第10話:新米冒険者、剣を突き刺す
地下型ダンジョンの最終層であることを示す赤い枠線。地下一層、地下二層と同様にしっかりと安全確認をしてから、下りた。
地下三層は上層と打って変わり、洞窟のような造りになっていた。天井の高さ、横幅は変わらないが、硬い土壁のダンジョンになっている。爪を立ててみると削れる……ということで本物の土壁だ。
変化はそれだけじゃない。
「なにこれ……魔物がいっぱい」
「閉じ込めているように見えるわ」
このフロアには曲がり道が一切なく、端のボス部屋まで直線に伸びている。でも、その両サイドには鉄格子で閉ざされた部屋がいくつもある。その部屋の一つ一つに魔物がぎっしりと詰まっていて、まるで牢獄といった感じだ。
牢獄の中の魔物は多種多様で、スライムやガーゴイル、ゴブリン、オーク、コカトリス、バジリスク……などなど挙げればキリがないほどだった。
「ざっと、合計で一万はいるな。……数えきれない」
「で、でも閉じ込めてあるってことは平気なんだよね……?」
「そう思うか?」
「だって……まさか近づいたら魔物が出てくるとか、そんなことはないよ! きっと、絶対、多分、おそらく!」
「……だといいけどな」
ここにきて、全員の顔が曇った。
一万を超える軍勢を、雑魚とはいえ処理するのは容易ではない。ここは一度冒険者ギルドに戻って経緯を説明し、応援を呼ぶのが正解だ。
特段の事情があればクエストはペナルティなしで破棄できる。……昇級クエストはやり直しになるが、これが一番安全だ。
本来このレベルのダンジョンがDランクに割り当てられていること自体がおかしい。外から見える範囲での魔力で機械的に割り振ったのだろうが、これはギルド側のミスだ。ここは引き返すのがベター。
「シオン様、この程度の敵なら私がなんとかできるかもしれません。一対一の攻撃力はシオン様には及びませんが、数を相手にするのは得意です」
そういえば、ここまでルビスが戦闘に参加したことはなかった。俺が地下一層のボスと地下二層のスライムを倒した以外は、全てミリアとシロナに任せている。
ルビスがどれほど戦えるのか、俺は知らない。
「この数だぞ……? 本当にできるのか?」
「断言はできませんが……おそらく」
「いいじゃない。シオン、やってもらおうよ!」
ミリアは呑気なものだ。俺はパーティリーダーということではないが、ダンジョンを知る者として危険な橋は渡りたくないのだが……。
「私もトライしてみればいいと思うのだけど」
「シロナまでそんなこと言うのか……。分かってるのか? ここでは転移結晶は使えない。失敗したら死ぬかもしれないんだぞ」
「死んでもいい……とまではいわないけど、どうしようもなくなったら逃げればいいじゃない。外に出れば転移結晶が使えるわ」
言われて、上層に伸びる梯子に目をやった。
確かに、下層から魔物が這い上がってくるまでにはタイムラグがある。ガーゴイルなど飛べる魔物は追ってくるだろうが、それだけならなんとか倒しながらでも逃げ切れるかもしれない。ダンジョンの外からなら、ルビスの背中に乗って上空から攻撃すれば、倒しきれる可能性すらある。
……でも、そこまでやる必要があるのか?
他の冒険者に舐められないように。それはもちろん譲れない。だけど、命を失うリスクを冒してまでやらなきゃいけないことなのか?
