12話 VS 悪魔の書
気分が悪い・・・ノーリット村を囲むの森の中。濃い瘴気を感じ、身震いをした。
横を見るとハルカの顔色も悪い。
【オパール 精霊召喚】
高位の魔族がいることを想定し、Aランクのオパールを召喚する。
魔の属性に対抗するには光属性がベスト。攻撃よりも身の安全を優先し、結界に強い子を選んだのだ。
【聖煌結界】
それぞれ身動きが取れるよう、自分とハルカそれぞれに結界を張った。
淡い光が身を包み、瘴気から身を守ってくれる。
「さんきゅ。これかなりやばくない?」
村が無事かどうかも怪しい・・・魔力の高い術者ならともかく、一般人特に体力のないものはかなり危険な濃度だった。
「クイナ、魔族の気配がする・・・」
呼び出されたオパールは険しい顔のまま、森の奥を見つめていた。
「オパール、場所わかりそう?」
頷いたオパールが先導し、より奥へと足を進めていく。
どんどん瘴気が濃くなり、森の生命の息吹も感じられなくなってきた。鳥の鳴き声も虫の気配すら感じない。
先遣隊はどうなっているのだろうか・・・当然魔術師や水晶精霊使いだけでなく、剣士などもいるはずだ。
「あ、クイナ。あそこに人影が・・・!」
ハルカが指さした方を見ると、木の陰に隠れるようにしている人の姿があった。
「・・・君たちは・・・?」
衰弱しきった男が僕たちに気づくと声をかけてきた。
服装からして魔術師か・・・同業者の可能性もある。今のところ無事のようだが、この瘴気を遮断できるほどの結界は張れなかったようである。
男の背後には意識がない傭兵らしき者たちが数名横たわっていた。
「ここの悪魔の書を追ってきた。・・・オパール」
男たちを守る為、一時的に結界を広げ瘴気を遮る。
「そうか・・・先にきた部隊はすでにいくつか壊滅している。奥に向かっていったやつらはきっともう・・・」
「・・・キース」
ハルカの相方の名前だろう、傭兵として雇われているはずだと言っていた。それも剣士・・・瘴気に対する耐性も低いはずだ。
「村もおそらく危険だな。撤退は可能か?」
「自分だけなら問題ない、が・・・こいつらを置いていけない」
かろうじて彼の魔力でカバーしているのだろう。ここに置いていったら彼らを待つものは死だ・・・だからといって長時間このままじゃこの男と一緒に共倒れだろう。
連れて帰って出直せばその分、被害は広がる可能性が高い。この後のことを考えれば魔力は温存しておきたいところだったが、このまま放置して見殺しすることになれば後味も悪い。
「ハルカ、回復任せていい?」
「わかった」
【ネフライト】
【パール】
仕方なく、ネフライトを呼び出すことを選択する。
横でハルカは光属性Aランクのパールを召喚している。
【【精霊召喚】】
2人の声が重なり、精霊たちはその姿を現す。
【風結界】
光の結界よりは弱いが、風の結界でも強い瘴気を遮るくらいであれば対応可能なのは先日の件で実証済みである。
「とりあえず、結界は残していくんで。これ以上のことがなければ、この中にいる限り安全かと」
【聖回復】
横ではハルカの術が発動し、パールが癒しの光で男たちを包み込んだ。
体内に残っていた瘴気も浄化されたことだろう、倒れている男たちも土気色だった顔色に赤味が差し、とりあえず危険を脱したことは見てわかった。
「ネフライト、ここを頼みたい」
「・・・わかったよ」
さすがに空気を読んでか余計なことは発言せず、ネフライトは自分の役目に全うする。
「ハルカ、そのままいける?」
「もちろん」
男たちをその場に残し、急ぎ瘴気の発生地点へと向かう。
「相方は探さなくていいの?」
「・・・そう簡単にくたばる奴じゃないから。それに、さっさとこっちを解決した方がいいだろ」
心配をしているだろうが、それ以上に信頼をしているようだ。
先ほど見せた不安そうな表情はすでに奥にしまわれ、凛々しい横顔が見えた。
「あぁ、さっさと終わらせよう・・・ハルカ!」
走っていると、一瞬空間が歪むような感覚に襲われた。背後から襲いくる不気味な気配を感じ、ハルカを突き飛ばした。
「・・・っ。クイナ!」
受け身を取り、すぐに立ち上がったハルカはこちらに視線を向けた。
左腕をざっくりと切られ、熱い痛みと共に血が滴る。
「あーあ、残念。そっちの金髪の首を狙ったのにさ」
どす黒いオーラをまとった剣士。その瞳は異様な光を宿しており、明らかに魔に憑かれている様子だった。
「・・・こいつが悪魔の書の宿主だ」
おそらくミェスコが言っていた本に捕らわれた軍の兵士だろう。
本の形をしていることが多い為、悪魔の書と呼ばれる・・・誤解されやすいが、実のところ書籍ではない。高位魔族の一部なのである。
人間や亜人、精霊たちを滅ぼす為に使われる武器であり、呪いであり、魔族そのもの。
仮に本を消滅させたとしても、本体である魔族が生きていればまた作り出すことが可能と言われている。
「こいつらと遊んでたら、あっという間に壊れちまってな・・・お前たちは俺を楽しませてくれるのかな」
先に挑んだ者らしきモノが兵士の足元に散らばっていた。元は人間だったのだろう。
「ハルカ、来るぞ!」
悪魔の力を得たからか、人間とは思えないスピードで剣をふるってくる。
腰に差した剣でさばきつつ避けるが、それが精いっぱいだ。このまま続ければ力負けするか、体力が尽きて先に挑んでいった者たちと同じ結果となるのは目に見えていた。
【聖光柱】
