13話 暗黒騎士アーシュ
「ハルカ、まだいける?」
草木をかき分け、走りながらハルカの顔を覗き込むと額にはうっすら汗をかき、若干顔色も悪い。
「なんとか、ね。」
「わかった。見つけ次第さっさと倒すつもりだけど、何かあった時は防御の方を頼む」
体力、怪我は治癒できても魔力の回復というのはそう簡単にはできない。なにより、空を見上げると日が傾き始めている。夜になれば魔族の力が増す・・・その前に倒さないと。
「ネフライト!」
追跡していた精霊の姿を見つけ、呼び寄せる。
彼の視線の先には一匹の蝙蝠。悪魔の書が弱体化し、逃走用に変化したものだと察した。
【【パール 精霊召喚】】
手早く精霊を召喚し、攻撃態勢に入る。
「ハルカ、守りは任せる!」
こうしている間にも蝙蝠はこの場から逃げ出そうと木々の間を飛び回り、黒い棘と飛ばし、牽制してくる。しかし、それらは全てハルカの術によってて叩き落される。
【光の矢】
力のある言葉を放ち、一筋の光が蝙蝠を貫く。
宿主も失い、弱体化していた悪魔の書はその一撃で炭と化し、消滅した。
「あーあ、回収しようと思って出向いてきたのに・・・何してくれるのさ」
暗い影が横切ったと思ったその瞬間、蝙蝠が消滅したその場にはひとりの青年が立っていた。表面上は禍々しい力を感じない、見た目は人間そのものなのに・・・威圧が半端ない。
黒と茶色をベースにした鎧とマント、大振りな刀を背に背負う青年は紛れもなく魔族。
「あれ、君の本だったのかな・・・?」
「そう。せっかく手間かけて作ったのに消してくれちゃってさ。上司に怒られるじゃん」
あの強力な悪魔の書の持ち主・・・というか本体ということだ。
すでに戦闘で魔力を大きく消費し、体力も残り僅か。
「もしかして、そこの紅い目の君・・・そっか、へぇ~君がね・・・」
にやにやしながら舐めるように僕のチェックし、歩み寄ってきた。
攻撃か・・・結界か、それすら通じるか怪しい。ハルカはプレッシャーからか動くこともできないようだ。
「僕はアーシュ。斬鬼王ガニス様の忠実なる騎士」
背筋が凍るかと思った。
魔族の頂点である存在。“闇を統べる者”の分身ともいえる5つの魔王のひとり、斬鬼王。その腹心の部下が目の前にいる男だと・・・?
人間の間で呼ばれている高位魔族なんて雑魚といっても過言じゃないくらいのレベル差があるだろう。気を抜けば一瞬でやられる。
「そんなお偉い魔族がこんな辺鄙な土地で何を?」
「僕らもね、色々と忙しいんだよ。上司は人使い荒いしさー、同僚はよくサボるし」
魔力を抑え、軽口を叩く様子からは彼が魔族だということを認識させない。
しかし、アーシュの存在は僕らに威圧を掛け、この場を支配している。
「ま、せっかく創った本を壊してくれた奴を始末してこうかと思ったけど・・・君に免じて今回だけは見逃してあげるよ。君の名前、知りたいな?」
「・・・クイナ」
魔族に名前を知られると呪われるとか支配されるとか伝えられているが、それはある種の契約の上のもの。それにこのクラスの魔族がそんなちゃっちい呪いを使う訳ないだろう。
「次があれば、今度は僕自身と遊んで欲しいものだね。それじゃ」
僕の名を知れたことで満足したのかにっこりと微笑むと背を向け、手を振りその姿は一瞬で闇に溶けていった。
全身にかかっていた圧力から解き放たれ、周りの時間がようやく流れ出したような思いだ。もう、この場に座り込んでしまいたい
「とりあえず、助かったのかな・・・」
ハルカの声も掠れていて、あの威圧感の中立っているのが精いっぱいだったのだろう。
「そうみたいだ。何故かあいつは僕のことを知っていた・・・」
当然魔族に知り合いなんていないし、心当たりも・・・全くない訳ではないが、これと思いつくことはない。
伝説の“闇を統べる者”の存在は元より5人の魔王だって本当にいるのか怪しいと言われていた魔王たち。魔王の腹心の部下たちは十の災厄とも呼ばれる魔人・・・魔術師や神官の学校で習う教科書に載っている古の歴史に登場する。正直、こんなすぐ近くに存在しているものだとは思ってもいなかった。
「とりあえず、この場は大丈夫そうだし。ノーリット村に行って休憩と現状確認しよう」
瘴気で動けなくなっていた者たちもそろそろ回復しているだろう。
被害がどのくらいになるのか、詳しいことは軍に任せるにしてもハルカの相方の行方だって確認しなければならない。
「わかった、パールお疲れ」
ハルカはパールを水晶に戻し、両足を力いっぱい手のひらで叩いている。
