埃の下の命
無人の廃墟のようなアパート。
その一室に入る。夢の中でのことだ。
そこは昔の、子供の頃のぼくの住まいで、
何十年という時の埃に埋もれながらも、
心の中ではしっかりと、消えることなく、残存してくれていたのだった。
忘れてしまっていた数々のよきものが、
思い出の品々が、埃の下から愛らしいメロディを奏ではじめる。
メランコリーの?ノスタルジアの…?
然り。否定はすまい。
ぼくはもう年老いているし…。
でもひとつだけ奇妙なのはそこが、
つまりアパートの外の世界が、
ヨーロッパだということ。
ぼくは若いころ人生をかけて渡欧し、
絵描きに、詩人になろうとした。
無謀にも人間存在の意味を、人生の意義をさぐろうとした…。
しかし夢果たせずに帰国し、
そのまま無為の人となっていたのだった。
あれから長い年月が経った。
もうすべては、
とうに終わってしまったはずなのに…?
しかし忘却の埃の下では、
命が、まだ息づいていた。
ぼくの中のよいものをしっかりと守って、波動を送り続けてくれていたのだった。
ぼくの命は、魂は、今もヨーロッパに居て、
「なにくそ、このままでは国に帰れない。ぼくは、必ず、ここで…」と、
気負い続けていたのだった。
わかったよ、魂よ。
君は生まれ故郷のアパートに、
ぼくの原点に、舞い戻ってくれていたんだね。ヨーロッパをともなって。
年を取ったのはぼくの身体と意識だけで、
魂が老いることは、負けて投げ出すことは決してなかった。
ぼくは、この積りに積もった埃をはらいのけて、もう一度、
そしてこんどこそいつまでも、
君とともに歩み続けることとしよう。
〔※年月定かならず。六〇前後の未だ無明の中で〕