「大丈夫です。私を信じてください」
ルビスの柔らかい手が、俺の右手を包み込む。
ふとルビスの瞳を覗くと、自信に満ちているのが分かった。
……俺は、まだ出会ってすぐだというのにルビスを過小評価しすぎていたのかもしれない。仲間を信じていなかったのかもしれない。
それに、シロナの言う通り、ダメだったら撤退するという手もある。覚悟を決めるか。
「わかった。……だけど、危なくなったらすぐに教えてくれ。その時はすぐに逃げるからな!」
「わかりました! でも、大丈夫ですよ」
もしダメだったら、その時は俺が囮にでもなんでもなるさ。最後まで足掻いてやる。やっと出会えた真の仲間――みすみす殺すわけにはいかない。
俺は三人を一人ずつ見つめ、脱出ルートをシミュレートした。
ルビスの背中から赤い翼が生えた。
壁の限界ギリギリまで広げると、かなりの大きさになった。
ドラゴン型と人型……どちらか一つではなく、その中間にもなれるのか。
「シオン様、いつでも大丈夫です!」
「わかった! じゃあ……今から俺が炎球をボス部屋に向かって発射する。魔物が出てきたら、全力で攻撃してくれ」
「承知しました」
もし牢の前を炎球が横切っても魔物が出てこないのなら、それはそれでラッキーだ。俺は炎球を手の平に生成し、それをボス部屋の扉に向かって全力で投擲する。
勢いよく炎球が飛んでいく――。
すると、一つ目の牢を横切った瞬間、全ての牢が一斉に開いた。予想は的中したということだ。
「行きます!」
ルビスが叫ぶと同時、翼から大量の針が猛烈な勢いで飛び出した。数千、数万の針が目の前の魔物を切り裂いていく――。
こちらに近づこうとすれば、その瞬間に絶命する。その光景は、立場が違えば地獄絵図だ。
よく見ると、大量の針は赤色をしていた。ルビスの翼が少しずつ、少しずつだが小さくなっているのがわかった。
「ルビス……翼が」
「使ってもそのうち回復するので……気にしないでください」
「あ、ああ……」
戦いは五分ほどでスピード決着を迎えた。
大量の屍が通路を覆っていて、通れないほどになっていた。
「邪魔ね。除けるわ」
シロナが風魔法で屍の山を元いた牢に突っ込んだ。地面は魔物の血で、赤黒く染まっている。
「いや。まさかこれほどとはな……すげえよ」
「シオン様――賢者様の従者ともあればこのくらいできて当然です。決して足手纏いにはなりません」
「ハ、ハハ……そうだな」
俺とルビスがもしあの時戦うことになっていたら、俺は死んでいたのだと悟った。さっきルビスは一対一では敵わないと言っていたが、あれは謙遜だ。ドラゴン……ルビスの力を完全に見誤っていた。
「じゃあ……ボスを倒しに行こうか。ミリア、シロナ。もう大丈夫そうだ。行こう」
「え、ええ……」
「なんか凄かったね……」
二人も、俺と同じでルビスの実力をこれほどとは思っていなかったらしい。それとは対照的にルビスはケロッとしている。
ぴちゃぴちゃと血塗られた地面を歩いて、直進。ボス部屋を覗いて唖然とした。
さっきの攻撃で扉は完全に破壊され、その先にいたボスをも巻き込んでいた。ボスからは魔力を感じられない。絶命しているようだ。
「死んでるんだよね……?」
「ああ、死んでる……だけど、ちょっとおかしい」
「何がおかしいのかしら?」
「ダンジョンの魔力が消えてないんだ。最終層のラスボスを倒したら、ダンジョンは魔力を失う。ボスを倒したはずなのに魔力が消えてない」
「時間差で消えるんじゃないの?」
「いや、これは絶対だ。もしボスが倒されたのに魔力が消えてないってことは……まだどこかに真のラスボスがいる……としか思えない」
「でも、どこにもいないよ?」
「ちょっとだけ集中させてくれ……」
俺は、魔力感知に没頭した。地下三層の雑魚はルビスに倒された。ボスもいない。……ということは、どこかにいるはずの残り一体が真のラスボス。
生存確認できる魔物は、周りにはいない。上には倒していないスライムがいくつか。そして、下は……これか」
俺は、剣を地面に突き刺す。
「ここだ。この下に……何かいる」
「で、でももう下の階はないんじゃ?」
「ない。……だから、下に埋まってるとしか……」
その時だった。
地面が大きく揺れ始める。地中深いというのに、地震が起こった。ガクガクガクガク……と絶え間なく揺れ続け、地割れを起こす。
……そして、その地割れの中から出てきたのは。
「……これがラスボスか」





