17話 無事回収
「クイナ、大丈夫…?」
北の森を出たあと転移装置が設置された都市に戻り、サウスエリアまでの転移装置を借りて移動した。
それぞれの国が許可した人間だけが使える特別なものだが、今回は急ぎの案件の為往復の手配をしてもらっていた。
「少し慣れてきた・・・けど、気分は悪い」
師匠もといアスに一部魔力を封じられたせいで、体の調子まで悪くなってきている。例えるなら激しい揺れのある船の上にいるみたいにくらくらしていた。
その上、ラピスが側にいるので体を巡る少ない魔力すら吸われている状態だ。
「私が更に負担を掛けてるんですよね、マスターごめんなさい」
肩に座ったラピスは泣きそうになりながら、言葉を震わせる。
負担になっているのは事実だが、この状態で手持ちの精霊がいないのもいざという時大変困る。
「僕がラピスに傍にいて欲しいと願ったんだ、気にしないで」
「ラピスちゃん、一旦精霊の世界に帰ることは出来ないの?」
アスが言っていたセリフを思い出したのだろう。少しでも魔力の消費を抑える為、ハルカが提案してくる。
「帰るには自力でも帰れます。ただし、マスターが正規に開いた道で帰らねば、またマスターの元に帰ってくることはほぼ不可能となります」
どこかの精霊を召喚できるポイントでラピスラズリを、それも数多いる中で彼女が出てくる確率・・・かなり低いだろう。
つまり、コントロールする術がない限りラピスは常に僕の傍に控えていなければいけない状況なのだ。
「とりあえず、僕のことは置いといて。ほら、もう南の城に到着するよ。まずはあっちを終わらせよう」
ここを旅立ってからまだ数日しか経っていないのに、色々と変化がありすぎて頭も体もついていけていない。
昨日途中の宿に泊まった時、鏡を覗き込んだら真紅だった瞳はこげ茶色の瞳になっており、赤の要素はかなり薄くなっていた。服も買い替えねばならないほど全体的に縮み、ただでさえ年相応に見られないのにこれでは10代の少年と間違えられても不思議ではない。
さすがに顔のパーツが変わったわけではないので他人だと思われることはなかったが、城に戻って早々ジュリアス達に質問攻めにされたのは言うまでもない。
「・・・僕のことは気にしないで」
余計な詮索を封じ、封印が施された奥の部屋まで移動した。
出て行った時と変わらない状況で封印されているマーティスの姿。強固な結界を前に足を止め、右手を差し出し埋め込まれたエメラルドに意識を集中させた。
腕は淡い緑色の光に包まれ、アスの魔力が発動したと思ったら・・・
「「「・・・は!?」」」
“にゅるん”と僕の腕から腕が生えた。
よく見ると少し透けていて、幽霊かのようにも見えなくもないが、これは精霊の魔力で作り出された腕(?)だろう。
目の前にある強固な結界を物ともせず通り抜け、そのままマーティスの胸元へと差し込まれた。
「クイナ、何これ?」
「僕に聞かないで・・・」
他のメンバーに聞かれないよう、こっそりハルカと話す。
そんなわずかな時間の間に腕は目的を果たしたのか、黒い小さな石板を握った状態でマーティスの体から出てきた。
結界の中だというのにも関わらず、禍々しい魔力を感じる。
『これはとりあえず、回収しておく』
脳内にアスの声が響いたと思った瞬間・・・黒い石板は空中に出現した空気の渦に吸い込まれた。その禍々しい気配と共に消え、それと同時に役目を終えた透けた腕もひび割れるような音と共に崩れ落ちる。
他の皆はまだ飲み込めていないようだが、これで危機的状況は去ったはず。
あの黒い石板が闇の精霊書だったのだろう・・・
自分で張った結界を解き、他の宮廷魔術師が組んだ魔法陣やら鎖なんかも壊そうとしたが、今は精霊が使えず、魔力もほとんどないことを思い出す。
「僕が張った部分は解除したから、あとは自分たちで外しておいて。もう平気なはず・・・マーティスさんは・・・彼次第だとは思うけど、悪魔の書と違って心が喰われてる訳じゃないし、精神力がある人なら治癒してれば回復すると思う、たぶん」
「闇の精霊書は・・・?」
リュウイの問いはもっともである。
「さっきの黒い石板のはず、僕の師匠が回収してくれたみたい」
「・・・き、君の師匠とは」
ヨークが身を乗り出し尋ねてくるが、丁寧に答えてやる気もないし、そもそも話せないようにされているので説明もできない。
「残念ながら聞きたがっていることは答えられない」
研究者たるもの未知の魔術について知りたがるのは当然だし、闇の精霊書も危険さえなければ手元に残しておきたかったのだろう。
「ヨーク殿、結界が全て外れたようなのでマーティスを治療棟へ移動させます」
「・・・あ、あぁ。頼む」
「それから、教会と協力して城と街に浄化の術をかけておいたほうがいいと、思います。元凶はなくなったとはいえ、薄っすらと・・・汚染されかかってました、から・・・」
エメラルドを発動させたせいか、前の自分が張った結界を解いたせいか・・・
むしろその両方のせいだろう。足元に力が入らなくなり、視界に靄がかかり意識が薄れていくのを感じた。
「ごめん、ハルカ・・・ちょっと頼む」
倒れたくらいでラピスになにかあるとは思えないが、彼女自身の魔力も弱まっているので任せることもできない。
「・・・ジュリアスさん、クイナを横にできる場所を!」
「わかった!」
顔色も悪くなっているだろう、僕の様子で状況を察したハルカの行動ははやかった。
慌ただしく話している2人の声もだんだん遠くなっていく。
ラピスも心配そうに僕の顔を覗き込み、一生懸命何かを伝えようとしてくれているみたいだ。
「・・・休めば、だいじょう・・・ぶ」
その場に膝をつき、近くにいるラピスの頭に触れた・・・と思ったところで、完全にブラックアウト。
事後処理等はすべて任せ、深い闇に意識を落としたのだった。
にゅるんと回収完了。問題ひとつ解決です。