第9話:新米冒険者、謎を解く
第二層のフロアは、一つ上と同じく石造りの冷たい空間になっていた。魔力感知で全体像を確認したところ、壁の内側に魔物が潜んでいる……というようなことはなかった。
一般的なダンジョンと同様に、全体にまんべんなく魔物が動いていて、フロアの中央にボスと思しき強力な魔物がいる――そんなところだ。
魔力感知で分かるのは魔物の影がどんなものか、どのくらいの大きさの魔力かというくらいのことで、はっきりと何がいるのかまではわからない。
「……魔物が近いな」
「どこにもいないよ?」
「さっきのガーゴイルのことを忘れたのか? 魔物はどこにいるのかわからないんだ。気を抜いたら襲われるぞ?」
「ちゃんと見てるって! ほら、どこにも……って、なにこの水たまり?」
光源球の近く――俺から一メートルほど離れた場所。ミリアの目線の先には、確かに水たまりのようなものがある。
「あー、それな……離れた方が良いと思うぞ」
「なんで?」
「それ、魔物」
「うそ……ってキャアアアア! なにこれ! 気持ち悪いよ!」
水たまりが突然動いて、ミリアに引っ付いて離れなくなってしまった。魔力自体はさっきのガーゴイルよりも弱いくらいなので、襲われてどうなるというものではない。
ないのだが……胸やお尻、下腹部とピンポイントに張り付いていて、なんというか……妙にエロい。
「それはスライムだ。フィールドではあんまり見ないかもしれないけど、ダンジョンでは頻出する。確かその粘液に触れると服が溶けて……あっ」
「あっ、熱いの! 嫌なのに……どんどん熱くなって、溶けちゃいそう!」
「ま、紛らわしい言い方するんじゃない! ってそんなことよりもう服が溶け始めてるぞ!」
「ええええ!? ほんとだ! シオン助けてええええ!」
「……哀れな子ね」
「注意不足でシオン様のお手を煩わせるとは、説教が必要のようです」
シロナは蔑みの眼を。ルビスは……なんかちょっと羨ましそうに見ていた。
ミスリル・ソードを鞘から抜いて、左手に持つ。スライムはミリアにぴたりと張り付いてるので、剣でそのまま攻撃すると巻き込んでしまうかもしれない。
だから、まずはスライムを剥がす作業からだ。
「今すぐ剥がしてやるからもうちょっとの辛抱だ」
胸にはりついたスライムを剥がし始める。胸とスライムの間に指を押し入れて、力強く引き離す。
「あ……あぁ! ど、どこ触ってるの!?」
「見りゃわかるだろ! 我慢してくれ。変な声を出すな!」
俺だって本心ではやりたくないのだ。でも、これは仕方がない。魔物に襲われた仲間を助けないような冷淡さを持ち合わせていないのだ。
スライムと初めて遭遇したシロナやルビスではうまく対処できないだろうし、ここは俺がやるしかない。
そう、これは仕方がない。
まったく楽しくないが、仕方なく機械的に胸、お尻、下腹部と順番に剥がしていった。全ての部分を剥がしてスライムを独立させると、俺は剣を一閃。スライムを倒した。
ミリアのローブはところどころ溶けてしまい、ボロボロになってしまっている。恥ずかしそうにその場に蹲り、死んだ目でぼそぼそと呟いた。
「うぅ……ありがとうシオン……でも、もうお嫁にいけない……」
「そ、そんなことはないぞ……! 大丈夫だ!」
つい、無責任な言葉をかけてしまった。
「それって……もしかしてシオンが……? そ、そっか……なるほど、シオンなら……」
どういうわけか、ミリアは一変して元気になった。瞳に光が戻り、いつものミリアになる。
なにはともあれ、立ち直ってくれてよかった。
「じゃあ、気を取り直して……あ、あれ?」
なぜか、シロナとルビスが笑顔で俺を睨んでいた。……俺、なんかやっちゃった?
