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人生詩集(3)  作者: 多谷昇太
3/8

田沼町

都会から逃れて北へ北へと

ボロ車で走って来た。

就職先の寮に荷を置いて、

夜食を買いに表へと出る。夜の田沼町…。

ふり仰げば寒々とした月が中天にかかり、

山おろしの冷たい風が、都会の薄着のままの俺の肌を、容赦なくふるわせる。

知らない町、遠い里…。

通りがかりのお屋敷から犬が怪しんで俺に吠えかかる。『はいはい、いま行くよ…』

俺はどこでも異邦人、川崎でも、田沼でも、

そしてあの…ヨーロッパでも。


道を過る婦人あり、「あの、ちょっと…」

弁当屋の場所を尋ねる俺に思いも寄らぬ、

親切極まる道案内と結構な差し出しもの。

法事か何かの帰りだとかで、土産の折詰を「よかったらどうぞ」とばかり、

見ず知らずの俺にくださるのだと云う。

一瞬心細さと寒さを忘れ、人のぬくもりを、

化石のような心の中に甦させられた。

しかし俺のマルドロールなりを知ったなら…?

ふふふ、つまらぬことを…


都会の車上生活からやっと摑んだ寮住いの、

畳の上の生活。嬉しくて涙が出そうなほどなのに、

しかしそれをすら冷笑するマルドロールが、俺の中に…まだいる。

人と社会を認めず、自分の価値さえ認めない、いっさいを信用しない、冷たい魂…。

それに呼応するように、人のほとんど通らぬ夜の街で、冷え冷えとした悪意がうごめく。

「知っているぞ、おまえのことを。この町からもすぐに追い出してやる」と、

そう田沼町全体が宣言しているようだ。


いったいどこまで逃げたらこの悪意から逃れられるだろうか?

排斥と差別のない、‘みずからの’心の果てにある、同邦人の住む、その国に行き着けるだろうか?

田沼の月はきっと、

行く先々でかかり続けるのに違いない。

もしかしたら…

あの見知らぬ婦人が差し出した折詰を、

ただありがたく受け取ればいいだけのこと…? なのかも知れない。

しかしマルドロールは頑なにそれを拒み、

代りに呪詛の和歌をば一首、街に差し出したのだった…


〃田沼町、北へ逃れて見る月ぞ怪しく冴えて犬奴の吠える〟

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