16話 得た力、失う力
「なかなか面倒なことになっているねぇ・・・」
一通り説明を終えるとアスは呆れたように首を振り、残り少なくなったお茶を飲みほした。その様子を見て傍に控えていた精霊がお代わりを持ってくる。
自分に関係ない面倒事はなるべく避けたいと思っているのに、どうも引っかかるセンサーがあるようだ。
「まさか闇の精霊書が出てくるとはね。人には手の出せないところに封印されていたと思ったんだけど、見落としかな」
やっぱり封印されるような代物だったのか。一部であんなことになっているのだから全て集まった時の効力を考えたら怖いものである。
「そもそも人が精霊書なんて呼んで崇めてくれてるけどさ、あれ僕らのただの備忘録というか・・・日記というか。大昔書いた日記なんて人に読まれたくないでしょ? 死んだあとならともかく、恥ずかしいったらありゃしない」
精霊書のまさかの事実がここに・・・
そりゃ、大昔書いた日記なんかが大神殿に祀られた日には目も当てられないよな。
火の精霊書なんて今何百、何千単位で見物人が来ているし・・・
「たしかに精霊を使うには便利なこともメモしてるから役立つと思うから放置してるけど、自分では見たくもないよ」
「まぁ、アスの日記のことは今はいいとして・・・闇の精霊書は人に被害が出ています。今の僕の力じゃ封印も出来ないし、処分すら厳しいと思うのですけど」
正直あれは人の手に負えるものではない。下手に手出しをすれば第2のマーティスが出来上がるだけである。
「1枚、2枚の話だよね。それくらいクイナが処理してきなよって言いたいんだけど」
ジロリと向けられたアスの視線が痛い。師匠は弟子に大変厳しい・・・
宮廷魔術師ですら複数人で抑えるのが精いっぱいなものだというのに容赦ない。
「・・・すみません」
「まぁ、ルビーの負の遺産だし。これに関しては仕方ない手を貸してあげるよ。とはいえ、南だよね? 一応、僕も北を守護する役目もあるから他のエリアに行き辛いんだよね・・・」
どうしたものかと腕を組み考え始めた。
こうしていると忘れそうになるが、こんなんでも伝説の四大精霊の1人・・・それなりに北の地で働くこともあるのだろう。
昔、色々とここで教えてもらっていた時もどこかに出かける様子もなかったし、毎日僕を扱くことと精霊とまったりお茶している姿しか見てないんだけど・・・まぁ、きっと何かしらしているのだろう。優秀な部下も多いだろうし、うん。
「そこ、何を考えてるか筒抜けだからね。僕が表だって動いたら色々問題もあるんだよ」
表情だけなのか、本当に思考を読んだのか・・・考えが全てアスに伝わっているようだ。
「う・・・それで、どうにかできるんですか?」
「ま、なんとかなるでしょ。それよりも問題なのはクイナが十の災厄にすら勝ち目がないほど弱っちいことだよね。Aランクの精霊の力を借りてその程度というのに呆れるよ」
外で生活をしていれば最強の部類であると自他共に認めるんだけど、この人の前では赤子扱いなのは昔も今も変わらない。
けれども実際、力不足のせいでヤバかった事実がある。生きている間に2度目がないとは言い切れない以上、対策を取らないとまずい。むしろ、2度どころか3度だってありそうだ。
「精霊集めただけで満足しているひよっこは1から鍛えなおさないとね」
その笑みが怖い!!!
ここまで口を挟むことすらできず大人しくしていたハルカが自分のことでもないのに顔色を変えて固まっている。
「水晶、貸して」
逆らうことも出来ず、身に着けていた水晶を取り外し、アスへと手渡した。
透明に輝く水晶を覗き込むように見つめ、何やら呪文のようなものを唱えている。
いきなり光を放ち、反射的に瞳を閉じて、再び目を開けると衝撃の光景が・・・
“パリーーン”
透き通った綺麗な音が室内に鳴り響き、渡した水晶が綺麗に砕け散り、そのまま空気に溶けるように消えていった。
「なっ・・・」
「安心して、ちゃんと精霊たちは避難済だから」
いや、そういう問題じゃ・・・水晶精霊使いとしての必須アイテムを失えば、当然精霊も呼び出せず、精霊魔法も使えない。
「こんなものに頼っているから、ダメなんだよ。クリアレンスとか言われて調子に乗ってるでしょ」
「いや、それなかったら精霊使えないですから!」
「あれはあくまで人間と精霊を繋ぎやすくするだけの補助器具だから、それに頼りっぱなしは良くないと思うんだよ。素質だけはあるんだから、ちゃんと精霊たちとうまくやってよね」
「あ、あの・・・水晶精霊使いで水晶を使っていない人、見たことないんですが・・・」
緊張した面持ちのままハルカは恐る恐るといった様子でアスへと質問を投げかける。
確かに僕もそんな人間見たことない。
「昔は使わないでも精霊魔法使える人間ちらほらいた時もあったんだけどね。だんだん結びつきが弱くなって・・・それに人間たちもそれが限界だって思っているみたいだし」
