第12話:新米冒険者、窮地を脱する
痛む身体を労わる余裕もなく、俺は剣を握りしめる。ミスリル・ソード……蒼く輝く剣がいつにも増して光っているように感じた。
既にこのボス部屋は半分ほどが崩落し、もうすぐ出入口も崩壊する。俺にできるのは、ヘルハウンドをここから出さずに、相打ちに持ち込むこと。
スーっと息を吸って、跳躍しようとする。
その刹那、妙な浮遊感を覚えた。
「……え?」
何か動くものに乗っている。その『何か』の正体に気づくまでにほんの少しの時間がかかった。
「ル、ルビス……なんでまだいるんだ!?」
半竜半人のルビスが、俺を背中に乗せていたのだった。ミリアとシロナの二人と一緒にダンジョンの外に向かっていたはず……。
出入口が崩落しそうになる。その間を縫って、ギリギリのところでボス部屋の外に出ることができた。ヘルハウンドは瓦礫の山に閉じ込められ、俺たち二人はまだ生き埋めにならずに済んだ。
まだ助かった――わけではない。既にダンジョン全体の崩落は始まっているので、今すぐにでもここをを脱出しないことには、地下二層か地下一層で埋まってしまう。
そんな危機的状況だというのに、ルビスの声はどこか落ち着いていた。
「……まず、謝らせてください。私はシオン様の企みを知っていました」
「……本当か?」
「はい。シオン様が相打ちに持ち込むだろうことを知っていながら、その場を離れたのです。それが最善の方法だと思ったからです。……しかし、結果的にシオン様を騙す結果になりました」
このダンジョンに向かう道中に、竜族は高い知性を持つ――そうルビスは言っていた。俺の浅い考えなど全てお見通しだったってことだ。
ルビスは、俺の作戦を全て知ったうえで、協力してくれていたということになる。
「俺の方こそ悪かったよ。先に騙したのは俺だ、ルビスは悪くない」
「いいえ、シオン様のおかげでミリアとシロナは脱出しました。この大きさでは全員を運ぶことはできませんし、あの魔物に追われていたことは明白……最善の一手だったと思います。シオン様が謝る必要はありません」
「だとしても、ルビスが謝るなら俺も謝る。ルビスが謝らないなら俺も謝らない」
「……ズルいです」
「俺はズルいんだよ。前のパーティのリーダーがそうだったんだ」
「……わかりました」
通路の幅ギリギリで高速飛行するルビス。俺はそれに捕まり、ときどき落ちてくる瓦礫を初級魔法で吹き飛ばすくらいのことしかしていない。
「……意外と速いんだな。この状態でも」
「これでも半減してますけどね。でも、諦めたわけではないですよ。シオン様は十分頑張りました。後は私に任せてください」
地下二層を上り、地下一層の通路を軽快に飛んでいく。落ち着いた頃に襲ってくる強烈な痛み。唇を噛み締めながら、ただひたすらにルビスを信じて振り落とされないよう掴まっていた。
俺の計算が甘かったのか、ルビスの速度が想定より速かったのか、地下一層はまだ完全には崩落していない。このままなら脱出できるかも……そう思った時だった。
脱出寸前という時に天井に亀裂が入り、瓦礫となって崩れ落ちてきた。
俺の力では、小さな瓦礫を吹き飛ばすことくらいしかできない。
地上へと繋がる光……そこに届かない。あと少し、あと少しなのに……。
「止まれえええええええ!!!!」
力の限り、天井に、瓦礫に向かって叫ぶ。――意味なんてないのに。
だが、次の瞬間。俺の叫びに呼応したかのように、天井の崩落がぴたりと止まった。瓦礫の一切が静止して、まるで時が止まったかのように見える。
呆気に取られている間に、俺はルビスの背中に乗ったまま地上に出ていた。
光源球みたいな弱い光じゃない。太陽が差す強烈な自然光。暗い洞窟で死ぬのだと思っていた俺が、眼が眩むほどの光をもう一度感じることができた。
しばらくすると、目が慣れてきてしっかりと目の前が見えるようになった。
ダンジョンがあった場所――更地は地上の土が完全に飲み込まれて、かなりくぼんでしまっている。あれに飲み込まれていたらと思うと、今更ながら寒気がする。
ふと後ろを振り返ると、二度と会えないと思った仲間の姿があった。
「ミリア……シロナ!」
二人は呆れたような、安心したような表情を俺に向ける。
「もう……! 大変だったんだよ? さっきも崩れかけの入り口を魔法で止めてたんだから……」
ミリアが駆け寄ってきて、俺の手を握ってくる。ほのかに温かい。
「……止めたのは私よ。ミリアは何もしていないわ」
「そうか、だからあの時……」
強力な魔法が使えるシロナなら、あれだけの負荷を一瞬とはいえ耐えることができたというのも納得だ。
「ありがとう、シロナ。……それと、ミリアも心配してくれてありがとな」
「うまく助けられたから良かったものの、本当ならそのまま生き埋めになっていたところよ? また一人で無理しようとして……」
「そ、それは悪かったって!」
でも、説教をされても仕方がないくらいのことをしたのも確かだ。三人のためを思ってしたことではあるが、だからといって心配させた事実がなくなるわけじゃない。
俺はミリアの手をそっと離して、その場に立ち上がる。
ともあれ、全員が無事にダンジョンを出られたこと自体が奇跡だった。しかも、崩壊させたもののダンジョンはクリアされ、そこに住む明らかにDランク相当ではない魔物まで倒した。
「じゃあ、ひとまず村に戻ってそれからまた説教――……」
全てが解決したのだと思った瞬間、俺は脱力した。よろよろと地面にへたり込む。
身体が重い。……かなり無理をしたせいで全身の筋肉が張っているのだ。それだけじゃなく、疲労と精神的な疲れも一緒になって襲い掛かってきたのだ。
「だ、大丈夫!?」
ミリアが背中をさすってくれる。ありがたいのだが……なんとも情けない姿だな。
「……ちょっと、寝てもいいか?」
「ごめんね、シオン。……まだ寝るのはダメなの。転移結晶を使って、村に帰ったら寝ていいから」
「……すまん、そりゃそうだな」
俺はストレージから手探りで転移結晶を取り出して、それを迷わず使う。
「じゃあ……また後でな」
転移結晶が割れて、帰還が始まる――。
俺は、みんなよりも一足早くユニオール村に帰還した。
出てきたのは、宿から一番遠い帰還地点。
「マジかよ……」
意識が遠のいていくのを感じた。
その後のことはよく覚えていない。でも、起きたら無事に宿屋のベッドで横になっていたということは、三人の誰か――あるいは全員が、俺を運んでくれたのだろう。