15話 北の守護者
ここは北の大森林。ノース・エリアの西寄りに位置する大陸一大きな森である。入口付近は生き物も多く、自然の恵みも豊かで森の側に小さな村や町が点在している。しかし、一歩奥地に入り込めば霧が立ち込め、生き物の気配も感じない魔の森へと姿を変える。
瘴気が覆っていたり魔物がいる訳ではないのだが、ここで迷うとそのまま帰ってこれなくなるという噂もあり、それを馬鹿にした一部の冒険者が森の奥へと進み・・・誰ひとりとして帰ってこなかったとも言われている。
「クイナ、まさかこの森の奥とか言わないよね・・・」
「そのまさかです。ここに住んでるんだよ」
変わり者で人間と関わることが嫌いな師匠は人が来ないという理由でこの森の奥に住んでいる。正直、普通の人だとたどり着くだけで命がけである。
【ジェダイト】
この森の攻略に欠かせない木属性の精霊を呼び出す。
きっと師匠はすでに僕の気配を察知しているだろう・・・下手な精霊だと妨害されかねない。
【精霊召喚】
「クイナ様、あの方の元へ行かれるんですね・・・」
呼び出されたジェダイトは周りの景色を見て、目的を察知したようだ。
透けるような薄いグリーンの髪を足の先まで靡かせ、白くシンプルなワンピースはいかにも木の妖精さん、といった姿である。
「悪いけど道案内を頼むよ」
「かしこまりました。お任せください」
ジェダイトを先頭にし、深い森の中に足を踏み出した。
日光浴が気持ちよさそうな森の姿は次第に霧の中に包まれ、静寂が訪れる。若干ではあるが魔力妨害を感じる上、方向感覚を狂わせる何かが発動している。
こうして人は森に惑わされていくのだろう。
「それにしても相変わらずAランクのオンパレードだね」
呼び出したジェダイトも当然Aランク。人前であれば多少気遣うがそうでもなければ能力的にも一番便利なのは確かである。
Aランクと呼ばれる精霊は全部で10人。光と闇が2人ずついるが、それ以外の属性は1人ずつしか存在しない。
光のオパールとパール、闇のアレキサンドライトとブラックオニキス、火のガーネット、水のラピスラズリ、氷のアクアマリン、地のアメジスト、風のペリドット、そして木のジェダイト。もちろん僕は全員コンプリートしている。
全てのAランクを集める為に人生を捧げている者も少なくないが、全員に出会えることは稀であり、そこから契約に至ることも難しい。
レッドのハルカでさえ3人・・・よくて4人いるかぐらいかな。クリアレンスになる為には最低でも半数の5人は欲しいところだろう。
「魔力の消費は他の奴らより使うけど、やっぱり安心感はあるよね」
「・・・得意な属性を使うので精一杯だよ」
「ハルカはハルカのペースで強くなったらいいと思うよ」
正直自分でも同じことが出来る人間はいないのではないかと思う。この体に流れる血の恩恵もあるのだから。僕も・・・そして姉さんも、魔力の高い母の資質を受け継いでいた。
ただ、使い方を間違えると自分自身も危うくする為、姉さんは静かに平和に暮らしたいと望んでいたのだ。
「クイナ様、幻惑の力が強まってきています」
見た限り周りの風景は特に怪しいところはないし、術を掛けられている感覚もない。ジェダイトに言われなければ幻惑の術に掛かっていることも気づかなかっただろう。この霧が全てを覆い隠している。
【ペリドット 精霊召喚】
【暴風竜域】
激しい竜巻が僕たちを中心に発生し、荒れ狂う風は木の葉や霧を力強く吹き飛ばす。
風は物質だけでなく、覆っている魔力も拡散させるだけの力を持っている。幻惑魔法とぶつかり、その効果を打ち消してくれるだろう。
さすがに見える範囲くらいしか霧は晴れていないが、これで少しの間は楽に進むことが出来る。
「ジェダイト、進めそう?」
「問題ありません」
にこやかにほほ笑むジェダイトは再び森を案内し始めた。
「師匠のことだから、ここで必要以上に仕掛けてくることはないと思う」
「・・・クイナの師匠って・・・」
まぁ、そうなるよね。うん・・・
さて、この様子なら師匠はハルカとも会ってくれるようだ。もし拒否をするのであれば早い段階で弾いているはず。
会った時のハルカの反応が楽しみであり、不安でもある。
「この森の主みたいなものだから。うん、変わり者であることには違いない」
会話も全て筒抜けだろう、下手なことを言えばあとが怖い。
「変わり者の頂点のようなクイナにそこまで言わせるなんて」
その評価もどうかとは思うぞ・・・
心の中で突っ込みを入れながら、それを言葉に出すことはせず足を進めていった。
