーティは完全週休二日制」


「な、なんだそれ……!」


 そんなの、大手パーティや騎士団の待遇じゃないか。年に五日休めれば良い方で、毎日クエストを受けるのが正しい冒険者の姿である――レイジの洗脳を受けてきた俺にとっては、なかなか衝撃的な事実だった。

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