アスのいう昔は数百年単位で過去の話になるだろう。下手したら数千年かもしれない。
それにしてもいきなり水晶砕かれたら、どうすればいいかなんてわからないんですけど・・・
【魔力封印】
アスが手をかざし、何かの術をかけてきた。
右腕に深い緑の入れ墨のようなマークが浮き出ている。体全体に力が入りにくくなり、今まで感じていたものを感じとることが出来なくなった。
「ついでに一部魔力も封印しておいた。母親の血に頼りすぎなんだよ」
髪は短くなり、若干ではあるが体のサイズも小さくなっている気がする。 鏡を見てみないとわからないが、瞳の色も変化しているんじゃないだろうか。
精霊も使えず、魔力も使えず、基本的な身体能力ですら落ちているこの状況は普通の人間以下だろう。
「誰か1人つけてあげよう。誰がいい?」
「・・・ラピス」
この状態でAランクが扱えるのか怪しいところだが、一番相性がいいのは彼女だ。属性的な問題も含め、一番傍に置いておきたい存在である。
アスが指先をパチンとならすと目の前の空間に僕のラピスが現れる。
「君の魔力に合わせて、ラピスも能力ダウンしている。発動しない術もあるからね」
急に呼び出されたにも関わらず、ラピスは全てを把握しているようだ。不安そうな顔のまま、僕の腕にぎゅっとしがみついてきた。
「それと、これを預けておこう」
爪の先程のサイズの緑色の宝石・・・アスが出現したそれをコントロールすると、引き寄せられるように僕の右腕の入れ墨の中心まで移動し、腕に埋め込まれた。
痛みはないが、いきなりこんなものを入れられたら気持ち悪い。
「何ですか・・・これ」
「僕の力を入れたエメラルド。使えるのは3回まで。まずは南に戻って闇の精霊書の前で発動させてくれたらそっちはなんとしよう。2回目は課題をクリアし、魔力と精霊が戻った時に発動させるように。3回目はあくまで保険。万が一その状態のまま十の災厄、もしくはそれ以上の魔族に出会った時、君を助けることにしよう。こんなことで魔族に殺されてもね、馬鹿みたいだし」
埋め込まれたエメラルドはその1回の発動が力を失う前の僕より強力な魔力を持っているのだろう。
「クイナも知っている通り、基本的に精霊はこの世界の裏側、一枚めくった別空間のようなところに住んでいるもので水晶に入っていなくとも力があれば喚び出すことが可能だ。ラピス以外、元々君が連れていた精霊を全員喚べたら今回の課題をクリアとしよう。制限時間は設けないが、まさか1年以上かかるようなマネするわけないよね?」
「・・・努力します」
すでにラピスが側にいるだけで眩暈がするように力が抜けていく。
こんな状態で精霊を再び集めろ、とはなかなか厳しい。
「さて、ハルカさんは風と木の術はどちらが得意かな?」
「え、えーっと、どちらかといえば風、です・・・」
急に話の矛先を変えたアスが優し気な笑みを浮かべながらハルカへ話しかける。
話しかけられた本人はついていけないようで、おろおろしたまま、とりあえず求められた室者の答えを口にする。
「おーい、ペリドット」
アスがキッチンの方に声をかけると、数人の精霊がゆったりと近寄ってきた。
「***、君と相性がよさそうだ。付いていってあげなさい」
1人の少女に視線を止めると人の耳には聞こえない発音で呼びかけると、その精霊の手を取りハルカの目の前に誘導した。
「かしこまりました、アス様。ハルカ、様ですね・・・よろしくお願いします」
本人の意思などお構いなしにペリドットは小さな頭を下げるとそのままハルカの水晶へと吸い込まれていった。
「え・・・えっと?」
「僕からのプレゼントだよ。まぁ、少しの間かもしれないがクイナをサポートするのに力を授けよう。あとは時間があるときにでもペリドットと話をするといい」
Aランクの精霊をプレゼントだなんて常識外れにも程がある。
「あ、ありがとうございます・・・」
ハルカだって意味が理解できているかすらわからない。呆然としたまま頭を下げる。
「じゃ、時間もないだろうし。さっさと南に戻るといいよ。クイナ、ハルカさん、またね」
にこやかにほほ笑みながらアスが手を振ると身の周りに風が生まれ、吸い込まれるように体が上下左右に引っ張られる。
ぶん回されたような気持ち悪さに瞳を閉じ、地に足がつく感覚がしたと思ったらそこはもう僕らがいた小屋ではなかった。
森・・・日が差し、鳥の鳴き声も聞こえてくる。少し離れてはいるが、視界の先には人の村らしきものも見えた。
「ここ・・・北の森の出口?」
「みたいだね。追い出されたようだ。とりあえず、南の城に戻ろう」
自分自身の問題はとりあえず置いて、一旦は目の前にある大問題を解決すべく再び南に向けて急ぎ移動を始めた。
アスを前にするといままでのツンツンクイナ君はどこかにいってしまいます・・・