◇
その後はスライムを警戒しながら足を進め、フロア中央まで辿り着いた。そこには大きな壁が立ちはだかっていて、一か所だけ扉のようなものがある。
その扉の前には、奇妙な石板のパズルがあった。
全五十個のピースには奇妙な文字が書かれている。
「なにこれ……読めないわ」
「これは多分古代文字だな。……一度村に戻って鑑定を依頼するか、扉をぶち壊すのがセオリーかな」
「さっきみたいにシオンが壁を壊せば簡単に入れるね」
ミリアがはしゃぐが、そんなに簡単なものではない。
「俺の剣では本物の石を斬るのはさすがに無理だと思う。シロナの魔法なら扉を壊すことはできるだろうけど……それは最終手段だな」
「どうして?」
「ダンジョンの仕掛けっていうのは、想定された通りに解除しないと大変なことになることも多いんだ。例えば……このフロアにいる全部のスライムが一斉に襲い掛かってくるとかな」
ミリアがおぞましいものでも見たかのように、肩をぶるっと震わせる。つい十分ほど前にあんな目にあってたら、それがどういうことか想像できるのだろう。
「シオン様」
「どうした、ルビス」
「賢者の瞳は、この世の理を見通します。シオン様なら、きっとその文字も読めるかと」
「そうなのか?」
「……そのはず、です」
歯切れの悪い返事をするルビス。確信は持っていないということか?
まあいい、最悪の事態でも女性陣の服が溶けるだけのこと。う、嬉しくはないが我慢できる範囲のことだ。
関係ないけど……そういえばルビスって服着てるんだろうか?
ハラスメントに当たらないならそのうち聞いてみよう。
「……よし」
一見しただけでは、何が書かれているのか、何を意味しているのかまったくわからない象形文字。右眼を閉じて、左眼だけに集中する。
ジーっと見つめていると、ルビスの言った通り何が書かれているのか、なんとなく理解できるようになってきた。
ただ、理解できるものと理解できないものがある。
全五十個中、四十個以上は理解不能な文字列だ。
明確に理解できる文字はたったの五個。
『け』『ひ』『ご』『ら』『ま』。
……いや、待てよ? もしかしてこれって……。
「一度試してみるよ」
パズルのスロットに、さっきの五文字を入れ替えて並べた。
『ひ』『ら』『け』『ご』『ま』。
意味が通じる文字列ではあるが、さて……。
最後のピースをはめると、固く閉ざされた扉がキィと音を立てて開き始めた。
「開いちゃった!?」
「シオン……本当に解読しちゃったの!?」
「や、やはりシオン様はさすがです!」
扉の先には、地下一層と同じく広い造りになっていた。その中心よりやや後ろに、巨大なスライムが王様気取りでちょこんと座っている。
「あ、あれが……! みんな、これは私にやらせてね。これは、私がやらなきゃいけないと思う」
ミリアが忌々し気に巨大スライムを睨む。さっきの恨みがふつふつと沸いてきているのか……。特別強い魔力は感じないので、ミリア一人でもどうにかなるはずだ。
「わかった。任せるよ」
ミリアは首肯し、新緑の弓に三本の矢をつがえる。
……ほう。普通の冒険者が放てる矢の数は一本。手練れの冒険者でも二本といったところだ。三本同時に放てる冒険者なんて聞いたことがない。
十分な魔力が込められた矢が放たれ、巨大スライムに襲い掛かる。
苦しそうにもがくスライム……かなりダメージが入っているみたいだ。
「まだまだいくよ!」
三の倍数で次々に矢が放たれ、四回目で巨大スライムは倒れた。
「……さすがと言うべきか。色々と凄いな」
「だって弓はエルフの誇りなんだもん。誰よりも巧い自信があるよ」
ミリアは嬉しそうに弓を撫でた。
地下二層のボスは倒された、ということで次の階層なのだが……地下へと繋がる中心の穴に、赤い枠線が描かれていることに気づいた。
「どうやら、次でラストみたいだ」