どのくらい歩いただろうが・・・霧のせいで日の傾きで時を感じることができない。磁場も悪く時計も機能を果たしていないので、何日もここにいたら気が狂う人がいてもおかしくない。
ジェダイトが草木をかき分け、道なき道を歩き続けていると、ようやく小さな小屋が見えてきた。
「ジェダイト、ペリドットありがとう」
目的地に到着したので2人には水晶に帰ってもらう。
歩いてきた道のりは一瞬でもあり、数日掛ったようにも思えた。
ここに来たのは初めて彼に会いに来た時、クリアレンスになれた時、そして今回が3度目になる。
小屋に近づくとその扉が開き中から小柄な少年とも呼べる男の子が姿を現す。
「ようこそクイナ・・・そしてハルカさん」
しっかりと連れのことまで調べあげていたようだ。
にっこりと微笑むその表情はどこか大人びていて、幼い外見とアンバランスに感じる。
「お久しぶりです、師匠」
「・・・師匠なんて堅苦しいから、アスでいいって言ってるのに」
この世で唯一頭の上がらない存在といっても過言ではない。
この人が笑って戦え、というのであれば勝てるとは思えない十の災厄にでも挑まざるを得ないだろう。
「え、え? この少年が・・・?」
ハルカの反応は当然だろう。見た目年齢は10~12歳程度だ。僕が師匠と呼ぶような存在には到底見えない。
「さて、中でお茶でもだそうか。どうせ面倒な案件もってきたんだろう?」
師匠は踵を返すと小屋の中へ戻り、ハルカと共にその後についていった。
これからこの人に頼み事をするのか・・・そう思うと憂鬱となる。喜怒哀楽の喜と楽しかないような性格だが、その口から出る言葉は何よりも恐ろしい。
「クイナ、マジであの少年が師匠さんなのか?」
「そうだよ。僕がクイナに水晶精霊使いのオーブを授け、そして鍛えたんだ」
耳元でハルカが僕にしか聞こえないように囁いてきたが、その答えは僕の口からではなく少し先を歩いていた師匠から返事がくる。
「さて、お茶を用意してもらいながら君の質問に答えつつ、クイナの要件を聞こうか」
リビングのテーブルにつき、正面の椅子をすすめられた。
部屋の中には複数の精霊が存在し、それらがこの家の主の意図を組みお茶の準備まで進めている。
現実離れした光景にハルカは目をぱちくりさせながら師匠や精霊たちを見ていた。
「改めて、僕の名前はアス。君たちがエメラルドと呼ぶ存在だ」
「・・・ぇ!!!」
いきなりの爆弾発言。知っている僕はいいが、ハルカは驚きのあまり硬直して言葉も出ないようだ。
そりゃ、四大精霊さんがいきなり目の前に現れたらびっくりするよね・・・
「まぁ、僕は存在を隠している訳でもないし。この姿でたまに人里にも降りてるから。・・・あ、冷めないうちにどうぞ」
準備されたお茶を勧められたが、ハルカはそれに手を出すような状況ではないようだ。
師匠の魔力に隠れてわかりづらいが、お茶くみをしているなんてことない子たちだってAランクの精霊ばかりだ。それがうようよ存在している。
「あの、エメラルド、いや、アス・・さん、人に知られたら大変なことになるんじゃ・・・」
「ま、バレないように色々としてるし。ここには人間はほとんど通さないから」
師匠の前にもお茶が用意され、それを手にとり飲みながら世間話のように人々が知りえない事実を伝えてくる。
「僕のことはハルカさんはもちろん、クイナだって外では口にできないだろ? そういうことだよ」
何かの精霊魔法でコントロールもされているのだろう。掛けられた覚えもないが、それくらい彼にとっては朝飯前なのだ。
この人が本気を出せば、人間なんて到底かなわない。十の災厄だって1対1であればアスの敵ではないだろう・・・
少年の見かけに騙されそうだが、人々が存在する以前の太古から存在するとされ・・・この世の精霊を創りだした存在の1人ともいわれるのだから。
「ま、クイナの面倒を見た経緯については置いといて、それで君たちは僕に何の用?」
「師匠・・・」
「アスって呼んでよ」
言外に呼ばなければ答えない、というプレッシャーすら感じる。
「・・・アス、相談したいことが2つあります」
「かわいいクイナの為だ、とりあえず話は聞こうか」
未だに混乱の中にいるハルカを置いて、本来の目的について話し出す。
十の災厄の遭遇と自らの力不足を感じたこと・・・そして、闇の精霊書に飲み込まれた人間について。
彼に力を貸してもらうべく、事情を説明したのだった。
とりあえず、北に到着!まだ出会いの部分のみなので、続きなるべく早めにがんばります。