19話 メリア湖
「ラピス、力を貸して…」
自分の体を流れる魔力とラピスを結び付け、水の力を借りる。
意識を集中し、一歩足を踏み出した・・・小さな波紋が広がり、その足が沈まないことを確認してから更に数歩前に歩いていった。
そう、ここは湖の上。人の力だけでは歩くことが出来ない水の上を歩いている。
足元の力はそのままキープし、両手の魔力は別にコントロールする。
湖の水を自分の意思で引き出し、紐のような形で体の周りをふよふよと浮かせた。
以前であればこのくらい呼吸をするのと同じくらい簡単なことだったのに、今の僕ではこの集中力が切れた瞬間水中にドボン、だ。
ゆっくり漂っている紐の移動速度を速めたり、範囲を広げたり…水の量を増やしたりして負荷を強くしていくと、身体も重くなっていく。
その結果・・・
“ドボンッ”
足元が不安定になって、湖の中に落下した。
もう一度水の上に立ち上がる気力もなく、洋服を着たまま泳いで陸へとあがる。
「・・・10分ちょい。だいぶ長くなってきたね」
手元の時計を覗き込んでいたハルカが湖の上にいることが出来た時間を告げてくれる。
このメリア湖に到着してから何度も挑んではこのようにびしょ濡れになって戻ってくるのを繰り返していた。
無詠唱でラピスの力をどこまで引き出せるか、その限界を確かめながら水の力と同調して鍛錬していたのだ。
「ラピス、乾かしてもらえる?」
「はい、マスター」
本当は火の精霊を使った方が簡単に乾くのだが、今手持ちはラピスラズリだけ。
少し面倒ではあるが、服や体の水分を分離し、飛ばしてもらう形で対応してもらっている。
「ハルカもやってみたらいいのに」
あっという間に体も服も水に濡れる前の状態に戻り、休憩する為に腰を下ろす。
サウス・エリアからイースト・エリアに移動してきた僕らはすぐにこのメリア湖を目指しやってきた。
湖の側にある町で宿を取り、休憩もろくに取らないままここで鍛錬をしている。
とはいっても、ほぼ僕が1人でやっているみたいなものだが・・・
キースはこちらの様子を伺いながらも湖のほとりで真面目に剣を振っているが、それだけ・・・ハルカは完全に休憩の状態で、こうして僕の鍛錬を見ていてくれていた。
「術を発動していいならそのくらい簡単だけどさ。魔力操作だけでやれってのはね・・・水とは相性悪いんだよ」
火の属性を持つハルカにはこの鍛錬はハードルが高いようである。
「それに私は水と氷のAランクの精霊がいないからね。旅の疲れが取れたらこの辺りの鉱山で発掘をしようと思っている」
手持ちの精霊を増やして戦力強化も大切なことである。
「鉱山・・・か。普通のやり方では無理かと思うけど、やっぱ行ってみるべきかな」
もう少しラピスで色々できるようになってからでないと上位の精霊が出現する鉱山は厳しいと思われるので、様子見がてらだが・・・ハルカについていくだけなら、まぁ出来るだろう。
「・・・ちょっと、湖の上で休んでくる」
休憩を終え、再び湖の上に移動する。
しかし、今度は手と足で別の動きをすることをやめてウォーターベッドのように体全体を湖の上に置き、全身で水の気を纏う。
不思議なことに水に触れているのに、こうしてうまくコントロールすれば自身が濡れることはない。イメージ的にはぷよぷよした何かの上に膜を張って、寝転がっているような感じ。
瞳を閉じて、染み渡る水の気の心地よさに身体を委ねていた。
「・・・・えっ」
突然、背中を引っ張られるような感覚がしたと思ったら、身体が落ちた。
視界は湖の中に移り、水底に向け意識が沈んでいく。
「マスター!」
それに気づいたラピスがすぐさま水中に飛び込み、僕を追ってきてくれる。
ゆっくり視線を水面に向けると、そこには僕の身体が見えた。
・・・引っ張られたのは体そのものではなく、精神体の方だったということである。
耳を澄ませると意識の側ではくすくすと笑い声が聞こえてきた。
それも1人ではなく複数存在している。
『あなた、人間? それとも・・・』
『水の妖精たちか・・・』
精霊とは異なり、魔の力も持っている妖精は自然界でひっそりと存在し、たまにこうしていたずらをしてくることがある。
精神体の状態だからこそこうして思うだけで思念が相手に伝わる。
『驚かないんだ?』
『驚かないね、人間なのに』
『人間なのに?』
人のことはお構いなしで妖精たちは好き勝手に囁いている。
魔力で包んでいた体はとりあえず沈んでいないようだが、長時間このままだと魔力も切れて体は水に落ちるだろう。意識のない体はそのまま溺れかねない。
『ラピス、追い払うよ』
【水流操作】
水中に渦を生み出し、妖精たちに向けて解き放った。
殺傷能力は低い術だが、追い払うだけならこれで十分だろう。
『キャー、キャー』
『逃げろー!』
妖精は精霊のように強い魔力は持たない。言うなれば少し術が使える人間からすれば脅威でもなんでもないのだ。
気配が感じられなくなったところで、自らの意識を水面に向けて移動させ、体を目指す。
泳いでいる、という感じではなくすいーっとウナギのように上っている気持ちになる。
意識を体に重ね、魔力でコーティングさせながら切れた部分を繋ぎ合わせる。
普通の人間だったらこんなことそうそう起こらないだろうが、以前師匠の元で修行をしていた際にはよく引っぺがされてこうして自力で戻るということもしていたので、魔力が少ない今は多少手間がかかるとはいえ難しいことではない。
ゆっくりと瞼を開けると、それは精神体ではなくちゃんと自分の身体だった。
「・・・まったく、いたずらにも程がある」
「マスターの精神体が分離しやすいからだと思いますが・・・」
おそらく妖精たちも精神体を引っ張り出そうとした訳ではないだろう。ちょっと人間を引っ張って驚かせるくらいのつもりが、つるりと中身が抜け落ちてしまったのだ。
「とりあえず、体と精神がまだブレてるから湖での鍛錬はここまでにしよう」
水面に立ち上がり、そのまま歩いてハルカたちの元に戻る。
「あれ? もう終わり?」
「ちょっとアクシデントもあったし、ここではもう終わりにする」
そう伝えると剣を振っていたキースも鞘に納め、こちらに近づいてきた。
「じゃ、少し早いけど宿に戻るとしますか。この地域の料理といえばやっぱり魚かな~」
ハルカは呑気に夕飯のことを考えている・・・
メリア・シティ、そこは湖の魚料理がとても有名な町でもある。ハルカ程ではないにしろ、食事は楽しみのひとつでもある。
「明日は発掘にいくの?」
「そのつもりだけど、クイナもいく?」
キースに視線を向けたところ、彼は発掘現場には同行しないようで首を横に振っていた。
「鉱山のレベルにもよるけど、ついていこうかと思う」
「それじゃ、夕食の時にどこに行くか相談しよう」
頷きながら、3人で町の方へ歩き出す。
日はまだ高いが、この時期暗くなるのも早い。町につくころには夕暮れ時だろう・・・
明日は鉱山であるならば体力・魔力はしっかりと回復させておいた方がよい。
夕飯を食べて打ち合わせをしたら、早めに休みとするか。
まったりしていますが、一応ちゃんと鍛錬してます。
クイナ君の身体がつるりんとしやすいのには一応理由があるんです。きっと物語が進めば解明される・・・はず!