緊張と疲労で体のあちこちがこわばっているのは僕も同じだ。
念のため僕は精霊を連れたままにしておく。さすがに襲撃はないだろうが、あちこちに今回の事件の爪痕は残ったままだ・・・
「ハルカの相方も探さないとね」
「ありがとう。大丈夫、キースならきっと無事だよ」
瘴気が晴れた深い森の中、方位を確認し村へ向けて移動を始めた。
「少し眠りたい・・・」
村に着くなりそういって宿屋で一休みし、目を覚ました時は既に夜も更けていた。
クーリット村の住人の多くが亡くなり、僅かに生き残った人間も濃い瘴気に当てられた影響で意識を失っている者がほとんどだった。
瘴気が浄化されたことで何かを感じ取った者、動けなくなっていた者・・・討伐に動いていた軍属の人間と傭兵たちも戻ってきたので村そのものが野戦病院みたいな有様だったが神官や僧侶もいたので回復の方はなんとかなっているのを確認した上で、まずは自分の体力・魔力回復を優先して休ませてもらったのだ。
「あ、クイナ起きてる?」
軽くノックが聞こえ、扉が開くと薄闇の中ハルカが顔をのぞかせた。
「うん、大丈夫。ハルカは休んだの?」
「キースが無事見つかったからね。その後少し休ませてもらったよ」
運良くキースのいた傭兵部隊には水晶精霊使いと僧侶がいた。身の回りの防御くらいはなんとかなったようで、無事生きていたそうだ。
「あと、ジュリアスさんも村に来ていたよ。クイナが目を覚ましたら話したいって言ってた」
「わかった、行くよ」
いまだ倦怠感はあるものの、それなりに回復をしたのでもう動き回っても問題なさそうだ。
軽く伸びをして、体をほぐしてから立ち上がる。
「十の災厄だったんだよな、あいつ・・・本当に存在していたんだな」
ハルカは思い出したかのように呟いた。
「まさか、出会って・・・そして生き残っている。なかなか聞かない話だ」
過去、奴らに出会った人間もいたと思う。それでも彼らの存在が伝わらないのは、出会った人間がまともに生きていることがほぼないからだ。
悪夢のような出来事を思い出し、ハルカと話しながら外に出ると村の中央広場では大きな焚火が焚かれ、多くの兵士や傭兵がくつろいでいた。
「お、クイナ。ハルカ君に事情は聞いたよ。うちの兵士の尻ぬぐいをすまんな」
「ジュリアスも無事でなにより」
小さな丸太を椅子替わりにし、ジュリアスの横に腰かけた。
「俺はな。部下も他にもたくさんの奴が犠牲になってしまった・・・」
「全て魔族のせいだよ」
この村も今は多くの人で溢れているが、回復した兵士や傭兵が立ち去れば残される人数は僅かなものになる。
どれだけの人数が討伐に出たのかわからないが、相当の犠牲者が出ているだろう。
「伝説級のやつがいたって?」
「斬鬼王ガニスの部下と名乗る奴が本体だった。名前はアーシュ。一見普通の人間のような空気を纏い、笑顔で話しかけてくる単純そうなやつだった。けど、紛れもなくあれは魔族だ。それもかなり残虐な部類だと思う」
あとで報告書を魔導協会にでも提出しておけば、ある程度情報は伝達されるはず。
伝説でもおとぎ話でもない・・・注意してどうにかなる存在とは思えないが、知らないよりはましだろう。
「とりあえず、そっちこそ無事でよかったよ」
「あと、城に戻ったら紹介して欲しい人がいる。聞きたいことがあるんだけど」
自分の予想が当たっていれば、この事件にはもうひとつ大きな案件が隠れている。
あんな厳重な箝口令は悪魔の書だけではないと踏んでいるのだ。
「・・・わかった。この件はお前とハルカ君の手柄だ。できるだけのことはさせてもらうよ」
もしかしたらジュリアスもある程度予想はついているのかもしれない。
「クイナー! 葬魂の儀やるけど、参加してくれない?」
少し離れたところからハルカの声が聞こえてきた。
人が亡くなった時にその魂を天に送る為の儀式だ。普段は神官や僧侶が行うが、水晶精霊使いでも光属性の精霊を持っている術者は代わりに行うことができる。
「多くの人が亡くなったから・・・神官さんたちだけじゃ手が足りないんだってさ」
「わかった、手伝うよ。というわけで、ジュリアス。明日またよろしく」
丸太から立ち上がり、村の端で準備をされていた儀式の場へ向かう。
この地で無念の死を遂げた多くの人が安らかに眠れるように・・・生き残った僕らには祈ることしか出来なかった。
前回ここで終わるのか!というところだったので勢いだけでなんとか落ち着くところまでもっていきました。アーシュ君が思ったより幼いキャラに変わってしまったのはご愛敬ってことで・・・