ハルカは僕が剣士とやりあっている隙を見て、パールの術を発動させる。
そのまま光に包まれるかと思った瞬間、黒い闘気が男の体を包みこみ、聖なる光は相殺され、打ち砕かれた。
「ちっ、やっかいな」
上位魔族だってこの術を食らえばひとたまりもないはずなのに、それを身にまとうオーラだけではじくとは想定外にも程がある。
【ラピスラズリ】
【ガーネット】
ハルカが仕掛けたおかげで、奴の意識が一瞬逸れる。
その隙を逃さず、精霊を召喚した。
【精霊召喚】
Aランク3人同時召喚・・・ついでに離れたところでBランクも使っている状況。魔力はごっそりと持っていかれていた。
こうしている間にも操られた兵士と僕ら2人は剣を交えながら、それぞれ召喚した光の精霊の攻撃も仕掛けている。大技ではないにしろ、オパールたちの攻撃は相手の体をかする度に兵士の身にまとう瘴気を少しずつ浄化している。焼石に水状態だが・・・
「ハルカ、この後吹っ飛ばすから防御壁を・・・そのあと、タイミングを見てもう一回攻撃を頼む」
剣を力任せではじき、相手と距離をとってからハルカに話しかける。
こういう時、前衛職がいればもっと楽に戦えるのだが・・・剣で戦うのは本職ではない。
ついでに言えば最初にやられた左腕の傷も思ったより深いようで、血も止まらないし強い痛みは動きを鈍らせる。
「わかった」
「・・・ガーネット!」
時間稼ぎの炎の幕が相手と僕たちの間に発生する。
当然、そんな攻撃が効くとはこちらも思っていない。相手は剣を大きく一振りし、簡単に炎を切り裂く。
しかし、その無駄な一振りしてくれる時間があれば十分なのだ。
【水魔炎爆陣】
水を起点にし、炎と融合させる大爆発の呪文。高位の火と水属性の融合技だ。
生身の人間であれば形も残らないだろうが、相手は魔の属性を身に着けている。ダメージは負っているかもしれないが、これで倒せたとは思っていない。
「ハルカ、今だ!」
爆音のせいで僕の声が届いたかどうかはわからなかった。
しかし、ハルカがこの場面でタイミングを外す訳がない!
【【聖光柱】】
パールの発動した精霊魔法に合わせ、同じ術をオパールで重ね掛けする。それにより、威力は3倍以上となっているはずだ・・・
「うぁぁぁぁぁぁ・・・・っ!」
真っ白に輝く光の柱が男の体を貫き、その身を焼き尽くす。
悪魔の書に取り込まれていた人間は元に戻すことはできない。聖なる光に浄化され、その肉体は砂のように消えていく・・・
しかし、その体から一筋の黒い霧のようなものが抜けだすのが光の中うっすらと見えた。
「・・・逃げられたな」
宿主は浄化したものの、取り憑いていた奴は消滅することなくこの場から離れていった。
いったんの危機は去ったものの、あれを野放ししておく訳にはいかない。
【ネフライト】
この場は安全になった為、結界を張らせていたネフライトの強制帰還を発動させる。
「あいつを追って」
逃げ出した悪魔の書の追跡指示をして、飛ばす。
【聖回復】
戦いの緊張が抜けないままでいると急に温かな光に包まれた。
「とりあえず、腕。かばってくれてありがとう」
ハルカがパールで治療をしてくれたようだ。ぱっくりと開いていた傷があっという間にふさがっていく。流れた血は戻らないが、腕の痛みは消え去った。
・・・ラピスは自分が治療したかったのか、ハルカに役目を取られたと言わんばかりに睨みつけている。
「ラピス・・・」
今はそれどころじゃないし、いくらキャパシティは僕の方が大きいとはいえ、Aランクを乱発したあとだ。ハルカが対応してくれるのであればこちらも助かる。
一声掛けると、ラピスはシュンとした表情に変わり、大人しくなった。
「ともかく、ラピスとガーネット助かったよ。一度戻って、な」
そう伝えると彼女たちは大人しく水晶へと戻っていった。
「治療助かったよ。さて、このエリアは浄化していかないとまずい・・・か」
これ以上瘴気が深くなることもないが、さすがに濃度が高い為放置したままだと自然に浄化するには時間がかかりすぎる。
【聖魔法陣】
オパールとちゃっかりハルカのパールの力も借りて、通常より広域の浄化精霊術を発動させた。
爽やかな風が吹き抜けて、あたりの瘴気が浄化されていく。
これでこの森とノーリット村あたりまでは空気が綺麗になったはずだ。
「・・・さりげなく、私のパールも使ったよね」
「うん。オパールとパール、ありがとう」
手伝ってくれた精霊の頭を指先で撫でて、お礼を伝えた。そのままオパールは水晶へと戻ってもらう。
「人の精霊をそれも高度な術のサポートに使うなんて、そんなこと普通はできないだろ・・・」
「精霊たちは僕に優しいからね。人のだろうがなんだろうが関係ないさ」
ハルカは呆れたようにため息をつきながら、そのままパールをしまう。
クリアレンスであってもここまで精霊たちと通じるものはそういないだろう。わかっている、自分が特殊なことは・・・だからこそ使える力はしっかり使えるようにならなければならない。
「さて、のんびりしている時間もないよ。さっさとあいつを追わないと」
逃げ出したとはいえあの攻撃をしっかり直撃していたのだから、力は削がれているだろう。また誰かに取り憑く前に消しておかなければ・・・
追跡させたネフライトの気配を探知し、ハルカと共に悪魔の書を目指し、森の中を再び走り出した。
精霊魔法の名前を考えている時間が一番時間がかかっている気がする今日この頃です・・・